**八**

真次の部屋で。
僕は何もいう事が出来なかった。
頭の中で、色々な事が渦巻いている。
「朝幸。大丈夫?」
真次の声に、僕はハッと顔を上げた。
「ご、めん。大丈夫」
「何か、あったの?慎吾の部屋で」
聞かれて、僕は俯いてしまった。
言っていいのだろうか。いや、言うべきなんだろうけど。
慎吾の、あの言葉。そして、あの悲痛な声。
僕らは知ってはいけない事を知ろうとしているのだろうか。
知らなければ、ずっと幸せでいれたかもしれないのに。
「僕らは...間違ってしまったんだろうか」
思わず声に出してしまっていた。
「僕は、そうは思わないよ」
真次の凛とした声が響いた。
「真次?」
「だって、自分の大事な人が何か辛い思いをしている。危険な目にあってる。それを知らずに、自分だけ幸せであったとしても...それは本当の幸せだとは思わない」
「...そう、だね。真次の言うとおりだと思う」
不図時計を見る。
「直樹、遅いね」
「そうだね...もうそろそろ来てもいいと思うんだけど...」
その時、ノックの音がした。
「誰?」
「俺...ごめん、遅くなった」
そう言って、ドアが開き、直樹が入ってくる。
「幸人は?」
「今、来るよ。また、潔癖症が出たみたいでね」
止めたんだけど...。
「そっか...」
幸人は...潜在意識の中で、血に塗れていた記憶が影響しているのか、潔癖症だ。手が切れてしまうほどゴシゴシと洗い続ける。
「あまり無理に止めると、発作を起こすから...もうしばらくして、来なかったらまた迎えに行ってくる」
そう言って、直樹は座った。
「で、どうして早かったんだ?」
聞かれて、僕はまた俯いた。
「朝幸。何があった?」
優しく、問いかけてくる直樹。
隣では真次が優しい目で僕を見てくれていた。
彼等が支えてくれる。
僕には支えがあるけど...
こうしている間にも、慎吾は誰にも支えられずに苦しんでいるのかもしれない。
そう思ったら、自然と言葉が口をつく。
「慎吾は...見せたくないっていったんだ」
そう。
聞こえないように呟いた言葉。
こんな体、見せたくない。
それは、一体どういう事なのか。
「見せたくない...か。なぁ、前にも...慎吾が包帯巻いてたって言ったよな」
直樹に聞かれ、頷く。
「友一も...怪我をしているんだ。切り傷...って言ってたけど、中には結構深い傷があった。普通に生活していてあんな怪我しないよ」
「だいたい、僕らの前で、友一が転んだりぶつけたりしている姿を見てないけど...」:
真次が呟く。
「そうだよね。確かに友一が怪我しているのなんて、見たことないよ」
...
全員が黙り込んでしまった。
一体...何が?
「...幸人」
直樹が呟いた。
「何?」
「遅いな、幸人...俺、ちょっと行ってくる」
勢いよく立ち上がり、直樹は出て行った。
嫌な...予感がする。
体中を襲う寒気。
何かが…起きている気配。

駆け上がってくる足音。
勢いよく開くドア。
「幸人が…いない」
蒼白い顔の直樹に真次は立ち上がり告げる。
「部屋は?」
「まだ見てない」
「とにかく部屋を確認しよう」
僕らは急いで幸人の部屋へと向った。
ノックをしても返事がないので、直樹はドアを開けた。

「幸人…」
幸人はベッドでぐっすりと寝ていた。
「よかった…」
壁へと寄りかかる直樹。
「でも、どうして…」
真次の部屋においでって言ってあったのに。
直樹の呟きを聞きながら、僕は不図真次を見た。
震えていた。一点を見つめて。
「真次?」
「…あれ」
偶然、だと思う?
聞かれて、真次の示す方向に目をやると…

サイドテーブルに置かれているマグカップ。

誰が?

幸人が自分で…
いや、そんなわけない。
幸人は自分で飲み物を淹れることをしない。
だったら…

それは…

「まさか…」
直樹が囁いた。
「直樹…」
返事をする事無く、直樹はドアを開け、廊下へと出る。
「何処行くの!」
後ろから声をかけて、後を追おうとして直樹の背中にぶつかった。
「どう、したの?」
硬直した直樹の視線の先に…


智がいた。

「どうしたの?皆」

笑顔でこっちを見ていた。

「あぁ、幸人君か」

貼り付けられたような笑顔で。

「眠そうにしてたから、部屋に運んであげたんだ」
探してた?ゴメンね?

