+第14話〜絆〜+

「おや、戻ったのか?早かったではないか」
暗闇の中、慎吾はゆっくりと布団をめくり、「おいで」と手招きする。
「何故わかったの?」
ほんの少し前まで猫の姿であった影が人のものへと変化する。
「ほら、ご覧?格子の向こうを。、私の友人が教えてくれたのだよ。朝幸が戻ってきたとね」
そう言って微笑む慎吾の横に、朝幸は猫のように物音を立てずに滑り込んだ。
「どうだった?」
尋ねる慎吾の胸へと猫のように顔を摺り寄せ、丸くなる。
「ん…ちゃんとお願いして…大丈夫…」
言い終わらないうちに、静かな寝息が聞こえてくる。
「おや。眠ってしまったか」
思わず苦笑し、慎吾は朝幸を引き寄せ、外を眺めた。
「なんと美しい月夜。…我は再び見る事が出来るのであろうか…」
朝幸と共に…そして、智と共に。
この幸せな時が…再び訪れるであろうか。
この手の中の温もりを…失う事無く。
彼等に何度も告げてきた「覚悟」。
「人には強く言えるものだ」
苦笑する。
自分は、出来ていないのだから。
また死んでしまう事は怖くはない。
元々、智に永らえてもらった命。未練はない。
だが…
この子を失う「覚悟」は到底する事が出来ない。
たとえ、憎まれ口を叩こうとも…親に捨てられ、一人震えていた姿を思い出せば、手放すなど出来るはずがない。
「智の言う通りやもしれぬな」
朝幸を甘やかしているのは、この私だ。
「慎吾…眠れないの?」
声がして慌てて覗き込むと、朝幸がその猫眼を慎吾に向けていた。
「起こしてしまったか」
「いよいよ戦だね」
「…」
「勝とうね、幸人殿の為にも…直樹殿の為にも…そして…」
朝幸は小さく微笑んだ。
「慎吾と、智と…ずっと一緒に居られるように」
「約束ぞ。朝幸は生き延びると」
言うと朝幸は眼を見開いた。
「何を言う。慎吾も生き延びるのであろう?二人で、共に智の元に帰るのだから」
…当たり前のように笑う。
「あぁ、そうだね。ありがとう。朝幸はいい子だ。さぁ、もう眠ろう」
ゆっくりと引き寄せる。
「また童扱いをする」
拗ねたような声が聞こえる。
「おやすみ、朝幸」
今度こそ、眠れそうだ。
先程までの不安も、今はない。
何を恐れていたというのか…我等は3人で居るのが当たり前だというのに。
それを失うやも知れぬなど…。失うわけにはいかぬものを…。
ただ、己の力で守ればいいだけの事。

慎吾は、静かに眠りについた。
そして、その頃。
月明かりの下、美しい蝶の群れが森へ向って舞って行った。

++ ++ ++
穏やかな光に照らされ、目を覚ました。
「幸人、眼が覚めたか」
声の方を向くと、直樹の柔らかな笑顔。
「直樹、眠れた?」
「あぁ、大丈夫」
「当主、お目覚めになられましたか」
真次がにこやかに隣へと座った。
僕は体を起こし、真次の方を見る。
「当主?まだ眠っておられるのですか?」
笑う友一が真次の横へと座る。
「起きているよ。大丈夫。…あの、智は」
「お目覚めかな?幸人殿」
奥から声が聞こえた。
「もう時期、剛史の仕事も終わる。それから、私の古い友人に昨日使いをやった」
「友人?」
「剣の達人だ。妖かしの者と戦う事に精通しておる者でな。遅くても昼までには着くであろう」
言いながら、智が近づいてきた。
「さて、戦いはその者が着いてから。追っ手には幻術を施しておいた。多少の足止めにはなろうぞ。式も送ったので、今頃は森へも踏み込む事が出来ず慌てておるだろうな」
口の端を微かにあげて智は笑う。
「さぁ、腹が減っては戦は出来ぬと申す。仕度をさせよう。慎吾、慎吾」
…返事はない。
「全く。まだ寝ておるのか。仕方のない」
そう言って、智は二人を起こしにいった。
戦まで…あと少し。
無意識に体が強張る。
「当主」
真次が肩に手をそえた。
「我等も…直樹殿と同じ気持ちでございます」
「え?」
「いつでも当主のおそばに。何が起ころうとも…世が変わろうとも。幾度転生しようとも。我等は当主と共に…約束いたします」
必ずや、おそばに仕えさせて頂きたいと。
真次の、柔らかな笑顔。そして、友一の誠実な笑顔。
あぁ…二人は本当に僕を支えてくれている。こんなにも、心まで支えてくれているのだ。
「約束…」
「そう、必ず守ります。ですから…当主も一つ約束をして頂きたい」
「何を…」
「必ずや生き延びて…」
真次の目に、射抜かれるような眼に見つめられ、ただただ小さく頷いた。
僕に出来る約束。
それは、命を賭けて私を守ってくれる彼等のために…
必ず生き延びる事。
「約束する。生きてみせる」
声に出した僕に、友一は微笑んだ。
「それを聞けて安堵いたしました」
さぁ、腹ごしらえしましょう。
二人は奥へと入っていく。
嬉しくて…少し泣きそうになってしまった僕の肩をそっと包み込む温かい両手。
「直樹…」
「幸人は幸せだな」
「うん…」
「彼等が居るのなら…彼等になら安心して幸人を託す事が出来る」
直樹は僕の髪をそっと撫でた。
「大丈夫。必ずや幸人に勝利を授けよう」

力強い直樹の言葉。
その言葉だけで、僕の不安は全て消えていく。

あぁ。彼等が居てくれるのなら。


怖いものなど



何一つない。






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第14話。
今回は夫々の絆に重点を置いてみました。
あぁ…もうすぐこれも終わるのね。
寂しい…寂しいよぉ〜。
でも、多分20話くらいまではいくのではないかと…
当初、連載になるかどうかもわからなかった話なのにね。自分でもビックリ。
だって、最初は時代物の設定もなかったから、現代のつもりで書いてたんだよ(笑)。なので、後から色々大変でした(苦笑)。