第伍話 血が 流れている 大量の 朱色の雫 僕は、 立っている 何もせず ただ 立っている 少しの 微笑を 浮かべて 突然、眼が覚めた。 勢いよくあけた眼に、天井が飛び込んできた。 「…!」 天井は…真っ白なはずだった。 何度も見慣れている天井のイメージが、恐怖へと変貌する一瞬。 何故なら、天井は真っ赤に染まっていた。 「う、わぁーッッ!!!」 両手で頭を抱える。 ギュッと眼を瞑った。 身体を丸め、蹲る。 何かから… 何かわからない恐怖から 自分を守ろうとしていた。 「ラッチ!!!ラッチ!!!!」 肩を揺すられる。 「しっかりして!!!ラッチ!!!」 薄っすらと眼をあけると、そこには心配そうな屋良の顔が見えた。 「…怖い、」 「え?」 「怖いんだ…何もかも…怖くて仕方がないんだ」 「ラッチ…?」 恐怖を口にすると、少し落ち着いてきた。 屋良に支えられながら身体を起こす。 「天井が…」 そう呟いて上を向くと… 「…白い」 そう、 天井はいつものように真っ白だった。 「どうしたの?天井がどうしたの?」 屋良が僕に問いただす。 「…真っ赤に、見えたんだ」 だから、怖くて。 「疲れているんだよ、ラッチ」 そういうと、屋良は小さな両手で僕を抱きしめた。 「怖い、夢を見たんだ」 屋良の腕の中で、僕は続けた。 独り言のように。 「夢?」 「僕が血に塗れている夢。真っ赤な血の海の中にいるんだ。夢を見ている僕はとても怖いのに…夢の中の僕は笑ってるんだ」 僕が話している間、屋良は黙っていた。 それでも、屋良の体から伝わる温もりは、僕を徐々に落ち着かせてくれていた。 「怖くて…僕は、とにかく怖いんだ。何が怖いのかはわからないけど…」 不図、思い出した。 今、僕が身を預けている相手は 僕が いいようのない 恐怖を 感じている相手だという事を 「ラッチ?」 思わず両手で屋良を突き放す。 「ご、めん。もう、大丈夫。ちょっと…一人にしてくれないかな」 そういった僕に、屋良は切なそうな表情を見せた。 「ラッチ…必ず助けてあげるから。僕が…僕じゃなきゃ、ラッチは助けてあげられないんだよ。だから…必ず助けてあげるから」 そういって、屋良は部屋を出て行った。 パタリ、と閉められたドアの音。 その瞬間に、僕の頭によぎる声。 僕が怖いのは… ++ ++ ++ 「どうだった?」 リビングに戻った屋良に、原が尋ねる。 「ダメだよ、疲れてるみたいで。魘されてた」 「そっか」 「ねぇ。原っち」 「なんだ?」 「大野君、どうしてる?」 原は、少し動揺を見せた。 「部屋に篭っているよ」 「話が、したいんだ」 屋良がいつになく、厳しい表情で言う。 「誰も、近づけないように頼まれてる」 原の言葉に、屋良は首を振った。 「違う…原っちは…ある人だけを近づけないでって言われたはずだよ」 その言葉に、原は驚愕した。 「なん、で…」 「僕には、わかる。そして、何故大野君がそんな事を言ったのかも…」 「屋良…」 「だから、逢いたいんだ。話がしたい。それが、一番いいんだ」 原には、屋良の言っている事が理解できずにいた。 何に対して一番いい事なのか。 一体、何が起きているのか。 全く想像もついていなかった。 それでも 屋良の言葉には、揺ぎ無い確信を感じる事が出来た。 「わかったよ。大野に、言ってくるよ」 お前が会いたがってるって。 そう言って、原が大野の部屋に向かおうとした、その時。 「原君!!!」 尾身が駆け寄ってきた。 「なんだ?」 原の問いに、尾身は慌てながら、答える。 「ま、町田さんが…!!眼が…醒めたんだけど…と、とにかく、すぐ来て!!」 そう言って、尾身は原の手を引っ張る。 「僕も行くよ!」 屋良も後ろを走っていった。 ++ ++ ++ 「慎吾!!しっかりするんだ!!」 鈴木が、一生懸命町田を抱きしめ、落ち着かせようとしていた。 それでも、鈴木の腕の中の町田は、錯乱状態に陥っており、必死に自分の首をかきむしり、声にならない声で悲鳴を上げ続けていた。 「町田さん…」 屋良が呟く。眼には薄っすらと涙を浮かべながら。 舌を噛み切らないよう、鈴木が町田の口の中に手を入れて押さえ込む。 しばらくすると、町田は徐々に正気を取り戻していった。 「町田、わかるか?」 原の問いかけに、ゆっくりと頷く。 「町田さん、気が付いたんだね」 そう呟いた良侑は涙を拭い、 「水、持って来るね」 といって、台所へ向かった。 「お帰り、町田。早速だけど…二人とも、話を聞かせてくれないか?」 原の言葉に、鈴木は頷き、ゆっくりと口を開いた。 「ドライブしてたら…森の中で、急に車が動かなくなったんだ。おかしいな、と思って俺が車を降りて、後ろに回った時…慎吾の悲鳴が聞こえた…それで、慌てて運転席のドアを開けて隣を見たら…慎吾は血だらけになってて…抱きかかえて、名前を呼んだ時…後ろから、俺も何かわからないけど…何かの波動みたいな力に…攻撃されて。振り向いたときには、誰の姿もなかったんだ」 鈴木の言葉を聴き、誠一郎が町田を見て告げた。 「じゃあ、町田さんは…相手を見てるよね。正面から襲われたって事でしょ?」 その言葉に、町田は首を振った。 「覚えてないよ…多分、見てないと思う…」 と消え入りそうな声で告げた。 そう答えた町田の眼が、不安げに揺れていたのを…屋良は、見逃さなかった。 「やっぱり、」 その言葉に、全員が屋良を見る。 「ごめんなさい。元を正せば…僕のせいなんだ。きっと。だから、僕が何とかするから…とにかく、大野君に会わなきゃ…」 そう言いながら、屋良は町田に近づく。 「ごめんなさい。町田さん…それに、ありがとう…」 その後に続けた言葉は、町田にしか聞こえなかった。 ガシャンッ!! 廊下で、ガラスの割れる音がした。 「良侑?」 屋良が振り向く。 「…お、おのくん」 良侑の声は震えていた。 無理もなかった。 良侑の目の前には 血まみれの大野の姿があった。 「大野…!」 原が駆け寄り、大野を支える。 「原、っち……た、すけて…」 「大野!!何があったんだ!!!大野!!!」 「や、ら…っちに、いわ…な、く…ちゃ…」 そこまで言って、大野は意識を失った。 「大野!!!!大野!!!!」 原が大野を抱きかかえている間、ベッドの上で、町田は震えていた。 |
第5話です。 やっと確信に触れてきました。 大野君が会いたくなかったのは屋良っちではなかったのです。 このペースでいけば、予定通り15話位で終わるはず… |