少しはねた艶やかな黒髪をそっと手で梳いてみる。
柔らかなその髪を触りながら、朝幸に話しかけた。
「さわり心地のいい髪だね」
「あの……自分じゃ、よくわからないから」
「そうだね……本当は、自分の事は自分が一番分からないのかもしれない」
そう……僕は、自分の事がわからない。
というよりも、自分とは何なのか、が正直なところ理解出来ないでいる。
僕は……ただ、一日一日を消化しているに過ぎない。
生きている、とはとても言い難い。
この子と生活していく事で……
何かが
変わるのだろうか
僕の中に
何かが芽生えるのだろうか
考え事に耽っていてしまったらしい。
「どう、したの?」
手が止まってしまっていた僕に、朝幸が遠慮がちに問いかけてきた。
「あぁ、ごめん。何でもないよ?さぁ、髪も綺麗に整った。食事にしよう」
朝幸を椅子から立たせて、食堂へと連れて行く。
「座って?」
促すと、遠慮がちにテーブルに着いた。
「うちのシェフが栄養バランスを考えて用意してくれたものだから」
微笑んで告げると、
「いただきます……」
と、小さく呟いてスープを口に運んだ。
「あまり、食欲ない?」
少しの沈黙の後、ゆっくりと左右に首が振られた。
「ゆっくりでいいから、ちゃんとお食べ?」
そう告げて、僕も食事を取ろうとフォークとナイフを手に取る、と同時にドアが開かれた。
「慎吾」
視線を向けると、そこには少し神妙な顔つきをした智が立っていた。
「どうしたの?」
「……ちょっと」
濁した言い方の智。
……仕事だ。
察知した僕は、
「ごめん、朝幸。ちょっと席を外すよ。気にせず食べていていいからね?」
柔らかく微笑んで、朝幸が頷いたのを確認して智のところへと歩いていった。
「何?」
廊下へ出て、後ろ手にドアを閉めて尋ねる。
「……仕事」
「何処?」
「前から捜査を続けてたあの店が……やっぱりヴァンパイアが集まっているみたい」
「わかった、すぐ向う」
「……慎吾」
「……何?」
「……あの子、」
最後まで、言わせない
「一緒に……しばらく一緒に住む事にしたから」
「慎吾!」
「……智。分かってる。分かってるんだ。だけど……」
上手く、言葉にならない。
「……大丈夫。僕も分かってる」
智の言葉に、ハっと俯き加減になっていた顔を上げた。
「僕は……何があっても慎吾の味方だから。たとえ、傷つく事があったとしても……僕が傍にいる。取り返しのつかない事が起きたとしても……慎吾の傍には、常に僕がいる。それだけは忘れないでいて?」
「ありがとう……智」
僕をサポートする為に、僕と同じような宿命を背負って生まれてきた智。
僕らは産まれたときから……
いや、産まれる前から
運命共同体として定められていた
智は
僕の「半身」
僕らは、二人で一人なのだ
任務を遂行する為だけに
産まれてきた存在同士
常に仕事が付きまとう関係
それは康哲も同じ
彼らと
もっと……
違う人生で逢う事が出来たなら
僕は
朝幸を拾う必要はなかったのかもしれない
僕は
少し
疲れてしまっているのかもしれない
絡み付いて
解く事の出来ない
宿命の柵に
まるで
蜘蛛の糸に絡め取られてしまった獲物のように
全てを諦め
ただ
死を待つだけの運命に
††††††††††††††††††††††††††††††††††††††††††††††††
ドアを開け、朝幸の傍まで歩み寄る。
「朝幸、ごめんね?僕はこれから少し出かけなくてはいけないんだ」
そっと頭を撫でる。
「え……?」
「食事が終わったら、僕の書斎以外は何処にいてもかまわない。ただ、まだ熱もあるようだし、病み上がりなのだからゆっくり休んでいるといい。何か困った事があれば、さっきの部屋にある電話から内線0で僕の執事が出る。彼に全て頼むといい。そんなに遅くならないうちに帰るから、いい子にして待っていて?」
朝幸が、小さく頷くのを見て、安堵した。
「それから……ちゃんと、薬を飲むんだよ?くれぐれも、僕の書斎だけは入らないように。いいね?」
念を押して、僕は朝幸を残して部屋を出た。
「さぁ、行こう」
智に声を掛け、エレベーターへと向う。
「あ……少し待っていて?」
智につげ、書斎へと向う。
朝幸と接していたので、いつも肌身離さず持っていた武器を手放していたのだ。
純銀の銃弾が入っているのを確認し、ストックも確認する。
「よし」
急いで智の元へと戻る。
「ごめん、お待たせ」
呼んでいてくれたエレベーターに乗り込み、1階へと向う。
「慎吾、今日はいつもと違うね」
智に言われて、自分がいつもよりも気分が晴れている事に気がつく。
いつも、何も感じる事無く、淡々と任務をこなすだけの僕が
「そうだね……今日は、早く終わらせたいんだ」
だって……
「朝幸が、待ってるから」
誰かが、僕が帰るのを待っていてくれる。
それが
たったそれだけの事が
こんなにも気持ちを高ぶらせるのだ
凍り付いてしまっていた心が
少し、ほんの少し溶けた気がした。
同時に湧き上がる不安
絶対に、ばれてはいけない
彼に
僕の正体を
僕が
彼の敵だと
絶対に知られてはいけない
分かっている
どんなに罪深い事をしようとしているのかは
どんなに非道な行いをしようとしているのかも
この先、彼と生きていけばいく程
僕の中に、罪悪感と不安がカオスのように渦巻く事になるであろう事も
それでも
もう
手放す事は出来ない
僕は
僕の「自我」を取り戻す為に
彼を利用するのだ
僕の為だけに
後書き
今回は慎吾目線で。
智登場。二人はやはり運命のシンメと言う事で。
この小説、ずっと二人の心情を書き綴っていく予定です。
色々展開してく予定ですが、常に二人の思考で書いて進めていく予定です。
心の葛藤とか、そういう部分をリアルに表現していければいいなぁ、と思います。
その分、話の進み具合は少し遅いかもしれないですけど……
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