本心が、見えない。

「智が…飲み物を?」
直樹の声が…微かに震えていた。
「そうだよ?ココア、飲みたいっていうから」
ダメだった?
「いや…そういうわけじゃないけど」
それ以上何もいう事の出来ない直樹。
智は笑顔で
「もう、遅いから。皆も寝た方がいいよ。朝、起きれないからね」
そう言って部屋へと消えていった。
僕は、智の姿が見えなくなると同時に、体中の力が抜けて、座り込んでしまった。
「朝幸、大丈夫?」
振り返り、抱え起こしてくれた直樹の手も、少し震えていた。
「真次。明日の朝、少し見えてくるかもしれないな」
直樹は僕を抱えながら、真次に言った。
「幸人君のこと?」
「そう。幸人が明日…もし、友一と同じように起きてこないようなら…」
智はクロだ。
「何かを知っている。いや、智が何かを…」
直樹の瞳は…怒りの色を濃くしていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夢の中なのだろうか。
僕は、いつのまにか幸人の部屋の前に立っていた。
気になっていたのだ。もしかしたら、何かが起きているんじゃないかって。
そして…恐る恐る、ドアを少しあけて中を覗く。
そこには…

「今度は…大丈夫。彼は合わなかったけど…今度こそ」

幸人の腕を掴み、注射を射そうとしている。
あれは…智のお父さんだ。

僕らを拾ってくれたお父さん。
そして、その横にいるのは…智。

何を…しているのだろう。

僕は…息を潜め…目を凝らした。

その時

「誰?」

智が…こっちを見た。

「誰なの?」

この時。
僕は
気が付いた。


これは


夢なんかじゃない


現実なのだと。


瞬間、僕は叫び声を上げようとした。

でも、声は出なかった。
僕の口を押さえ…
「静かに…そっちへ隠れていて」
そう言って、僕を智から見えないようにそっと押しやってくれた。
「僕が智と話している間に、部屋に戻るんだ」
いいね?
そう言って、彼は立ち上がった。

「誰?」
近づいてくる足音。
彼は、ゆっくりとドアを開けた。
「ゴメン。僕だよ」
その姿を見た智は、安堵の溜息をつき、名前を呼んだ。
「なんだ、慎吾か」
焦らせないでよ。
「今日は、まだ慎吾の体は無理だからしないよ?今日は適正を調べるだけだから」
「…もう、いいよ。智」
「何が?」
「もう、止めよう」
「どうして!」
「こんなの…間違ってるよ!」
慎吾の叫び声。
僕は…全てを聞いていたい気がしたけど…
隙間から、慎吾が此方を気にしている様子が見えた。

逃げよう。

そう思って、背を向け、音を立てないように一歩踏み出した。

その時…


「彼らは…お父さんが集めた慎吾の為の体なんだよ?」
「それがおかしいっていってるんだ!!僕は…僕は…彼らの体を使ってまで生きようとは思わない!!」


刹那



全てが



わかった気がした。




慎吾は機械人形なんかじゃない。






私の可愛い

            機械人形

  手の先    足の先まで  思い通り

 私の 大事な 機械人形

            そう    

      その  心音さえも

             全ては 私の  手の内に


                               ある



あれは…





僕らのことだったんだ。




慎吾の為に…


僕らが…
人形へと変わっていくのだ




「あ…あぁ…」

恐怖で…

声も出せなかった。


足がもつれる。


直樹…真次…







助けて




僕らは




人間じゃなくなってしまう…





そして、
ゆっくりと視界が途絶え





頭が真っ白になっていった。











◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
8話です。
お!終盤に差し掛かっておりますね。
本当は朝幸は実際に全てを目撃し、見つかってしまい、幸人を抱えて逃げるシーンで、全てを悟る予定でした。あ、暴露話チック(笑)。
当初からずっとそう考えていたので、それに向けて書いていたのですが…
結局使いませんでしたね、そこ(爆)。
もっともっと残酷なシーンを予定していたのですが…書かなくても進むかな、と思って。
いや、今後書くかもしれませんけど(苦笑)。

…ところで。
もう、わかりましたよね?
一体どういう事だったのか。
いや、そういう事でした。(何)




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