**九**

ゆっくりと眼を開けると、そこはいつもの見慣れた天井だった。
「...僕の、部屋?」
重たい体を起こし、思い返してみる。
あれは...

夢、だったのだろうか。
あの時、僕はあの場で意識を失ったはず...
何故、自分の部屋のベッドに寝ているのだろうか。


『慎吾の為の体なんだよ』

そうだ、そんなわけがないじゃないか。
普通に考えてありえない話だ。
僕らが...僕らの体が機械とすり替えられていくなんて。

「夢、だったんだ...」
ふっ...と一つ安堵の息をついて、僕はベッドを降りた。
何時なんだろう。
テーブルの上においてある時計に眼をやろうとして、フと気がついた。
「メモ?」
テーブルの上におかれたメモ。
手に取ってみる。
「...!」
夢、なんかじゃなかった。
ここに運んでくれたのは慎吾だ。

『眼が覚めたら、僕の部屋に...来て欲しい』


行かなければ。
あれが夢でないのなら。
全てを知らなければ。
そして...皆を助けなければ。

「幸人...どうなっただろ」

不安がよぎる。

僕は、メモをギュっと握り締めると、そのまま慎吾のいる離れへと走った。
真次や直樹に話す前に、どうしても慎吾と話がしたかった。

真実を


慎吾の口から聞きたかった。


「慎吾!!」
離れに着くと、僕は思い切りドアを開けた。
鍵はかかっていなかった。
慎吾を呼びながら、奥の部屋へと向う。
「...朝幸」
慎吾は、ベッドにいた。
横たわって。
弱弱しく僕を呼んだ。
「全てを...話すよ」
そう告げた慎吾に僕は尋ねた。
「幸人は?」
「大丈夫...何とか誤魔化して、智達には、戻ってもらったから」
「...そっか。僕を運んでくれたのも、慎吾なの?」
「うん...智には気付かれないようにしたつもりだけど」
「一体...どういう事なの?」
「...全ては、僕のせいなんだ」
慎吾は俯いて、そして意を決したように、僕を見た。
「本当は...皆に話さなきゃいけないんだ。でも...僕は弱虫だから..朝幸になら...僕を友達だと思ってくれた朝幸になら言えると思うんだ。だから...」
「大丈夫。僕は何があっても慎吾の友達だよ?」
「...ありがとう」
大きな涙をこぼし、慎吾は弱弱しく微笑んだ。
「僕はね、智と兄弟なんだ。父は、智の母以外に、愛した女性がいてね、その人が僕の母親なんだ。母は、僕を産んですぐ病気で死んでしまった。父は本当に母を愛していたから、その血を引いて、母にそっくりな僕を本当に可愛がってくれていた。...でも、僕が14歳になったある日...」
『このままでは...彼は、20歳まで生きる事は出来ないでしょう』
「医者の一言が...父を変えたんだ。僕は難病だった。体中が徐々に腐っていってしまう。そんな時だった...
『ほら、慎吾の為に、お父様が連れてきてくれたよ?』
「智が、父に連れられて歩く朝幸達を見ながら、僕に言った。」
『彼らが...慎吾の新しい体だよ』
「狂っている。そうとしか思えなかった。智は僕を...兄弟である僕を大切に思うあまり...愛するあまり...そして、父は母を愛するあまり...二人の思いはは歪んでいったんだ。でも、僕は逆らえなかった...弱すぎたんだ...だから、せめて皆と仲良くなるのはやめようって思った。仲良くなれば罪悪感も増す...僕は...心を殺す事にしたんだ。そして...最初の犠牲者が...」
『友一...ココア飲む?』
「そう言って、智は友一に薬を盛った飲み物を飲ませ、意識を失わせては手術を行ったんだ。僕の...腐り始めた骨や内臓を...友一と取り替える為に...」
『ほら、僕と同じだよ?慎吾の体は...何もおかしいところなんてないんだ。何も違わない』
「智は、手術が終わると、僕にそう告げた。きっと、無意識に自分に言い聞かせていたんだと思う...何も、間違った事をしていなんだ、と。でも、何度も皮膚や肉を摘出して適正を確認したはずだった最初に腕の部分の手術で、僕の体は拒否反応を起こしたんだ。だから...」
『友一は...ダメだ。もう、必要ないよ』
「次は...幸人だって...。僕は、もういやだったんだ。朝幸と..朝幸が僕の中に...朝幸を大切だと思ってしまったから...友一の体が機械に変わると同時に、僕の心も死んで人形のようになっていっていたはずだったのに...朝幸が僕に人間の心を戻してくれた。...だから...僕はもう耐えられなかった」
『もう、いやなんだ!!このまま幸人君に手をかけるなら...僕は自ら命を絶つ!!』
「智は僕にすがり付いて泣いたよ」
『全ては...慎吾のためなんだよ?慎吾は...まだ、人形なんだ。もう少しで...人間になれるんだよ?僕と同じ人間に!!』
「もう...狂ってた。全てがね。だから、僕は終わりにしたいんだ。安心して?友一君も...腕の骨だけで、あとは手をつけられる前だったから...」
それだけでも...申し訳ないんだけど。
そう言って、慎吾は僕を見た。
「逃げるんだ...。皆と」
力強い眼だった。さっきとは違う。
「慎吾...慎吾は?」
「僕は...僕は、全ての責任を取るよ」
「ダメだよ!!慎吾も一緒に!!」
「僕は...僕は皆を利用しようとしてたんだよ!」
「慎吾のせいじゃない!!慎吾が悪いんじゃないよ!!」
「何も言わなかった僕のせいだ!!僕が...全てを狂わせたんだ!!」
「慎吾!」
「とにかく...皆と逃げるんだ!もう...時間はない!今日、また智達は適正検査の為に幸人君に手をかけるだろう...それじゃダメなんだ!!遅いんだ!!」
「逃げるなら...慎吾と一緒じゃなきゃ嫌だよ!!」
泣き叫んだ僕に、慎吾は諦めたようにフっと笑った。
「慎吾...?」

「朝幸...僕はね、朝幸達と引き換えじゃなきゃ生きられない体なんだよ?」


何も...


言葉が出なかった


涙が溢れる。


どうして

どうしてこんな事に...

どうして慎吾がこんなにくるしまなくちゃいけないんだろう


どうして

僕達は

こんな運命に巻き込まれなきゃいけなかったんだろう


慎吾の呟きが


耳に届いて


僕は

黙って

慎吾に背を向けて

部屋を出た。



「所詮…僕は、籠の鳥。感情も持てない、未来もない、ただの人形なんだよ」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
9話です。
お久しぶりでございます!!
もう、ラストですね!!
次回で終わるかな?
10話の予定だったのでぴったりです!!

えぐいですね〜。内容考えたらエグいですね〜。
当初の予定では、一人二人はすっかり機械にされちゃってる予定だったんですけど(ぇ)。
色々考えてやめました。
この辺がオリジナルキャラじゃないと難しいトコですね(苦笑)。





≪≪TOP                                      NEXT≫≫