+第1話〜記憶〜+

僕には、鮮明に残っている記憶がある。忘れる事の出来ない、5つの時の記憶。
その日は、とても綺麗な月夜で…僕は月を眺めてた。いつも、眠れない時はこっそりと庭に出て、木に寄りかかって空を見上げてた。とても、とても綺麗な下弦の月が、伏目がちな表情にも見え、寂しくもあったのだが、漆黒の空を薄っすらと照らす青白い光はただただ美しかった。

「何、してるの?」
空から視線を落した僕は、思わず、声をかけた。
誰に。
それはわからない。覚えていないのではなく、わからないのだ。
「こんばんは」
その少年は口元を微かに上げて微笑むと、僕の前に近づいてきた。
「何、してるの?」
僕の質問をそのまま返してきた少年は土がついた手を叩き合わせてほろい、袂に手を突っ込んだ。
「月、見てたの」
そう答えて、また空を見上げた僕は、少しだけ月が紅く見える事に気がついた。
思わず息を呑む。
「気を、つけて」
少年が言った。
「何を?」
「月が紅く見える夜は…狂気を生む」
「…どういう、事?」
難しくて、その時の僕には全く理解できなかった。
聞き返した僕の問いかけを、少年はフッと笑みと共に風に流した。
「部屋に戻った方がいい。狂気が…漂い始めてる」
「…よく、わかんないけど」
「怖い事が…起きるよ」
そう告げた少年の目は、冷たく、遠くを射貫くように鋭かった。
「怖いの…やだな」
ボソっと呟いた僕に、少年は先程とは全く違う視線を僕に向けた。
「そうだろ?だったら戻った方がいい」
「でも、君は?」
思わず尋ねていた。
彼は…どうするのだろう。
怖い事が起きたら…彼はどうするのだろう。
「大丈夫。僕は平気だ」
だから…早くお戻り。
僕を部屋の方へと向かせ、背中をポンっと押す。
歩き出した僕は、不図振り向いた。
「ね、また逢える?」
「あぁ、逢えるさ」
「名前…」
「名前?」
「君…誰なの?」
尋ねた僕に、彼はフっと笑うと目の前までやってきて僕の頬を両手で挟んだ。
「忘れないで…僕は、君だよ。いつも君と一緒に…絶対に忘れないで…」
見つめる眼がとても綺麗で、僕は見惚れてしまった。
「わかったら…ほら、早くお帰り」
また、少年に促され、僕は部屋へと向かった。
途中、振り向いた時には…
少年の姿は、どこにもなかった。

あの、少年は…
「誰だったんだろう」
声に出してしまっていたらしい。
「何か、おっしゃいましたか?」
従事が近づいてきた。
「いい、なんでもない」
下がれ、と合図すると、従事はすっと下がっていった。
僕は、代々伝わる由緒正しき家の18代目当主だ。
ゆっくりと立ち上がり、庭へと向かう。
陽が、少し高くなってきた空を見る。
雲が、風と共に流れていく。
「おはよう、今日も綺麗だね」
木に手を当てて目を瞑る。
そうすると、木の声が聞こえてくる。
あぁ、今日も元気だな。
確認して、少しホッとする。
不図。
一つ思い出した。
あの日…少年と出会った日。
僕の大好きだった犬が死んでしまった。あの犬は…どうなったのだろう。
足元には…あの犬とそっくりなサク。
「サク…おいで」
彼と出会った日から、ちょうど、1週間後の夜。僕はサクを拾った…この庭で。
サクを抱きしめる。
暖かい温もり。思わず顔をうずめる。
「当主!!一人で外に出られるのは困ります!!」
従事達の声がする。僕は屋敷へと連れ戻された。
そう…僕は、一人で何かをする事は許されない。
何故なら…僕は…普通ではないからだ。
自分ではよくはわからない。でも、僕には人とは違う不思議な力が備わっているらしい。
その力は…忌み嫌われるモノでもあり、有難がられ、奉られるモノでもあり。
とにかく、先代は僕を家から1歩も外に出そうとしなかった。
特殊な…力。
由緒正しきこの家系にそんな子供が産まれた事を、世間に知らせるわけにはいかなかったのだろう。
僕は、小さい頃からずっと「呪われた子」として、屋敷に閉じ込められてきたのだ。
見えない壁が、僕と外界を隔てていた。
でも…僕は平気だ。
彼が…また逢えると言ったから。
僕は、彼が再びここへ来る事を待ちつづけている。
あれから、13年の月日が流れた今も。
僕は…彼と始めて逢ったこの木の下で、彼を待ち続けてる。
彼なら…僕を救ってくれる気がするから。
この隔たれた世界から…僕を解放してくれる気がして止まないから。
だから…僕は…待ち続ける。


この…桜の下で。


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何てことでしょう…。
なんで、新しい話を書いてるんでしょう…(汗)。
ただ、帰り道に「5つの時の記憶が、鮮明に残ってる」という言葉が思い浮かんだんですよ。
それで、そのままの勢いで書いてしまいました(汗)。
当初の予定では主人公は大野君の予定でした。桜守のお話なんで、学園の番外編としてでも、大野君の事を書こうかな、とか思ってたんですが…途中からどうしても私の中で幸人に変わってしまったんですね〜。
連載にするかどうかは…これから考えます。
続き、書きたい気持ちは満々です(笑)。
でも、今までとタイプが違うのでどうでしょうね…皆様の感想聞かせていただけると嬉しいです。