第八幕

「ただいま」
町田の声にかかるように森田が叫ぶ。
「お邪魔します」
その声に、町田の母親が慌てて出てきた。
「あら、お友達?」
眼を丸くして尋ねる母親に、町田は小さく頷く。
「うん。友達…」
「森田剛って言います。よろしくお願いします」
にこやかに挨拶する森田。
…ちゃんと挨拶できるんだ。
町田は変なところに感心していた。
その事を町田の部屋に入ったと同時に、素直に森田に告げると
「俺も、人見知り激しくってよ。挨拶とか全然出来なくって、すげー嫌いだったんだけどさ。傀儡として生きていく為には、どうしても必要だろうって、坂本君に無理やり教え込まれたんだよ」
苦笑する森田に、町田は笑う。
「そうなんだ。剛君も人見知りするんだ」
「…お前は人をなんだと思ってんだよ」
森田も思わず苦笑した。
暫くゲームをして、ついでにちゃっかり夕食もご馳走になり、町田の部屋に戻って「はぁ〜食った食った」とドカっとベッドに飛び込んで横になる森田。
「あのさぁ」
そんな森田に、町田が遠慮気味に声をかける。
「なんだ?」
「あの…その…」
「なんだよ、はっきり言えよ」
「さっき…三宅君も…ちょっと様子違ってたし…だから、気になって…」
「お前、ホント人の気持ちを汲み取るのが上手いんだな」
森田が感心したように呟き、体を起こした。
「そんな事は…」
「や、っていうかさ。人の気持ちをわかりすぎちゃって、気にしすぎちゃって、それでオドオドしちゃうんじゃねぇの?」
「…それは」
「そうだろ?人の気持ち考えるのってすげーいい事かもしんねぇけど、たまには自分の気持ちを出してもいいんじゃね?」
「そっかな…」
「そうだよ。遠慮ばっかしてたら、そりゃ友達だって出来ねぇって」
「…」
「お前、すげー楽しくていいやつなのに、友達できないなんておかしいもん」
「え?」
「だから、少しずつ自分を出す練習をしてけばいいんだよ」
「…そう、かな」
「そうだって」
力強く言って、ニヤっと笑う森田を見ると、何故だか、町田も訳もなく自信を持つ事が出来る気がした。
「わかった。頑張ってみる」
頷く町田に、森田は「よし、その調子だ!」と言って、肩を叩き、そして続けた。
「健はさ、」
「え?」
「さっきの話。健がおかしかったって」
「あ、うん…」
「アイツ、傀儡になって、まだ間もないんだ。俺達と違ってさ。だから、まだ不安定なんだよ。自分が人間じゃなくって、人形になってしまったって事を受け入れる事が出来てないんだ。そりゃ俺だって未だに理解出来てねぇのに、最近なった健が自分の状態を理解できるわけがないんだよな」
苦笑する。
「剛君は…悩んだりしないの?」
オドオドしながら、尋ねる町田に森田は答える。
「そんなにビクビクすんなよ。気になる事は遠慮なく聞けばいいんだ。答えたくねぇ時は答えねぇから」
…それは、剛君だから通用するんであって。
そう思ったが、町田はとりあえず頷いた。
「俺だって、不安だよ。人間に、戻れるかどうかもわかんねぇし。いつまでこんな事続ける事になるのかな、って思う。岡田とだって、そんなに話も出来ねぇし。もしかしたら、このまま岡田とも会えなくなっていくんじゃねぇかな、とかさ。でも…」
「でも…?」
「…考えてても、しょうがねぇだろ?なるようにしかならねぇんだからさ」
そう言って、笑う森田に町田は俯いてしまった。
「剛君は凄いよ。そんな風に思えるなんて」
自分の人生に関わる大事な事なのに。
シュンとしてしまった町田の頭を森田はポンポンと軽く叩く。
「お前も、ちょっとノーテンキになればいいんだよ」
「…?」
「なるようになる、だろ?だったらさ、思い切って屋良に声かけてみればいいんだよ」
「でも…」
「怖がるなよ。ダメでも何度も話しかけてみればいいだけの事じゃん」
「そう、かな…」
「そうだって。俺がついてるから安心しろ!」
「うん!ありがと、剛君」
少しウルっとした眼で森田を見上げ、町田は微笑んで頷いた。
「さて…俺、そろそろ帰るわ」
森田が町田の肩をポンっと叩き立ち上がる。
「え?帰っちゃうの?」
寂しそうに見つめる町田。
「んな顔すんなよ。お前、ホント女みてぇだな」
苦笑した森田は
「明日、ちゃんと朝迎えに来いよ?俺、寝起き悪いからよぉ、少し早めに起こしに来いよ?わかった?」
何故か偉そうに言う。
「うん、わかった」
それでも、町田は素直に頷き、「目覚まし、かけなきゃ」と呟いている。
「じゃあ、俺、帰るから」
笑って、森田は手を振る。
「あ、下まで送るから!」
慌てて町田は立ち上がり森田についていく。
玄関先で、母親が顔をだした。
「あら、慎吾、お友達帰っちゃうの?」
せっかく、お紅茶いれようと思ってたのに。
残念がる母親に「お邪魔しました」と愛想良く頭を下げる森田。
「また、いらして下さいね?」
言われて
「はい、遠慮なく」
と、ニッコリ答え、町田を見て「またな」と手を振った。
「うん、また明日」
名残惜しそうに手を振る町田に苦笑しながら、森田は町田家を後にした。

