■第十壱幕■
何となくぎこちないまま、グラウンドへとたどり着く。
グラウンドで待っていた、屋良の友人達が、町田を見て、「おぉ〜」とざわめいていた。
「な、なんだろ。僕…何かしたかな…」
オドオドする町田に森田はビシっと背中を叩き告げた。
「自信もてっつってんだろ?」
「け、けど…」
「いい事教えてやるよ」
にやりと笑って、町田の耳元に口を寄せ…
「屋良はな、お前に憧れてこの高校に入ったんだってよ?」
良かったな。
それを聞いて、町田の顔が一気に赤くなる。
「ほ、ほんとに?」
裏返りそうな声で聞き返す町田に森田は強く頷いてやった。
「あいつ等も、きっとお前の凄さをしってんだよ。だから、一緒にサッカーできるのが嬉しいんだと思うぞ?」
「そう、かな」
「そ。お前、自分で思ってるよりも人気者だったって事じゃん」
おめでと。俺の出番もあとわずか、だな。
瞬間、町田の顔が曇る。
「ん?どうした?」
「…なんでも、ないよ」
そう言って、町田は首をフルフルと振り、森田に告げた。
「サッカー、やろ?剛君も一緒に」
「おう。そうだな」
森田はそういうと、すでに皆の中に入って夢中になってる屋良の元へ走っていった。
「…剛君」
町田は、寂しく呟いてから、後を追った。
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なんだかんだと緊張してぎこちなかった二人も、サッカーを始めればすっかり盛り上がって、気が付けば辺りが暗くなっていた。
「そろそろ帰ろうぜ」
誰ともなく言い出し、全員帰る準備を始める。
鞄を抱えた町田の横に、屋良がチョコっと立った。
「な、なに?」
尋ねた町田に屋良はモジモジと下を向き、「えっと…」と一頻りモジモジしつくした後、思い切って顔を上げた。
「また、明日も一緒にサッカーしてくれる?」
それは、町田がかねてからずっと望んでいた屋良からの誘い。
屋良と、友達になれるきっかけとなる誘い。
「う、うん。僕で、良かったら」
答えると、屋良は一気に表情を明るくした。
「ほんとに?じゃあ、明日ね!学校でも、話しかけてもいいかな?」
「う、うん」
「良かった!ぢゃ、また明日ね!」
そう言って、屋良はブンブンと手を振って、走っていった。
本当は、町田だって胸躍るほど嬉しいはず。
屋良と仲良くなれるというのに。
チクリ、
と胸が痛む。
ザワザワ、
と胸の奥がざわめく。
屋良と仲良くなる。
それは
森田との決別なのだ。
そして、森田はまた…
傀儡へと、戻るという事なのだ。
人ではなく。
人形に戻ってしまう。
今まで、忘れていた事が洪水のように一気に溢れ返し、不安の渦に溺れそうになる。
人間では、ないのだ。
だとしても。
町田のことを、初めてちゃんと見て、理解してくれて、自信を付けてくれた人なのだ。
大切な、大切な初めての友人。
「なのに…」
ボソリ、と呟いたとたんに、溢れそうな涙を必死にこらえ、首をフルフルと振る町田に、森田が話しかけてきた。
「飯、食って帰ろうぜ。」
うち、寄ってかね?
尋ねた森田に、町田はブンブンと首を振った。
「ゴメン。今日は帰るね」
「おい、ちょっと待てよ!」
森田の言葉にも振り向かず、町田は森田に顔を見せないように走り去っていった。
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「お帰り、剛」
長野に迎えられ、剛は「ただいま」と返事をしながら、部屋の中を見回す。
「何、剛ちゃん。俺の事探してんの?」
井ノ原の言葉に、
「いや、違うから」
と冷たく言い放って、手で井ノ原を視界から退ける。
「ひど…剛ちゃん冷たいよ」
しょうがないから、健ちゃんと遊んでこよ〜。
と、二階に上ろうとする井ノ原に
「もうじき、ご飯だからね!」
と長野は叫び、森田に向って尋ねた。
「坂本君?」
森田は、少しばつが悪そうに
「うん」
と頷いた。
「なんだ?何かあったか?」
台所からヒョコっと顔を出す坂本。
「うん。ちょっと話たい事あんだけど」
いい?
と、いつもなら岡田が座っている特等席のソファーを指差す。
「おう。ちょっと待ってろ」
坂本は一旦台所へ引っ込み、少ししてから「お待たせ」と出てきてくれた。
「どした?」
ソファに座って、足を組む。
「あのさ。何か慎吾の様子がさ」
森田は、感じていた。
町田の様子がおかしくなった事を。
だが、どうしてそうなったのかが、森田にはわからなかった。
だから、相談しようと思ったのだ。
坂本なら。
長い年月を歩んできた坂本なら。
人間の気持ちも傀儡の気持ちも、どちらもよくわかるのではないか、と。
一頻り話終わった森田は坂本の顔を見て
「どう思う?」
と尋ねた。
話を聞いた坂本は
「ちょっと、行ってくるわ」
と席を立った。
「長野。ちょっと出てくる。飯、もう少し待てるよな?」
「うん。大丈夫。いってらっしゃい」
ニッコリと微笑む長野の後ろで
「え〜!お腹すいた〜!」
と騒ぐ井ノ原と三宅。
「我侭言うんやないよ、二人とも」
二階から、前髪を鬱陶しそうにかきあげながら、岡田が降りて来た。
「いってらっしゃい、まぁ君」
頼んだで。
岡田はフっと笑って坂本の背を押した。
「やれやれ。岡田はいつからあんな訳知りな大人になっちゃったんだろね」
ドアを背にして、思わず苦笑してしまった。
森田から聞いた道を歩いていくと、グラウンドに人影が見える。
ベンチに座り、背中を丸くしている黒い影。

