第九幕

「…う」
誰かが…呼んでる。
あれは…あぁ、岡田だ。
俺は…あの時…
あいつの声で、今までの自分の人生を全て許された気持ちになれたんだ。
どうしようもなく、ダメで。
悪い事も沢山してきた。
それでも
あの時の
あいつの声が
全てを許してくれた気がして
だからこそ
俺は
あいつの為に全てを賭けようと思ったんだ。
「…剛」
そう…あの時、あいつは俺の名前をとても優しく呼んでくれたんだ。

++ ++ ++
「剛!!」
「ん…」
「もう!いい加減に起きなさい!!」
「ん〜」
「しょうがない…これは坂本君の出番だね」
長野はいくら揺すっても起きる気配のない森田に溜息をつき、階下にいる坂本を呼びに行く。
「坂本君、出番だよ」
長い脚を組み、優雅にコーヒーを口にしている坂本に向かい、長野は肩をすくめた。
「どした?」
「剛がね、起きないんだよ」
「相変わらず?」
「そう、相変わらず」
町田さん、待ってるのに。
そういって、長野が視線を送った先には、ソファで縮こまって待つ町田の姿。
「しょうがねぇな、ちょっと行ってくるわ」
そう言って、坂本は立ち上がり、階段を昇る。
「気持ち良さそうに寝てんね〜剛ちゃん」
苦笑して、森田の横に寝転び、肘枕をして、チョンチョンと森田の頬を突付く。
「あらら。ま〜だ熟睡してるよ」
手のかかる子だね〜剛ちゃんは
ブツブツといいながら、さして困ってる風でもない坂本は笑いながら、森田の耳元に口を寄せた。
「剛ちゃん、起きなさ〜い」
そしてフゥ〜っと息を吹き込んだ。
「うひゃ!!」
さすがの森田も目を覚まし、慌てて横を見ると…
「アンタ、何やってんだよ!!」
隣でニッコリと笑う坂本に飛び起きた勢いのまま怒鳴りつける。
「起きない方が悪いだろ?ったく、長野を困らせるなよ」
一人で起きれるようになってね〜剛君。
よっこいしょ、と起き上がり、森田の頭をクシャクシャとしながら坂本は続けた。
「お友達が首をなが〜くして待ってるよ」
その言葉に
「やべッ!!そうだった!」
と森田は勢いよく部屋を飛び出した。
「やれやれ」
笑う坂本の後ろから
「あんまり剛君を苛めんといてや。まぁ君」
ふぁ〜っと欠伸をして、苦笑する岡田。
「だって、面白いんだもん」
隣に並んだ岡田に、坂本はニッコリと笑う。
「だもん…って。まぁ君こそ子供やないんやから」
あんまし苛めると
「俺が仕返しするし」
気をつけてや?
一言告げて、岡田も下へと降りていった。
「あらあら、すっかり大人になっちゃって…寂しい」
大げさに項垂れて、坂本も部屋を出た。
++ ++ ++
降りて来た森田を見て、町田が嬉しそうに立ち上がる。
「剛君!」
「おう、悪かったな。待たせて」
「ううん!大丈夫!!」
「悪ぃな、もう少し待ってくれよ」
「あ、うん!」
町田は再度ソファに座る。
カバンを胸に抱えて、キョロキョロと剛が行き来する姿を目で追っている。
「んだよ、見るなよ」
苦笑する森田に
「だって…落ち着かなくて」
下を見てシュンとする町田。
その間に着替えも済ませた森田が、町田の前に立った。
「ほら、行くぞ」
「うん!」
二人が出ようとしたとき、長野が呼び止めた。
「剛!」
「何?」
「朝ごはんは?」
「時間ねぇからいらねぇ!」
「ちょ、せめてコレだけでも食べてって!」
倒れると困るから!
長野がトーストを差し出す。
「ん、行ってきます」
トーストを口にくわえたまま、森田はドアから出る。
町田は長野達に、ペコっと頭を下げ、慌てて森田を追いかけた。
「ねぇ、剛君」
「ん?」
「なんで、うちの制服着てるの?」
「ん〜?ホヘ…ゲホッ」
食べながら喋ろうとして咽た森田の背中を町田が慌てて摩る。
「ご、ごめんね、剛君」
「べ、つにお前のせいじゃねぇよ」
森田は残りのトーストも慌てて食べきり、町田に笑った。
「俺、今日からお前と同じ学校に通う事になってるから」
「へ??」
「長野君がさ、手続きしてくれてたらしくてさ」
よろしくな?
「ホントに?」
「そ。だから、本格的に屋良と友達になる努力を始めるぞ?いいな?」
ビシっと告げて、さっさと歩いていく森田。
「うん!!ありがとう!剛君!!」
