「ねぇ、今日はお外で遊んでもいい?」
部屋に訪れた大人に尋ねても
「駄目です。光一様は、大切な跡継ぎなのですから。党首になる為のお勉強をしていただかなければ」
「外で遊ぶなどもってのほかでございます。光一様の身に何かあったら、我々は命がございません」
誰もが、同じ言葉を繰り返す。
「……党首って、何やろ。跡継ぎって……ようわからへん」
まだ齢5歳になったばかりの光一には、難しい事ばかりで。
窓から外を眺めては溜息をついていた。
「お父様は……僕の事、お嫌いなんやろか」
薄らと涙が浮かんだその時
「外で、遊びたいんやろ?」
ヒョイっと窓から覗く顔。
「誰?」
びっくりして、固まる光一の
「なんや、泣き虫やねんな」
頬に流れる雫をクスリ、と笑われた。
「な、泣き虫なんかやない!」
「ほな、その水はなんや?」
「……汗や!」
ムキになって言い返した光一に
「まぁ、そういう事にしといたるわ」
その少年は、笑って告げると
「ほら、」
と手を差し伸べた。
「……何?」
訝しげに尋ねる光一へ
「外、行くんやろ?」
少年は笑う。
「……せやけど、行ったらあかんねん」
シュンと俯く。
「なんでや?」
「やって……皆が駄目って言う」
「そんなん、放っとけばええねん」
「けど……」
「……お前は行きたいんか?行きたないんか?」
聞かれて、咄嗟に
「行きたい!」
と答えていた。
「ほな、行こうや」
更に差し出された手に、光一は近づいて
手を取った。
フワリ、と
体が浮いた気がして。
気がつけば、もう部屋の外。
「あ、靴……」
呟いたら
「いらんて。裸足なればええねん」
ニっと笑う少年に
光一も、
「せやな」
と笑って裸足になった。
「あっちの河原まで行こうや」
少年が指を指す。
「僕、行った事、ないねん」
目をキラキラさせる光一に
「よし!一緒に魚捕まえんで!」
キュっと光一の手を取り、少年は走り出した。
「な、なぁ!!」
引っ張られながら、光一が叫ぶ。
「なんや?」
「君……なんて名前?」
「言われへん」
「なんで?」
「言うたらあかんねん」
「……おかしいやん、そんなの」
「あんな?ちょっと難しい事いうで?」
「難しい事?」
河原に着いて、岩に並んで座る。
「俺は、お前やねん」
「へ?」
「せやから、名前は言われへん」
「よう、わからん」
「わからんでええねん」
「……せやけど、呼べへんのは困る」
「闇……」
「ヤミ?」
「うん。闇でえぇわ」
「僕、光一言うねん」
よろしく
にっこり笑って微笑む光一に
「……まぁ、外出したない大人の気持ちもわからんでもないな、これは」
苦笑して、ヤミは光一の手を引っ張った。
「ほら、魚捕まえんで!」
「うん!」
川に入って
素手で魚を掴んで
すっかり水に濡れて
それでも
とにかく楽しかった。
産まれて初めて
こんなにはしゃいで
こんなに笑った
そして、
初めての友達。
「なぁ、明日も遊べる?」
「……俺は、今日までしかここにおらんねん」
「え……」
「そんな顔すんなや」
「……だって」
「やっぱ、泣き虫やん自分」
「……泣いてないもん!」
「あんな、光一」
「何?」
「お前、泣くと女の子みたいやから、やめとき」
悪い大人に攫われんで?
