「そうですか、あの子がオムライスを……」
覚えていて、くれたんですねぇ。
そう言って、弱弱しくもとても嬉しそうに微笑んだその人は、とても上品な感じがして。
「幸人君は、あなたの事が大好きだって言ってます。だから、元気になって早くあなたの作ったオムライスを食べさせてあげてください。それまでは、僕が僭越ながら代わりに作らせていただきますので」
今度、味確認してみてくださいね
坂本が言うと
「持ってきてくださるの?」
驚いたように呟いたその人に
「もちろん。厳しい眼で採点していただかないと。あ、もちろん、病院には内緒ですよ?」
ニコリ、と片目を瞑って人差し指を唇にあて笑った坂本は「さて」と椅子から立ち上がった。
「長居してしまって申し訳ありませんでした」
「こちらこそ、沢山お喋りしてしまってごめんなさいね」
「いえ、色々伺えてとても楽しかったです。つい時間が経つのも忘れてしまって」
「お上手ね。……今度は、あの子も」
「えぇ、一緒にまた来ます」
ほら、長野行くぞ
隣に立つ長野に声を掛ける。
「うん。……それでは、お邪魔しました。早く元気になってくださいね?」
ニッコリと微笑む長野に、嬉しそうに頷いた。
「失礼します」
最後まで、見えていなくても病室のドアの所で、もう一度深々と頭を下げて、二人は病室を後にした。
「色々聞けたな」
呟く坂本に
「坂本君って……ホストとか向いてるんじゃない?」
心底感心したように呟く長野。
「ん?なんで?」
「だって、見事な語り口だったよ〜?話聞きだすテクニックのもの凄さ!ちょっと聞いたら胡散臭そうな理由なのに、疑問を抱かせる暇も与えないようなあの絶妙な喋り!」
「……なんか、褒められてる感じしねェな」
「なんで!褒めてるんだよ?」
「……騙すのうまいって言われてる気分だぜ」
「……あ、確かにそうか」
「ま、あながち間違っちゃいないんだけどよ」
必要悪だよな?
チラリ、と視線を向けられて
「おばあさんも、喜んでたもの」
いい事、したと思うよ?
と返す長野。
「よし。じゃあ、まずは教えてもらったレシピどおりに作ってみるか」
買い物、よってくぞ?
クイっと腕を引っ張られて
「ちょっと!急に引っ張らないでよ!」
慌てて体制を立て直してついていく長野。
「早く、お前に食べてみてもらいたいんだって」
ニヤリと笑って、ウインク付きで振り向いた坂本に長野は肩を竦めた。
「ったく、調子のいい男なんだから。やっぱり、天性のホストなんじゃないの?」
それが素だから性質が悪いよ……
聞こえないように呟いて。
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「このカップ。これが、一番のお気に入りのだったってお祖母ちゃんいつも言ってて。で、食器類は、捨てずにずっと取ってあるって言ってたから……多分、物置とかにあるんじゃないかって思うんですけど」
萩原は、アルバムに整理されている当時のお店の写真や、そこに写るカップやお皿、そして壁紙や椅子の事を自分の知っている限り説明した。
「いいお店やったんやな」
不図呟いた岡田に、萩原は「え?」と聞き返した。
「皆、すごくいい笑顔や」
チョン、と岡田が指差した先には、祖父母と一緒に笑顔で写っているお客様達。
「こんな風に人を笑顔に出来るってのは凄い事や」
岡田は萩原に向って笑う。
「俺らも、こんな風に人に幸せを配れるよう頑張ろうな?」
まずは、おばあちゃんに幸せ運ばなあかんな
頭をクシャリ、とされて、萩原は大きく頷いた。
「ねぇ、物置、行ってみる?」
三宅の声に
「そうだよな〜探してみたら、色々出てくるんじゃねぇの?」
「食器とかだけじゃなくてさ、当時のメニューとかも出てくるかもよ?」
森田と井ノ原が立ち上がる。
「案内してくれるかな?萩原」
ポンポンと、置かれた岡田の手に
