+第10話〜心揺〜+

「聞かせるべきではなかっただろうか」
溜息をつく直樹に、真次はゆっくりと首をj振った。
「いえ、当主は真実をしっていなくては。ただ…」
「ただ?」
「優しすぎるのです、当主は」
優しく、目を細めながら、真次は倒れてそのまま眠ってしまった当主の髪をそっと撫ぜた。
「全てを自分のせいだと抱え込んでしまう。ですが、当主にはもっと強くなって頂かないと」
「確かに、我々が守る事が出来る、といっても限られた事。当主の心は当主自身が守っていかなければならぬものだからな」
友一の言葉に、慎吾と朝幸は笑った。
「それは少し違うと思われる」
「何?」
「確かに、強くならねばなるまい。しかし心こそ…人の支えを必要とする繊細なもの。いくら自らが強くあろうと念じても、そうそう簡単に強くなる代物ではありませぬ」
慎吾の言葉に、朝幸も頷き続ける。
「今こそ…皆様のお力が必要な時かと存じます」
「我等の…」
呟いた真次に慎吾はゆっくりと頷き、そして直樹に目を向けた。
「そう…直樹殿、特に、お主の力が必要ぞ。支えさえあれば、人はいとも簡単に強くなれるものだ」
「…だが」
「自らの立場が、より一層当主を苦しめるのではないか。そう思われてるのなら、それは過ち」
「…」
「そなたは、その全てを抱え、その上で当主を…いや、弟君をその手で守っていこうと決意なさったのではないのか?」
それは…」
確かに、そうだった。
自らの運命を受け止め、そして、自らの立場を明らかにした上で、彼を守っていこうと、全てを懸けて彼を助けようと思っている。
その気持ちに変わりはない。嘘偽りもない。だが…彼は明らかに、自分の死を、彼のせいだと思った事だろう。
彼は…何も悪くはないのだ。
だた、彼は一度そう思えば、きっと思い続けるだろう。
ならば…彼のためにも、彼を苦しめるであろう自分の存在は、そばにいてはいけないのでは、とも思う。
「男ならば、一度決めた決意をそう簡単に曲げるものではないのではありませぬか?」
フフ…と笑った慎吾は、「ねぇ」と朝幸に問う。
「それほど弱い意志であったか、直樹殿」
朝幸の真っ直ぐな眼で射抜かれ、直樹は少し息を飲んだ。
「…いや、全てを。己の全てを懸けて幸人を守ると決めたのだ」
そう答えた直樹に、二人は満足そうに頷いた。
「ならば、その使命全うせよ」
直樹は力強く頷いた。
++ ++ ++
ゆっくりと眼を開けると、それはすでに朝の日差しとなっていた。
「目覚められましたか」
友一の声。
「あぁ…僕は、」
「疲れていたのでしょう、気を失われたままぐっすりと…」
真次の言葉に、昨日の出来事が蘇る。
あれは…
「夢、ではなかったか」
呟いたとき、フワリと頭を撫でられた。
「幸人、目が覚めたか」
あぁ、温かい手。柔らかい言葉。
その全てが、人のものだと思っていたのに。
「直樹…」
思わず見上げると、直樹は少し困った顔をした。
「そんな眼で見るな。俺は、お前を責めているわけではない」
わかっていた。直樹は決して僕を責めているわけではない。
だからこそ、歯痒かったのだ。
いっそ、責めてくれたら。
お前のせいだ、と罵ってくれていれば。
僕は、もっと救われたかもしれない。
直樹は…
強すぎるのだ。
神々しいまでに、強く、優しい。
僕は…そんな直樹が、眩しく思えて、真っ直ぐに見る事が出来ない。
直樹に比べ、僕は何て脆いのだろう。
「さて、今日はどの道を抜けていこうか」
直樹は慎吾に向かって問いかける。
「少し考えが…」
慎吾の言葉に重なるように、思わず発した言葉。
「逃げなくて、いい」
「え?」