町田はカバンを胸に抱えたまま、嬉しそうに森田の後を小走りで追いかけた。
++ ++ ++
「今日から少しの間だけこのクラスに入る事になった森田君だ」
先生に紹介され、周りを見回して、森田は軽く頭を下げた。
「ども」
「とりあえず…席は屋良の隣で」
お?
ラッキーだな、同じクラスか。しかも隣ね。
「屋良、たのむぞ」
「は〜い」
コッチコッチと手招きする屋良。
「よろしく」
隣に座り、屋良を見る。
「よろしく。俺、屋良朝幸」
「俺、森田剛」
「ふ〜ん。剛君って呼んでいい?」
「いいけど?」
「じゃ、剛君で」
ニッコリ笑って手を差し出してくる。
はぁ。
町田とは確かに正反対だ。
人懐っこい笑顔。
とりあえず、屋良にはお近づきになれたってわけだ。
森田は差し出された手を握り、「よろしく」ともう一度呟いた。
++ ++ ++
「えぇ!同じクラス?」
「そ。もしかして、長野君が手を回したのかな〜。上手いからなぁそういうの」
昼休み、町田を連れて屋上へ上がり、二人で坂本が作ってくれたお弁当を食べていた。
「それにしても…美味しいね、このお弁当」
キャッキャと喜びながら、箸を進める町田に
「坂本君の料理は絶品だかんな〜」
と、此方も箸を進める。
「…って、ちげぇよ!屋良の話だろ?」
話変えるなよ!
気が付いた森田が慌てて軌道修正する。
「あ、ゴメン。つい美味しいから…」
へへっと笑う町田。
「ま、いいけどよ。で、屋良なんだけどさ。とりあえず明日の昼休みにでもサッカー誘ってみるから」
「えぇ!明日!!急だよ!急すぎるよ!!」
「…お前は何のために俺を連れ出したんだ?」
「…屋良君とお友達になるためです」
「だったら、話は早いよな。俺がやるべき事は、お前と屋良をお友達にする事なわけよ」
急すぎるも何もねぇだろ。
呆れる森田に
「だって、少しは僕の性格改善とかなんとかするんじゃないの?」
お店での説明はそんな感じがしたけど。
「聞いてないようで中途半端に聞いてんだな、お前」
「…それ、褒められてるのかな?」
「褒めてねぇよ」
「…そっか」
「いじけるなよ!」
「ゴメン…」
「ま、いいや。だから、性格改善ってのは、自然となるんだって。意識して俺がお前の性格を変えてやるわけじゃねぇよ」
「そうなんだ…じゃあ、もしかして…変わらない事もあるってこと?」
急にアワアワし始める町田。
「そう説明したよな?それでもいいですか?って長野君聞いたはずだぜ?」
「そういわれれば…聞いた気も」
「大丈夫かよ〜」
「どうしよ〜変わらなかったらどうしよ〜」
「…つーか、変わる変わらないの問題じゃなくて、屋良と友達になれるかなれないかの問題だろ?」
だったらいいじゃねぇか。
「あ、そっか」
剛君って頭いいね〜
と感心したような目で見つめてくる町田。
「…いや、お前十分変わってきてる気がするし」
何となく、大丈夫な気もするわ。
「ホントに?」
「あぁ、ホント。だって、お前のキャラは…どう頑張っても憎めねぇし。かばってやりたくなるしな〜」
得してるな、お前。
苦笑する森田。
「そっかな。…ねぇ、今のは褒められてる?」
心細げに覗き込む町田に
「今のは…褒めてるな、一応」
と笑ってやる。
「よかった〜」
心底安堵して胸をなでおろす町田に
「いいか。俺はとりあえず切っ掛けをつくってやるだけだ。屋良と友達になりたいのなら、ちゃんと自分で頑張るんだぞ?」
いいな?
言われて、町田はコクっと頷く。
「僕、頑張ってみる」
「よし!とりあえず今日は俺とサッカーやろうぜ」
「うん!」
二人は急いで弁当を食べ、走ってグラウンドへと向っていった。

駆け抜ける町田の足取りは

前よりも、力強く

そして、軽やかだった。












**********
9幕。やっと出てきたよ〜屋良っち。
でも、ほんの一瞬(爆)。
でも大丈夫。次回はもっと出てきて…あと2話くらいで町田さんの話は終わるはず!!

でも、予定だから。
あくまでも予定だから。

あぁ、町田が可愛い(笑)。


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