『悩んだり…しないの?』

町田の言葉が頭をよぎる。
「悩みっぱなしだっつーの」
苦笑して一人ごちる。
でも、
最近は、このままでもいいかな、って少し思ってきた。
家族のような仲間と一緒に。
このまま、過ごしていくのも幸せかもしれない。
今、一番恐れているのは…
俺か、岡田か
どちらかだけが…
人間に戻ってしまう事だ
岡田が人間に戻るのなら…それはいいことだと思うし、心から喜んでやれる。
けど…それは、結局岡田との決別となるのだ。
傀儡として生き続ける俺と、人間として生きていく岡田。
別れは…必然的にやってくる。
それは、逆もしかり、だ。
それに、俺は岡田を残して、自分だけ人間に戻るのは絶対に嫌だった。
自分だけが、幸せになるような気がして。

「あ〜あ。余計な事、また考えちまった」
はき捨てるように溜息をつき、森田は自分の「家」へと帰っていった。

++ ++ ++
「ただいま〜」
ドアを開けて告げると
「お帰り、剛君」
と、相変わらずソファに腰掛けて本を読んでいる岡田の声。
「お前、ずっとそこに居たわけじゃねぇよな」
さっきまで考えていた事が、なんとなく岡田に伝わってしまうような気がして、軽く皮肉って森田は岡田から視線をそらし、向いのソファにドカっと腰掛けた。
「そんなわけないやん。食後の読書タイムってやつ。なぁ、剛君、夕飯は?」
「食ってきた」
「…そ、っか。ならええけど」
岡田は、少し肩をすくめてみせてから、また本の世界へと戻っていった。
「お!お帰り〜剛ちゃん」
奥からヒョコっと出てきた坂本がにこやかに言う。
「おう」
ぶっきらぼうに返事する森田に
「なぁに、剛ちゃん。何かあったの?」
ほら、お兄さんに言ってごらん。
そう言った坂本は、
「ほら、岡田」
と持ってきたコーヒーを岡田に差出し、森田の隣に座った。
「ありがと、まぁ君」
ニッコリと笑い、コーヒーを口にする岡田。
「…で、剛。どうだったんだ?」
さっきとは違い、真剣な眼差しで尋ねてくる坂本に
「順調だって。大丈夫」
と答える。
「…ふ〜ん、順調ね。だったら、どうして岡田にあたっちゃったりしてたのかねぇ」
苦笑して、呟く坂本に
「べ、別にあたったわけじゃねぇよ!!」
と思わず叫んでしまう。
「…健のことなら、大丈夫」
「へ?」
唐突に言われて、思わず間抜けな返答をしてしまった。
「少しだけ、不安になってたみたいだ」
続けた坂本に「そっか」とだけ答えて、森田は立ち上がろうとする。
「…剛」
そんな森田を呼び止める坂本。
「何?」
振り向かずに返事をする森田。
そんな森田の背中に坂本は優しく声をかける。
「抱え込むなよ」
坂本の心地よい声が、森田の心に浸透していく。
「ん、わかってるよ」
そう言って、森田は二階へと昇っていった。
そんな森田の背中を、岡田が不安そうに見つめている事にも気付かずに。








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8幕。…もう、予告しない(爆)。
おかしいなぁ、進みが遅いなぁ。
屋良っち、もう出てきてもいいんじゃない?
町田さんの話だけでどんだけひっぱんだって感じだよね(苦笑)。
もう、他のネタとかちょっとだけ考えてたのに忘れちゃったよ(爆)。

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