「僕は、逃げる資格などない」
「何をおっしゃっておられるのです!!」
友一と真次が駆け寄る。
「僕は…追われて当然の身だ。逃げるなど…」
そう告げると、直樹は困ったように僕の頭を撫でる。
「お前は、何も悪くはない。気にする事は何もないんだよ」
そう告げた。
でも…
「僕のせいで、直樹は…」
「幸人のせいではないよ」
「でも、僕のせいだ」
直樹の困り果てた溜息が聞こえた。
その時…
「甘えるんではないよ」
慎吾の声がした。
「甘えてなど…」
言い返そうとしたが、慎吾が言葉を告げる方が早かった。
「甘えていない?そう言い切れるのか。お主は、自分のせいだと告げる事によって、彼から許しの言葉を得ようとしているだけにすぎぬ。直樹から何度もそう告げられる事によって、自分のその言いようのない不安が消えるのではないか、と思っているのだろう?」
今までになく、厳しい口調で問われ、僕は思わず眼を伏せた。
確かに、その通りだった。
僕は、甘えていたのだ。真次や友一に…そして直樹に。
彼等に助けてほしくて…僕は自分のせいだと、いや、自分のせいだと思うからこそ、彼等に助けを求めていたのだ。
知らぬ間に…結局、僕は直樹を頼りきっているのだ。真次や友一を頼りきっている。
「ねぇ、幸人殿。彼等はお主を優しいと言う。だが、私はそうは思わないよ。お主のは優しさではない。弱さだ」
その言葉はとても重く、僕の心に響いた。
「優しさとはね、強さという土台があってこそ、成り立つものなのだよ」
それは、わかる、直樹は強いからこそ、優しいのだ。
「世の中にはね、強さを履き違える人間もいる。真の優しさを持つものは少ないのだよ。だが、幸人殿はとても澄んだ心の持ち主だ。強くなれば、きっと真の優しさを持つ。だから、強くなってほしいのだよ」
「幸人殿の周りには、真の優しさを持つ人間がそろっておられるのだらか」
朝幸も笑った。
そうだ、直樹だけではない。
真次も、友一も。彼等はとても優しいのだ。それは、彼等が強いからこそ。
彼等の心が強いからこそなのだ。
僕は、そんな素晴らしい彼等に支えられているのだ。
「…ごめんなさい」
知らずに口をついた。
「謝る事ではないよ」
苦笑する直樹。
「僕は…強くなる」
でも、
「一人では無理だから…これからも僕を助けてほしい」
その言葉に真次と友一は強く頷き、直樹はフワリと笑った。
「当たり前だ」
その言葉が嬉しくて、涙がこぼれる。
「あぁ、涙などながしては…やはり幸人殿は甘えん坊でおられる」
クスっと笑う慎吾。
「いいじゃない、涙を流す事は悪い事ではないよ」
何故か必死になる朝幸に、慎吾は笑った。
「お主は、誰よりも甘えん坊だからね。あぁ、甘えん坊は朝幸だけで十分だったのに」
大げさに溜息をついた慎吾に、思わず笑ってしまった。
「そう、笑うのが一番。これから先、皆が幸せに笑えるように…だからこそ、そろそろ決断してはいかがだろうか」
不図真剣な慎吾の眼差しに全員が息を飲んだ。
「決断…何を?」
尋ねた真次に、慎吾は一息置いて、告げた。

「逃げずに…戦うのです」



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第10話です。
いやんvvめっちゃ町田さん主役っぽい(爆)。
ここしばらく、まーちん大好き病なもんで(苦笑)。
ときおり、屋良っち以上にまーちんが気になる時期がくるんですが(ぇ)、今まさにそんなとき(笑)。
えっと、とりあえず10話です。
次回よりそろそろ戦いが始まります。
多分、予定では15話くらいで完結するのではないかと思われます。