第九幕
「死んでいるのか?」
「いや、微かだが、息はある」

遠くに聞こえる
聞き覚えのある、声
「このまま、捕らえるのか?」
「……研究対象になると、博士は言っていた」
「血を飲まないヴァンパイアか……出来損ないじゃないか」
「それでも、我々には興味深い対象だよ。血を飲まずに、生き延びる事が出来るのか……彼を徹底的に解剖すれば、答えは出るかもしれない」
「父親は、犯罪者なんだろう?同族捕食の大罪を犯したヤツだ」
「だからこそ、特異な体質の子供が生まれたんだ。ある意味感謝すべきだよ」

なにを……
話しているのだろう……

「それにしても……同族の血は美味しいのかねェ?」
「この世のものとは思えない美味らしいぜ?だからこそ、禁忌として語り継がれるのさ。種族滅亡を恐れてね」
「……少しくらいなら、味見してもいいんじゃないか?」
「……確かに、コイツなら……同族って訳でもない」
「特殊な、体質だからな……舐める程度なら……」
「おい。やめておけよ」
「けど……コイツの血……美味そうな匂いがするんだよ」
「あぁ。甘くて……食欲をそそる匂いを漂わせてやがる」

スっと
僕の喉元をなぞる、誰かの指

そして
「……白い、肌だな。きっと血の色が映えてより美味く感じるぜ?」
微かに、触れる……牙の先

逃れたいのに
身体が、動かない
このまま
血を飲まれて
僕は、死んでいくのだろうか……?

覚悟を決めた
その、時

バタン!!

激しく壊されたドアの音
「動くなよ。手元が狂って、当たってしまうかもしれないから」
……この声は、慎吾の家で聞いたことのある声

もしかして
まさか……

待ち望んでいた人を
思い描いた刹那

そっと
抱きかかえられた感触
「可哀想に……すっかり弱ってしまって」
心地よい、声
優しく、頬を撫でる手
薄らと、
重たい瞼を
何とか押し上げると

「……良かった。気が付いたね」

逢いたかった、慎吾の顔

「……ご、」

声が出ない僕に
慎吾は優しく微笑んで
「少しだけ、待っていられるかい?」
尋ねてきたから
何とか頷いた
「いい子だ」
慎吾は僕を部屋の隅へと運んだ後

ゆっくりと立ち上がり

そっと、スーツのポケットへと手を入れた

「さぁ、狩の時間だ」


その言葉と同時に
引き抜かれた手には……


ハンターの、証


まさか


慎吾が……



ハンターだったなんて……





打ち抜かれて
果てていく、かつての仲間達

けして
彼らに
格段の情も何もないけれど

何のためらいもなく
ヴァンパイアを打ち抜いていく慎吾に
少しだけ
恐怖を覚える

だって
僕は……
ヴァンパイアなのだ

慎吾が
それを、知ってしまったなら……

僕は
慎吾に、殺されるのだろうか……?








でも

それも、いいのかもしれない




他の誰かに殺されるくらいなら……








慎吾の手で
楽に、なりたい


そうすれば……

きっと
慎吾は……
僕の事、忘れないでしょう……?


それとも
他のヴァンパイアと同じように
その
何の感情もない瞳で
何も感じないまま……
僕を、打ち抜くの……?



グルグルと
天井と一緒に
思考が回る

慎吾が
ハンター……?
僕の、敵……



それでも

僕は……




慎吾と一緒にいたい……



籠へ囚われ
裏切られて
騙されるとしても



それでも
僕は……



慎吾の手に殺められるのならば

全ての罪を……浄化してもらえる気がするから







慎吾の、手の中に
自ら……飛び込んで






殺めて、欲しい……













さよなら、
トモダチになりたかった、慎吾

これから先は
一緒にいても
きっと
ずっと
トモダチになんて、なれないね
一生

僕等は
互いを
騙して
自分を
隠して
本音を
潜ませ

「……なりたかったな、トモダチに」

やっぱり
人間とヴァンパイアが
通じ合えるなんて


夢の、また夢なんだ


きっと
慎吾が優しかったのも……
僕の事、探っていただけなんだ

あまりにも
長くて
濃すぎる眩暈が
僕を襲う

慎吾の放つ
覚めた眼差しに
打ち抜かれるように
息を止めて
僕は、意識を手放した







後書き。

お久しぶりの更新になってしまいました。
今回は、意識が朦朧とした中
マイナス思考へと転がり落ちる屋良っちの心情が表せていればいいなぁと。
支離滅裂になっているのは、私のせいではなく(笑)、屋良っちが不安定だからです。



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