「み〜つけた」

坂本の声に、ビクっと肩を震わせて、振り向いた町田の目には涙が溢れている。
「どした?家に帰りたくないの?それとも…剛が、何か意地悪でもした?」
優しく尋ねて、町田の隣に座り、頭をクシャっと撫でて引き寄せた。
坂本に寄りかかるように、泣き顔を隠し、町田は首を左右に振る。
「だったら…なんで泣いてンの?」
暫く沈黙が続く。
坂本は
「しょうがないな〜」
と苦笑して、町田の頭をポンポンと優しく叩く。
「町田君が、屋良君と仲良くなる事で、剛は一歩進める」
「え?」
「人間に近づけるって事。だから、これが永遠の別れになるわけじゃないかもしれない。人間の「森田剛」とそのうち逢えるかもしれない」
「…でも」
「町田君、剛と別れたくなくなっちゃったんでしょ?」
「…屋良君と仲良くなりたい気持ちは変わらないんです。でも…剛君と、仲良くしてもらって…僕、僕…」
「目の前に、別れが迫ってしまって、どうしていいかわからなくなった。そうでしょ?」
「…はい。僕、剛君とずっと友達でいたいんです。だから…」
「ねぇ、町田君。どちらにしても、剛は1年間しか町田君のそばにいる事は出来ないんだよ?」
「でも!」
「まぁ、落ち着いて。町田君が、剛と過ごした時間は消えてなくなるわけじゃない。いつまでも、町田君が忘れるまで、存在し続ける。それは二人が友達である、という証拠になる」
「…けど」
「岡田と、剛の事聞いた?」
突然の質問に、町田は少し狼狽するも、コクリと頷いた。
「あの二人、年に一度しか今は逢えない。まぁ、たまに仕事時期が重なれば一緒になる事もあるけど。でも、あの二人はいつまでも親友でいられる」
「…逢ってないのに?」
「そう、逢ってないのに。なんでだか、わかる?」
町田に投げかけられた質問は、二人の背後から返事が返ってきた。
「心と心を繋ぐのは、時間の長さじゃない。深さだからだ」
「…剛、君」
町田が顔を上げる。
そこには少し照れたような顔をした森田が立っていた。
「お前が思い出させてくれたんじゃん。んな顔すんなよ」
町田の頭をコツンと小突いて、森田は坂本とは逆隣に座った。
「昔な、岡田に言われたんだ」

