**伍**

「朝幸?顔色、悪いよ」
少しフラフラとした気分に陥っていた僕に、真次が話しかけてきた。
僕を心配する言葉を告げた真次の声は震えていた。
明らかに、僕以上に真次の顔色は悪かった。
…悪い、というよりも。
色を、失っているようだった。
「真次…聞いて、欲しい事があるんだ」
思わず、口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。
「聞いて欲しい、事?」
僕は、何を話そうとしているというのだろう。
でも…話してしまう方が…
一人で抱えるには…重過ぎる。
そして、僕の心は…抱え続ける事に、悲鳴を上げ始めていた。
「あの、ね…あの…」
言葉が詰まる。
どう、説明していいのか。
何から話せばいいのかがわからない。
「朝幸…大丈夫?」
僕の顔を覗き込む真次。
あぁ…僕が相談を受けていたはずなのに。
立場がすっかり逆転していた。
「ゴメン、真次。僕、全然真次の力になれてないよね」
思わず謝ってしまった。
「そんな事、ないよ。こうやって話を聞いてもらえるだけで、大分楽になる」
真次は笑ってくれた。
でも、その笑顔は真次の本当の笑顔じゃない。
…無理してる。
「あのね、僕…誰にも話してないんだけど…」
「何?」
「…見て、しまったんだ」
「何を…?」
「智が…」
そこまで言って、僕は大きく息を吸った。
吐く息に、言葉を乗せて…勢いで話してしまおうと思ったから。
「慎吾に向かって…聞こえてきたんだ。怖くて、どうしていいかわからなくて。でも、夢かとも思って…だけど…怖いんだ。どうしようもなく、智が怖いんだ」
一気に真次に話し終わると、僕は全てが抜け切ってしまったかのように、へなへなと床へと崩れ落ちてしまった。
真次は、僕を抱きかかえてくれた。
「怖かったね、朝幸。一人で、悩んでたんだね」
そう言って、キュっと僕を抱く腕に力を入れた。
「機械人形…もしかしたら、友一も何か関係があるかもしれない」
「やっぱり…そうかな?」
それは、脳裏を掠めたことだった。
「でも…」
「うん、僕は友一とずっと一緒に暮らしてきたけど…彼は機械人形ではないと言い切れるよ」
僕の疑問を読んだかのように、真次が先に告げた。
「だったら…」
「でも、おかしいじゃない。智が…どちらも智が関わっているんだ。さっき、僕は「気がする」って言ったけど…ほぼ、確実に断言出来るんだ。友一は、喜んで智から飲み物を受け取ってた。その度に、友一は朝起きられなくなってる。それは、間違いないと思うんだ」
ゆっくりと、僕を離し、僕の眼を真っ直ぐに見つめてくる。
「真次は…どう思う?」
「…何を?」
「慎吾は…慎吾は、機械人形なんだと、思う?」
僕の眼は、今きっと今までにないほど怯えているかもしれない。
聞きたくはない、けど…誰かに、違うと言って欲しい。
「僕には…わからないけど…でも、慎吾は人間だと、僕等と同じだと思うよ。今まで、ずっとそう思ってたもの。だって、僕等と何も変わらないじゃない」

よかった…

本当に、よかった。真次の言葉は、僕を心から安心させてくれた。
慎吾は、僕等と同じだ。

「ねぇ、真次」
「何?」
「明日…友一は起きてくるかな?」
「…それは、僕も考えてた。もし…明日友一が起きてこれなかったら…」
真次が、飲み込んだ言葉を…僕が続けた。
「智が…何かを入れてるんだ、飲み物に」
「…でも、何の為に?」
「それは…」

ドアをノックする音。

僕等は息を飲んだ。

「朝幸?いる?」
…直樹の声だ。
真次と顔を見合わせて、二人で安堵の溜息をつく。
僕は立ち上がって、ドアを開けた。
「急に部屋に戻っちゃったから、どうしたかな?と思って…」
そう言って、部屋を覗き込んだ直樹は、「あれ?」と真次を見て声を上げた。
「真次も、いたの?」
「うん…」
「…もしかして、友一の事?」
声を潜めて尋ねてきた直樹に、二人で無言で頷いた。
「そっか…ね、俺もいい?」
「直樹の、意見も聞きたい」
真次の言葉に、僕はドアを大きく開いて「どうぞ」と直樹を室内へと促した。
「…ちょっと、まって。幸人連れてくる」
そう言って、直樹はリビングへと戻り、まだぐっすりと眠っている幸人を抱きかかえてきた。
…壊れ物のように、優しく抱きかかえられていた。
幸人を包む優しさとは裏腹に、直樹の眼は、とても鋭かった。

もう、これ以上、幸人を傷つけさせる事は許さない。

直樹は…世界の全てに、そう告げているかのようだった。

「さて、どんな話になってんのか教えてくれる?」
真次のベッドに幸人を横たえ、その横に座ると、直樹は僕等に尋ねてきた。
「謎が増えたってところかな」
真次がゆっくりと、僕が目の当たりにした光景について説明してくれた。
そして…友一の寝坊の要因についても。
「機械人形・・・」
独り言のように直樹が呟く。
「どういう、事だと思う?」
尋ねた僕に、直樹は小さく頭を左右に振り、肩を竦めてみせた。
「情報が少な過ぎるよ。これじゃあ、まだ、何もわからない」
けど…
「友一の事と、慎吾の事が関連してる可能性は強いかもしれないな」
「やっぱり、そうなのかな?」
思わず、身を乗り出した僕に、直樹は
「可能性、の問題だよ。確定じゃない」
「…そうだけど」
「とにかく、明日の朝。友一の様子を見てまた考えよう。とにかく、まだ何もわからないよ。朝幸は…慎吾の所に明日も行くの?」
「うん…慎吾、寂しそうだったから」
「そっか…じゃあ、何かあったら教えてよ」
「何かって?」
思わず尋ねた僕に
「何か…手がかりがあるかもしれないよ?慎吾の所に」
直樹は幸人の頭を優しく撫ぜながら答えた。
「慎吾の、部屋に?」
僕の言葉に、直樹は少し黙り…考えた後、こう答えた。
「部屋そのものに…じゃあないかもしれない。環境や行動…そういったものの方が、手がかりになるんじゃないかな」

答えは…慎吾自身が持ってる。

直樹の言葉に、僕は小さく頷いた。
ほんの些細な事でも…見落とさないように。
慎吾の事をもっと深く知ろう。
もしかしたら、慎吾は僕に信号を出しているかもしれない。
「助けて」と。
何から、かは わからないけど。
慎吾を助けてあげるんだ。
そして、友一の事も…

直樹が言った。

「パズルのピースは、まだほんの一握りしかそろってない」












僕等は…知らなかったんだ。


          ピースが全て揃ってからでは…


                                                  全てが



                           手遅れなのだと。












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5話です。
すごい〜。更新してる〜(爆)。
えっと、ちょっと不安になってきたんですけど…
これ、かなりエグイ事考えてるんですけどね。
それって、このまま此処で連載してっていいものなんでしょうか?
請求とかにした方がいいのでしょうか?
あぁ、どうなんでしょ…。
「続」と「傀儡」と立て続けにほのぼのチックな更新をしていたので、オートマタの重いこと(苦笑)。
ちなみに、この連載を書くときは必ずHYDEを聞きます(笑)。だからなんだって言われたらそれまでですが…。えっと…雰囲気作り?



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