萩原は促されるように頷くと
「こっちです!」
と、小走りで物置に向っていった。
大きい庭の横にある物置というよりは……離れの部屋のような広さの場所に全員眼を丸くする。
「お前の家って……お金持ち?」
尋ねた森田に
「いや、よくわかんないですけど……家はおばあちゃんの先祖代々から受け継がれているものだって聞いてます」
「すげ〜」
呆気に取られている森田と井ノ原をよそに
「ほら〜早く探そう?」
三宅はサクサクと奥へと進んでいく。
「健君……張り切ってるやん」
後ろからかけられた岡田の言葉に
「……家族の為に、何かしたいって気持ち……俺も、わかるから」
少し、切なそうな微笑みが
三宅の辛い想いを物語っていて
「大丈夫や、健君かてもうすぐ逢えるよ」
何の根拠もなかったけれど
でも、言わずにはいられなかった。
ポンと肩に置かれた温かな手に
「バ〜カ。別にそんなんじゃ、ないってば」
強がりを言ってみせたものの
岡田の方を、向くことは出来なかった。
少しだけ
涙が浮かんできてたから
「さて。俺あっちの方探すわ」
それ以上何も言わずに岡田はそう言って、さり気なく三宅からそっと離れた。
人には見られたくない涙がある事くらい、分かってる。
こんなとき、自分はダメだなと思う。
「まぁ君やったら……もっと、説得力も包容力もあるんやろうな」
傀儡として、自分も不安を抱えている分、どうしても心から「大丈夫」と言う事が出来ない。
励まそうと
支えようと
「大丈夫」
と告げてみても
それは深みのない白々しい台詞になってしまう。
「はぁ……」
知れず溜息を付いてしまっていた岡田の肩に、突然置かれた手。
「な〜に溜息ついてんだよ、お前は」
どうせまたくだらねぇ事考えてんだろ
振り向くと
「剛君……」
ニヤリ、と笑った森田が立っている。
「坂本君に追いつこうなんて、土台無理な話だって。大体、生きてきた年季が桁違いに違いすぎるぜ」
言われて
「剛君、聞いとったん?」
「聞こえたんだよ。ったく、二人して悪い方向へ物事考えるの得意な奴らで嫌んなるぜ」
三宅と岡田へと交互に視線を送りながら、森田はもう一度岡田の肩へと手を置いた。
「大丈夫だって。全部上手くいくさ」
あんま、気にすんなよ
ポンポン、と頭を叩き、森田は、岡田を追い抜いて、奥を探しに行った。
その背中を見て思う。
「剛君は……近づいてるやん」
同じような安心感があった。
「これ、メニューじゃない?」
後ろから井ノ原の声がして、全員が振り返った。
「あったの?」
駆け寄ってくる三宅。
「これ、当時のメニューだよ〜!色あせてはいるけど、大事にしまってあったから、破れてもいないし、綺麗なもんだよ〜」
「すごい!ねぇ、あっちに大事そうに積まれている箱が沢山あるんだけど……もしかしたら、食器類じゃないかな?」
三宅の言葉に
「よし!捜索しよう!」
と、井ノ原は張り切って三宅と一緒にそこへ向う。
「おぉ!」
森田の叫び声に岡田は駆け寄った。
「剛君、どないしたん?」
「椅子だよ!あの、写真の椅子!一つだけとってあったんだな!」
「ほんまや……」
「これあれば、同じように作ったり出来るだろ?」
「うん、そうやな」
「ほら、言っただろ?」
言われて「え?」と顔を上げた。
「全部、上手く行ってんじゃん」
ニイっと笑う森田に
「そうやね。剛君の言う通りや」
岡田も、心から笑い返した。
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17話。
もうそろそろ、お店も出来て、お料理も決って……
そうですね〜萩原君の回はあと3回くらいで終わるんじゃないかしら。
だから、とりあえず20話目処に考えます。
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