「お待たせしてすみません」
二階から慌てて現れたその男の人は、とても物腰の柔らかい感じで…。
「話と…違う」
男は思わず呟いてしまった。
「話?あぁ、もしかして誰かに此処の事?」
主はにこりと笑いながら尋ねてきて、目の前に座った。
「えっと…」
「そりゃそうですよね。誰かに聞かなきゃ、此処のお店のこと、知るはずないですものね」
そう言って、主は奥のほうへ声をかける。
「坂本君。お茶2つお願い」
奥から「あいよ〜」っと声が聞こえる。
他にも誰かいるのだろうか。
男が色々思いをめぐらせていると、主が声をかけてきた。
「はじめまして。まずは自己紹介から始めましょう。僕は長野博。この店の主です」
「あ…はじめまして。僕は…萩原幸人っていいます」
「萩原さんですね?どうぞよろしく」
「あ、こちらこそ」
お互いに手を差し出して握手をする。
「で、どんなご用件で?」
「…ご用件は何かと聞かれると…僕もよくわかんないんですが」
「え?」
「や、あの…このお店が一体どんなものなのか、イマイチ理解出来てないから…何を頼めばいいのかも…」
「あ、そうですか。そうですよね。そりゃそうですよね〜」
長野は一人でウンウンと頷いている。
そこへ
「ようこそいらっしゃいました」
まるでギャルソンのようないでたちで、トレイに載せたコーヒーを運んできた。
この人なら!!
思わず萩原の鼓動は弾んだ。
「あ、あの!!」
コーヒーをテーブルに置き、トレイを小脇に抱えて奥へと戻ろうとしたとたん、手を掴まれる。
「へ?」
「あ、あの!!!お願いがあるんです!!」
必死な萩原の目に、その男は困り果てたように自然と長野に視線を送る。
「…萩原さん。とりあえず、落ち着いてお話しませんか?」
「…す、すいません!!つい!!」
「いや、いいんだよ。困ってるんだろ?」
ギャルソンの彼は優しく笑ってあいてる手で頭をフワリと撫でてくれた。
「話、聞くから。とりあえず、話してもらえる?で、ついでにこっちも離して貰えるかな?」
そう言って、彼が指差した先には
「あぁ!!!すいません!すいません!!!」
しっかりと握り締めたままの手があった。
慌てて離すと、彼は「どうも」と笑い、長野の隣に座った。
「俺の名前は坂本。坂本昌行。よろしく」
大きな手が差し出され、握手をする。
とても温かい手だった。
「心の温かい人なんですね」
思わず言っていた。
「は?」
聞き返されて、慌てて付け加える。
「あの…おばあちゃんが…手の温かい人は心も温かいんだよって」
「そうなの?前に手が冷たい人は逆に心が温かいって聞いた事あったけど」
長野が坂本を見て尋ねる。
「そりゃ、総合すると、皆心が温かいって事さ。いい事じゃないか」
ねぇ?
尋ねられて、萩原はコクっと頷いた。
「それにしても、嬉しいよ。温かい人だって言ってもらえると」
自嘲気味な坂本の笑顔。
「え…なんか、僕まずい事言いましたか?」
「いや、気にしないで。独り言だから。それより、幸人君、だっけ?何か切羽詰ってるようだったけど…」
「あぁ!そうなんです!助けてください!!此処に来たら助けてもらえるって聞いたんです!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。とにかく、話を聞かせてくれる?それからじゃないと進まないよ?」
坂本に言われ、思わず半泣き状態になっていた萩原がグスっと鼻をすすり、目をこすって話し始めた。
「おばあちゃんに恩返しがしたいんです」
「恩返し?」
「はい。僕は…幼い頃に両親を事故で亡くしてます。その時、お祖父ちゃん達の許に引き取られました。二人は僕のこと、本当に可愛がってくれて…自分達の事をないがしろにしてまで、僕の為に色々やってくれたんです。元々バレエを両親に習わせてもらっていた僕に、才能があるんだから、と二人は休みなく働いて、僕を学校とバレエと両方に通わせてくれました。でも…無理がたたって…去年お祖父ちゃんが亡くなりました。…とたんに、お祖母ちゃんが弱ってきちゃって…来月に控えてる僕の舞台をとても楽しみにしていてくれたのに…入院しちゃったんです。すっかり生きる気力もなくしてきちゃって…だから、僕…恩返しがしたいんです!手伝ってください!!」
「…そんな事情が」
長野は少し俯いた。
「どんな恩返しがしたいの?」
坂本の問いに、萩原は身を乗り出した。
「昔、二人で喫茶店をやってたそうなんです。結構人気もあったみたいで。でも…僕を引き取った時に、お金を稼ぐには不向きだし、僕の面倒も見辛いって事で、お店をたたんじゃったんです。けど、おばあちゃんはいっつも僕に、その喫茶店の話をしてくれてました。大好きだったんだと思います。だから、お店を復活させて…おばあちゃんに、また楽しく、人生を過ごしてもらいたいんです!!」