言われてキっと睨んでみる。
「女の子やない!!」
「知ってるわ、そんなん」
クスリ、と笑ってヤミは光一の頬を両手で挟む。
「今日、二人で遊んだんは、二人だけの秘密やで?」
「なんで?言うたらあかんの?」
「ほな、お呪いしとく」
「え?」
「……泣き虫が治るお呪いや」
「泣き虫ちゃうって言うてるのに!」
「えぇから、目ぇ瞑り」
言われて、光一はキュっと目を瞑る。
額に、温かい何かが触れた。
「あんな、このお呪いは、次に俺が同じ事せな解けへんから」
「よう、わからん」
「わからんでえぇ」
「そんなんばっかりや」
「とにかく。これで、光一は俺のモンや」
「は?」
「光一が忘れても、俺は忘れへん」
「僕かて、忘れへんよ?」
「いや、光一は忘れるんよ。そういうマジナイや」
「……え?」
「俺の事、忘れて?せやないと、お前誰かに言いよるやろ」
言われて、光一は小さく俯く。
「僕、お喋りちゃうもん」
「せやけど、おかんに聞かれたら話してまうやろ?」
「うッ……」
「これは、二人の秘密や。せやから、俺だけが覚えとく」
「そんなんずるいわ」
「また逢うた時、解いたるから。そん時思い出してや」
ほな、行くから
ヤミはそっと光一の目を手で塞ぐ
「何?」
「ええから……目ぇ閉じて。静かに……」
周りの音が、徐々に聞えなくなる。
「俺の……名前は…………言うねん。忘れんどいて?たとえ、俺のお呪いがかかっていたとしても……それでも、思い出して?」
その声を最後に……
光一は意識を失った。
†††††††††††††††
「んッ……」
目を覚ましたら、見慣れた天井で。
「お気づきになられました!」
「良かった!」
「宵闇様の呪いが……」
「連れてかれはせなんだか」
「せやけど、所有の印が額に……」
「一体、何故ッ!あれ程外には出るなと……6歳になるまでは宵闇様に狙われやすいから、と旦那様が……」
何か、騒ぎの声を遠くに聞きながら、光一は視線をずらす。
「光一、目が覚めましたか?」
優しい、母の声。
「お母様……」
「昨日は、どうしてお外に居たの?」
優しく頭を撫でられて光一は少し考えたけれど
ズキっとした痛みが走り
「……分からないの。昨日は、僕……?」
何も、思い出せない。
「……あの子が、きたのね、きっと」
あの子は宵神様に仕えたのだわ、きっと……
「あの子?」
「光一の、とても近しい人。可哀想な運命を背負った子。近くて……誰よりも遠い子。宵神様に仕えてしまったのならば……もう、人ではないわ」
「宵神……様?」
「えぇ。小さい子供を、攫ってしまう夜の神様。心に闇を抱えた子供を、自分の所有物として、印をつけて攫いにくるの」
闇……
所有の印……?
ズキズキと頭が痛む。
「お母様……僕、攫われるの?」
思わず聞いていた。
「どうして、そう思うの?」
「……わからない。でも……」
僕は
もう……
「貴方は、宵神様に攫われる事はないわ」
「どうして?」
「宵神様の印ではないもの」
「え?」
「他の所有印があると……宵神様は手を出さないの。無垢な闇の心を御所望だから」
「わからない、けど……」
「誰かが、貴方を守ってくれたのよ、光一」
きっと、その子は貴方の味方。
「どんな出会いをしようとも……きっとその子は貴方の力になる」
だから
「大切に、するのよ?」
わからないけど……
光一は頷いた。
なんだか、とても大切な事のような気がしたから。
†††††††††††††††
「ある意味、初恋ちゃうか?コレ」
逢魔ヶ時に開く次元の狭間を通り抜け、クスリと笑う。
「あんな可愛く育ってるなんて、聞いてないわ」
あれは頼りないなぁ
「俺が、守ったらんといかんね」
それでも
「ホンマは、敵同士なんやけどな……」
さぁ
「どうしようか」
なんて呟いてみたところで、心は決まっているのだけれど
「マジナイになんて、負けんと……思い出してくれるやろか?」
そんな願いを込めて、封じた記憶。
「すっかり忘れられてたら、悲しいなぁ……」
今度は、いつ
逢えるやろか
「どんだけ別嬪さんに育ってるか楽しみやね」
笑って、そっと振り返り
名残惜しい視線を残して
さぁ、帰ろう。
逢魔ヶ時が繋げる
闇夜の世界へと
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異世界の住人の昔のお話でございます。
コレも連載していくと、異世界の世界も分かってくるっていう。
……連載、抱えるのはいかがなもんかと(爆)。
とりあえず、短編扱いで(笑)。
そのうち、連載としてあげるかもしれません。
「ヤミ」はもちろんあの人です。わかるよね〜(笑)。
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