第参話

隣に感じていた温もりが少し離れた感じがして、手を伸ばした。
眩しさを感じ、ゆっくりと目を開ける。
屋良が、眠っていた。
幼い、純真無垢な寝顔。
身体を起こし、窓の外を眺めると、どうやら太陽はかなり高い位置まで上っているようだ。
「う…ん、」
屋良が寝返りを打つ。
そんな屋良の髪を軽く撫ぜる。
不図、頭に鈍い痛みが走った。
「…風邪、じゃないよな」
鈍い痛みは、少しずつハッキリとした痛みへと変わっていく。
何故だか…怖かった。

頭痛が、何かを意味するようで。

昨日…夢を見た気がする。
どんな夢だったかは忘れてしまった。
けど…それは、とても気分が悪くなる夢だった気がする。

「どうしたの?」
突然の問いかけに思わずビクっとしてしまった。
目の前には、先ほどまで眠っていた屋良が、不思議そうな顔をして覗き込んでいる。
「お、はよう。屋良」
急いで笑顔を作り、そう告げると、屋良は辛そうな顔をした。
「ラッチ…具合悪いの?」
何故…わかるんだろう
「どうして?」
尋ねると、屋良は心配そうな顔をする。
「暗いよ、笑顔が」
そう言って、僕の両頬を包みこんだ。
子供は純粋だ。
純粋な目は全てを見透かしてしまう力を持っている。
それはまるで天使のような不思議な力。

そう    悪魔のような

「大丈夫。何でもないよ」
そう答えて、僕は屋良の手を取った。
「降りよう。ご飯食べなきゃね」
もう一度笑う。屋良はコクっと頷くと僕の手をキュっと握り返した。
++ ++ ++
食卓には、良侑が準備した朝食−時間はすでにお昼だけれど−が並び、数人が席についていた。
「あれ、町田君と鈴木君は?」
あぁ、それに大野君もいない。
「町田君と鈴木君は昨日の夜から出かけたんだ。ドライブでもしてるんじゃない?」
誠一郎君があくびをしながら答える。
「大野はね、ちょっと調子が悪いらしい」
原君が言う。
「そうなの?大丈夫なのかな…」
そう呟くと、尾身君が手をヒラヒラさせた。
「大丈夫。いつもの事だし」
それを聞いて、少し納得する。
大野君の力は、誰よりも疲れる能力だと思う。
何故なら、人の心を読み取るのだから。
色々な感情を全て自分に受けてしまうという事だ。
「最近ね、大野君…力が調節できないみたいなんだ」
良侑が心配そうに言いながら、僕の前にコーヒーを運んでくれた。
ありがとう、とお礼を言ってから、僕は聞き返した。
「力が?」
「そう…前までは、自分の聞きたいときに、相手の心を読むことが出来たんだけど…最近は、どんな時でも他人の意識が流れ込んできちゃうみたい」
「俺、この間なんか「頼むから、ちょっと離れて」って言われちゃったもん」
誠一郎君が肩を竦めてみせた。
「それって…すごく辛いんじゃないかな」
言うと、原君が頷いた。
「だから、暫くそっとしといてやってくれ」
僕は、頷いた。
きっと、他人と接触するのがとても辛いはず。
今は、一人にさせてあげた方がいいんだろう。
その方が、いいんだ。

きっと  その方が…

朝食を食べながら、皆で屋良と色々な会話をした。
屋良がいなくなってからの事。
そして、その間に起きた出来事。
それから…僕の力が消えた事。
すると、屋良は驚いたように目を見開き、僕を見た。
「力…無くなっちゃったの?」
「うん、なんだかね。全然なくなっちゃったみたい」
笑って言うと、屋良は不思議そうに首を傾げる。
「おかしいなぁ」
「何が?」
尋ねると、屋良は真剣な眼差しで僕を見る。
「だって、今でも感じられるのに」

え…

「屋良…?」
原君が怪訝な顔で屋良と僕を見る。
「だって、間違いなくラッチから感じられるんだよ?」

違う…

「一体…何?」
息を飲む。
「ラッチ…前にも言ったでしょ?僕にはわかる。同じ、匂いがするの」

そんな、わけがない

絶句してしまった僕を見て、原君が助けるように会話を続けてくれた。
「ま、今力が使えないのは事実なんだから、とりあえずこの話はやめにしよう」
そして、また別の会話を始める。
ただ、屋良だけがどうしても納得がいかない表情のままだった。
++ ++ ++
リビングで、僕は屋良が弾くピアノの音を聞きながら、本を読んでいた。
前から、リビングにあったピアノが気になっていて、屋良に、弾けるの?と尋ねたら、少しだけ、と笑って答えたので、お願いしたのだ。
癒される気分で心地よい音に耳を傾ける。
少しだけ、という答えは謙遜だったんだな、と思いながら、少し目を閉じた。
その時…
「原君!!!」
叫び声。
それは…鈴木君の悲痛な叫び声。
「どうした!!!」
全員で、玄関へと急ぐ。
「鈴木…お前!!どうしたんだ!!!何があったんだ!!!」
駆け寄ると、鈴木君はただ首を振る。
目の前の鈴木君は血だらけだった。
頭から流れる血が、顔半分を深紅に染め、肩から流れ出る血が玄関の床に真っ赤な池を作り上げていた。
だが…鈴木君を染めあげているのは、鈴木君の血だけではなかったのだ。
「町田さん…」
良侑が消え入りそうな声で呟いた。
そう…鈴木君が両手で抱きかかえていたのは、深紅に染まった町田君だった。
白い肌は…血の気を全て失ったように、より一層青白く。
そして、流れ出る血液は、その肌を目が覚めるほど紅く濡らしていた。
「町田さん!!!」
後ろから来ていた屋良が駆け寄る。
「どうして!!どうしてこんな事に!!!」
鈴木君にしがみつき、屋良が泣き叫ぶ。
「わからない…わからないんだ」
そう繰り返し、鈴木君は崩れ落ちた。
「とにかく…町田はまだ、生きてるんだ!!!部屋に運ぼう」
原君は、そう告げると、鈴木君の手から町田さんを抱きかかえようとした。
「…俺が運ぶよ」
鈴木君は原君の手を遮り、ゆっくりと立ち上がる。
「す、ずき…」
「…俺は、守れなかったんだ。町田を」
だから、このくらいはさせてくれ。
鈴木君は町田さんをリビングへと運び込んだ。
屋良は、横たわる町田にしがみつき、泣きながら告げた。
「僕が…助けるから!!!助けてあげるから!!!!!」

あぁ…何処かで見た事がある。

この、光景を

前にも

機械仕掛けのような…

そうだ

彼 だ

彼が…いるんだ

やっぱり

まだ

生きているんだ



周りの声が遠くなる。
そして、僕は強い頭痛に襲われ、意識が遠くなる。

意識の奥で…声がする。



そう…大野君はいない方が、都合がいいんだ
彼にとっても…


あの時…屋良は、不思議そうに呟いていた。


「前よりも…もっともっと同じ匂いがするのに」





第3話です。
いやぁ〜!!!!町田さんがぁ〜!!!!
って事で、事件です。すずっくん!!マチを守ってくれなきゃダメじゃない!!なんて、自分で書きながら怒ってた今回(苦笑)。あぁ、どうなるんでしょ。

TOP