真っ直ぐな萩原の眼に、坂本は大きく頷いた。
「よし。契約しよう」
「契約?」
「この店の事、よく知らないんだっけ?」
「はい…詳しくは」
「じゃあ、説明してあげるよ。信じられないような話かもしれないけど…此処は…」
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「えぇ!!!!!!!!!!!!」
驚きのあまり、萩原は椅子から飛び上がった。
「嘘じゃないんだ。ここにいる坂本君だってそうなんだよ」
「…だって、だってさっきあんなに温かい手をしていたのに…」
そこまで言って、萩原ははっと気が付いた。
さっき坂本が呟いていた言葉。
『それにしても、嬉しいよ。温かい人だって言ってもらえると』
人と言ってもらえるのが…嬉しかったのだ。
「…本当、なんですね」
「どうする?帰るなら、引きとめはしない。契約するかしないかは君次第だ」
坂本に言われ、萩原は少し沈黙したのち、キっと視線を上げた。
「坂本さんが…来てくれませんか?」
「俺?」
「だって、さっきコーヒーを運んできてくれた姿がとても素敵で、店員さんって感じがして」
勢いよく話し続ける萩原を長野が慌てて止める。
「ご、ゴメン!萩原さん。ダメなんです。坂本君は貸し出せないんですよ」
「えッ…」
「すみません。坂本君は僕の傀儡なので。お貸しする事はできないんです」
坂本は長野をちらりと見てから、萩原に申し訳なさそうに力なく微笑んだ。
「ゴメンな、俺は力にはなれないけど…その代わり、もっと俺より向いてそうなヤツを…」
「俺、いってもえぇよ」
坂本の言葉を遮って聞こえてきた声。
「岡田?いつからいた?」
「聞いてたの?」
驚く二人に、岡田は笑った。
「俺、最初から隣の部屋におったん、忘れてた?」
「あ…そうだったっけか」
「なぁ、俺に行かせてくれへんかな」
「どうした?めずらしいな。お前が自分から積極的に行きたがるなんて」
「萩原君」
坂本の問いには答えず、岡田は萩原を見た。
「な、なんでしょうか?」
「お祖母さん、君にとって最後の肉親なんだね?」
「はい!!もう、僕にはおばあちゃんしかいないんです!!」
「…俺で、えぇかな?」
「手伝ってくれるんですか?」
「俺に出来る限りで協力させてもらうけど…えぇかな?博、まぁ君?」
聞かれて二人は黙って頷いた。
岡田の気持ちがわかったから。
自分が出来なかった事を…叶えようという思いがあるのだ。
最後に会うことさえ出来なかった自分の唯一最後の肉親に出来なかった恩返し。
だからこそ、萩原の気持ちがわかるし、助けたいと思うのだろう、と。
それに…
「俺は元々お前に頼むつもりだったよ」
話を聞いた時からな。
坂本が岡田に向って笑った。
「ありがとう。やったら決りや。契約しよか?」
「萩原さん、いいですね?」
「はい!お願いします!!」
立ち上がり、深々と頭を下げる萩原。
長野は立ち上がり、岡田の耳に口を寄せた。
スウっと、長野の口へと吸い込まれていく白い霧。
同時に、岡田の体がガクっと崩れ落ちた。
人形…なんだ。
萩原は目の当たりにして、やっと認識した。
彼らは…本当に人形なのだ。
でも。
人間なのだ。
とても複雑な運命を辿っている彼ら。
さっき説明された話だと、自分がこうして彼らと契約する事で、彼らの役に立つ事もあるという。
だったら…思いを込めて魂を入れよう。
彼らが一日でも早く
人間へと戻れるように。
萩原は長野に促されて、岡田の耳へと唇を寄せた。
萩原の吐息とともに、失われた朱色を蘇らせていく岡田の頬。
端整なその顔に生気が漲っていく。
長い睫がゆれ、その美しい瞳がゆっくりと開かれていく。
ゆっくりと動いた美しい手が、漆黒の前髪をかきあげた。
「よろしく」
口元を微かに上げて微笑んだ岡田に、息をすることさえ忘れるほど魅入ってしまっていた萩原はやっと我に返った。
「あ、あの、こちらこそよろしくお願いします!!」
新たな運命が、始まった瞬間だった。
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お久しぶりです〜。
更新。
本当はマボを依頼人にしようと思ってたんですけど。
今日、書きはじめたら…終わってみたら幸人になっていたという(笑)。
幸人ってなったら、話もスムーズに浮かんできたので、このキャスティングは間違ってなかったかな、と思っております(笑)。いや〜実はマボにしようと思っていた時は、設定は喫茶店ではなくてバーだったのですね(笑)。だから、岡田君にはバーテンになってもらおうと思ってたんですけどね(〜(笑)。
ちょっとしたネタばらしでした(笑)。
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