長い年月の間に、会えずにいる間に、お互いの事を理解できなくなるんじゃないか。
友達として、分かり合う事が出来なくなるんじゃないか。
『お前は、俺の事なんて忘れる』
そう吐き捨てた森田に、岡田はクスっと笑った。
『忘れるわけがないやろ。それに、一生逢えんわけとちゃう。逢った時に、分かり合えるように、沢山話をすればえぇんとちゃう?話をしなくても…そばにおればえぇんとちゃう?それで、心が通じ合うはずや。俺と剛君の仲はそんな簡単に壊れるような間やったんか?命を懸けて俺を助けてくれたんちゃうんか?そんな剛君を忘れるわけないやろ』
『それでも。お前と俺は長い間の親友ってわけじゃねぇ』
憮然とした表情で告げた森田に、岡田は静かに、優しく言ったのだ。
『人の心と心を繋ぐのは時間の長さやない。深さやで』

「今まで、忘れてたけどな」
自嘲気味に笑った森田は町田を見た。
「慎吾にあって、思い出したんだよ。つーか、理解したんだ。あぁ、そういう事だったんだって」
「剛、君」
「俺は、お前の事、もう親友だと思ってんだぜ?んな、ちょっと離れるくらいなんだってんだよ。お前、俺の事忘れるつもりじゃねぇだろうな?」
意地悪な微笑を向ける森田。
「ま、まさか!忘れるなんて!」
「だろ?だったら大丈夫。お前が覚えている間、俺たちは親友だ。俺だって、一生寝っぱなしなわけじゃねぇんだからさ。少なくとも年に一回は逢えるじゃねぇか」
「逢って…くれるの?」
「そりゃ、お前。友達、だろ?」
照れているのか、そっぽを向いて告げた森田。
町田の目には再度涙が浮かぶ。
でも、それはさっきまでの涙と違う。
温かくて、優しい気持ちの涙。嬉しい涙。
「いい子達だね〜」
なんて言って、坂本はゆっくりと立ち上がる。
「さて。町田君。ご飯食べてないんでしょ?」
コクリ、と頷く町田。
「じゃあ、うちおいで。一緒にご飯食べよう。剛との思い出、いっぱい作っておかなきゃね」
ポンポンと町田の頭を軽く叩く。
「今日の、飯…何?」
照れ隠しなのか、そんな事を聞いてきた森田に
「俺の特製ナポリタン。食いたきゃ早くついて来い。長野が待ってるぞ。…それよりも井ノ原達が飢えすぎて暴れてそうだしな」
苦笑して坂本は「ほら、行くぞ」と歩き出す。
「慎吾。急ごうぜ」
森田が町田の腕を掴んで立ち上がらせる。
「剛君?」
「坂本君のナポリタン、超絶品だぜ?食いっ逸れたら勿体ねぇ」
笑って森田は町田の背中をポンと押す。
「ありがとな。俺の事で泣いてくれて」
小さく告げて、森田は先を歩いていく。
「剛君」
町田は、また浮かんでくる涙をクイっと学ランの袖で拭い、慌てて追いかけていった。

いつまでも、親友。
だから、迷わない。
人間に早く近づけるように。
自分が出来る事を、精一杯やろう。

それが、彼の為になるのなら。



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更新〜。
坂本君と町田さんのシーンは前回のを書いた直後に書き留めてあったので、それ以外の部分を書き足してみました。
でも、その時は、町田さんをご飯に誘ったのは剛君だったのだけれど(笑)。
そして、あれです。岡田君と剛君の回想シーンは、付け足して書きました。
何か、あった方がいいかな、と思って慌てて考えました(笑)。

さて、次回できっと町田さんの回は終わります。
次回は誰にしましょうかね〜。



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