第参幕
辺りが明るくなってきたような気配に、僕は意識を回復し、ゆっくりと眼を開けた。
「……ん、」
眼を擦る。
僕らは、時代と共に進化を続けてきた。
日の光位では死んだりしない。
普通に外だって歩ける。
ただ、急な光や、鮮やかな光。
それらの類には、目を慣らすのに時間がかかる。
眼を擦って、ゆっくりと時間をかけて目を慣らしていると
「おはよう。眼が覚めたかい?」
ベッドサイドにあるチェアに腰掛けて、足を組んで新聞を読んでいた男の人(たしか、慎吾って……)が、コーヒーをサイドテーブルに置き、ニッコリと微笑む。
「あ、あの……」
「傷は、たいした事なかったよ。とりあえず、化膿止めが出てるから……ご飯を食べてから、ちゃんと飲んで」
シルバーフレームの眼鏡を外しながら、立ち上がって僕に近づいてきたその人は、僕の額に手を当てる。
「ん。熱が少しあるみたいだ」
「……気持ちいい」
思わず口をついた言葉に、彼は僕に視線を向ける。
「あ、あの……冷たくて、気持ちいいって……その、手が……」
しどろもどろに答えると
「あぁ、体温が低いんだ、僕」
と、優しく笑った。
「食欲、ある?」
聞かれて、小さく頷く。
しばらく、血を飲んでない。
せめて、食べ物から少しでも栄養をとらないと。
「じゃあ、食事にしよう。着替え、準備しておいたから。それに着替えて、出ておいで?いいね?」
示された先には、買い揃えたばかり、といわんばかりの質の良さそうなスーツとシャツが。
それにあわせた靴まで置いてある。
「あの……、あの洋服……」
「君の為に、用意しておいた。遠慮しないで着るといい」
クシャリ、と僕の頭を撫でて、彼はドアに向って歩き出す。
「あ、あの……」
「……慎吾」
「え?」
「覚えてない?僕は、慎吾。呼んでみて?」
「慎吾……?」
「そう。僕を呼ぶときは、ちゃんと名前で呼ぶこと。わかった?朝幸」
僕は、慌てて頷くと、伝えたい言葉を伝える為に彼を呼んだ。
「慎吾……」
「何?」
「……あの、ありがとう」
洋服も、手当ても。
「どういたしまして」
柔らかく微笑んだ彼はドアから出て行った。

まるで、太陽のような微笑だ、と思った。

光り輝く、神々しいまでの微笑み。

どうしよう。
僕は、いつまでも此処にいるべきじゃない。
早く、出て行かなきゃ。
彼に、迷惑はかけれない。
僕は……人間ではないのだから。
けれど
僕の瞳は、既に
光に囚われていて
もう少し、
もう少しだけ、
此処にいたい、と思ってしまった。
慎吾の用意してくれた洋服に袖を通す。
誂えたかのような着心地で。
僕の体にフィットしたスーツは、確実に高級なブランド物だと、こんな僕でもわかった。
「……こんなもの、もらえないよ」
去るときに、帰さなくちゃ。
そんな事を思いながら、僕はドアを開けた。
「慎吾?」
ドアから覗くと、僕を待ってくれていた慎吾の姿。
「あぁ、やっぱり朝幸にはその色が似合う」
黒いスーツの中には、淡いオレンジのシャツ。
「髪を……少し整えた方がいいかな」
僕に近づいて、髪を少し摘んだ慎吾は
「おいで?」
と、僕の手を引いた。
「あのッ」
「名前。」
「あ、慎吾!」
「何?」
「僕、そろそろ……」
「ねぇ、朝幸」
「はい?」
「君はまだ病人だ。それに、見たところ……色々抱えているようだし。しばらくは、僕の所に住むといい」
「や、それは……」
「君の病気が、治るまででいいんだ」
「慎吾……」
「怪我だけじゃない。君はちょっと病気かもしれないって僕の担当医が言ってた。あまりにも栄養が足りなさ過ぎてるって」
……血液を調べたのだろうか。
僕の体は……確かに、病気に犯されているのだ。
離血病。
ヴァンパイアとして、致命的な病気。
体が……血を受け付けない。
飲むと、吐いたり、気を失ったり。
食べ物からだけでは、僕らにとっての栄養は補給しきれない。

病気の原因は……

……同族捕食。

僕の父は……親友の血を飲んだのだ。
ヴァンパイアがヴァンパイアの血を飲む。
それは、血液構造に変化をもたらす為、禁止行為とされていた。
どんなに飢えようとも、僕らは仲間の血を飲むことは許されない。
でも
僕の父は……飲んだのだ。
親友の体に、一滴の血も残らないほどに。
逃げ延びていた父が、捕まったのは先週の事。
親友の最後の願いだったのだ、と、父は処刑される前日に呟いていた。

僕には、わからない。
それが、どういう意味なのかも。

だけど……
僕が産まれる前に父の犯した罪は
僕の体に現れた。

小さい頃は、発病していなかったその病気は
15歳になった去年、とうとう発病した。
突然、血が飲めなくなったのだ。

発病のきっかけは……

なぜ、人間の血を飲むのか

と、根本的な疑念を抱いてしまった事かもしれない。

僕は……人間と仲良くなりたい。
他のヴァンパイアのように、人間を餌のように考えたくはない。
普通に話をして、楽しみや喜びを共に分かち合って……
一緒に生きていければいいと、思うのに。

血を飲まずとも、僕らは生きていける。
……数年の間は。
飲まなければ、確実に、弱っていく。
体力が落ちて、視力が落ちて。
痩せ細って、最後には灰となって、消えるのだ。
でも
永遠の命なんて
欲しくはない

僕は
ただ

人間の友達が欲しい


だから……

「朝幸、お願いだ。少しの間でいい。僕と、暮らしてくれないか?」
慎吾の真摯な願いに
迷わず頷いてしまったのだ。

彼に、ばれなければいい。
僕の正体を、隠し通せばいい。
父の犯した罪によって
僕は「穢れた血」を持つ罪人として追われている。
そして、ヴァンパイアの世界から、抜け出そうと逃げている。
本当は、一緒にいる事で、彼に迷惑がかかってしまうとわかっている。

でも……

少しの間でいい

こんな僕でも、縋っていいというならば


神様 

ほんの少しの
時間を
心を
愛情を



僕に  下さい






後書き
今回は朝幸君編って事で。
不思議なことに、UNLIMITEDでは考えないで書いていても、自然と明るい感じの話が浮かぶのに対し、同じ吸血鬼ネタでもLOVELY BABYでは自然と暗いお話が思い浮かんでくるという(笑)。

お互いに、お互いの正体を隠そうと必死なわけですね。
朝幸君はとっても暗い背景を背負っております。

うん。この話、好きだ(爆)。



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