夫々が、思いを抱えながら、口数の少ない食事を進ませていた。
「さて、そろそろだな」
食事も終わる頃、智が呟いた。
同時に、すっと開く襖。
「お待たせいたした。名刀が出来上がったぞ」
「おぉ、剛史。待ちくたびれたぞ」
さぁ、二人とも。
智に促され、友一と真次は刀を手に取る。
「これは…」
二人は息を飲んだ。
それほどまでに、二人が持っていた刀は輝きを増し、強さを漲らせていた。
「これなら、妖かしの者であろうとも、斬る事が出来る」
剛史は胸をはり、そして、智に告げた。
「では、俺の仕事は此処までだ。また、貸しが出来なた、智」
「何、いつでも返して差し上げるぞ」
からからと笑い、智が手を振る。
剛史は口の端を上げ、
「その言葉、信用出来ぬな」
と笑いながら、すっと姿を消した。
「何処へ?」
驚き尋ねると
「あぁ、剛史はただの鍛冶屋ではござらぬ。忍の一族なのです」
朝幸が優しく答えてくれた。
「智。それよりも、待ち人がまだ来ぬぞ」
慎吾が尋ねる。
「ふむ。もうそろそろ来てもよい頃なのだが…」
智が腕を組み、外へと目をやる。
そこへ
「お待たせいたした!いや、何分道が…」
「言い訳はいいよ、秋山」
智は苦笑して、直樹を見た。
「この男。名を秋山と申す。何、こう見えて、剣の達人であるから、必ずや幸人殿の力になるであろう」
「お力添え、感謝いたす」
直樹の言葉に、秋山は頷いた。
「何、困っているときはお互い様だ」
「では、そろそろ参るか」
智の言葉に、空気が張り詰めた。
「当主。我々は、必ずや当主をお守り続ける覚悟でございます」
真次の言葉。
「当主として…初めて、命を下してもよいかな」
消え入りそうな声で尋ねると、真次は優しく笑って頷いてくれた。
「何なりと。仰せのままに致します」
真次と、友一を見つめ、僕は告げた。
「二人とも…死ぬな」
「勿体無いお言葉、ありがたき幸せにございます」
友一が跪く。
「必ずや、仰せの通りに」
真次も傅く。
「では、行くぞ」
直樹が僕の肩を優しく叩く。
僕は頷いた。
++ ++ ++
森へと着くと、以前通った時とは空気が違っていた。
「主に話をしてあります。此処では木々は幸人殿の味方。木々と心を通わせる事の出来る幸人殿であれば、意のままに出来る事でしょう」
朝幸が僕の前に跪く。
「皆、そんな頭を下げるのは辞めて欲しい。私は、そんな立場ではないよ」
言うと、朝幸は首を振った。
「幸人殿はわかっておられないのです。幸人殿は直樹殿や真次殿、そして友一殿に命をかける決心をさせるほどのお方なのです。それは、幸人殿が決めることではなく、仕える者達が判断する事。彼等は幸人殿がそうするに値するお方だと。…我等も同じです。我等が仕える智が貴方に仕えると、助けると決めました。ならば、我等は全てをかけて幸人殿をお守りいたします。ただ…お願いがございます」
「願い?」
「はい…この森は…私が育った森。そして、智と、慎吾と出会う事が出来た森。出来れば…失いたくないのです。幸人殿の為に、森の主は惜しげなく力を貸してくださると仰って下さいました。ですが…」
「大丈夫。皆が私を守ってくれるのと同じように、私が森を守ろう」
そう。あの櫻の分まで。
僕を守り、戦い抜いてくれていたあの櫻の分まで。
あの子はまだ…生きているだろうか。
綺麗な花を咲かせることが出来たであろうか。
「必ず、守り抜いてみせよう」
決意を伝えると、朝幸は目を潤ませた。
「ありがとうございます。…彼等の気持ち、私はよくわかります。智が仕えるから…というだけではございません。私は私の意志で、幸人殿をお守りいたします。以前、慎吾は「優しさ」ではなく「弱さ」だと言っておりましたが…幸人殿の優しさは弱さではない…柔らかく、温かい大きな力だと思います。周りを…引き寄せる強さだと、私は思います」
「ありがとう…」
嬉しかった。何も役に立てないと思っていた僕を、認めてくれる人がいる。
ただ、守られるだけじゃなく…頼りにしてもらえる事がある。
それだけで、力がわいた。
「朝幸、おいで。奴らがやってくる」
慎吾が呼ぶ。
「勝ちましょうぞ、幸人殿。奴らに真の強さを教えてやるのです」
朝幸は口の端をちょっとだけ上げ、慎吾の元へと駆けて行った。
「さぁ、幸人殿。こちらへ」
智に導かれ、大きな木の下へとたどり着く。
「此処に、結界を張ってあります。やつらもそう簡単に手出しは出来ませぬ。よいですか。我等の…そして、彼等の戦いをよくその目で見るのです。そして、自身の立場を、理解する事が出来たなら。その時初めて幸人殿のお力を借りましょう。朝幸は「強さ」と言った。それは間違いではないが、まだ足りませぬ。ご自身で全てを悟り、全てを見極める。人を犠牲にしている事もあるという事を、しっかりと認める。全てから目を逸らさぬよう。逃げてはいけませぬ」
よいか?
智の言葉は、僕の心に、しっかりと響いた。
「私は…真に強くなる」
「頼もしい。期待しておりますぞ」
智は笑って、前線へと向っていった。
少し先に…砂埃が見える。
少しずつ大きくなる足音。
馬の駆ける音。
怒声。
刀、槍の触れ合う音。
全てが…僕の命を狙っているのだ。
そして、僕の命を守るために、彼等は命を懸けるのだ。
足が竦む。
覚悟はしたものの…迫り来る恐ろしさに身が震える。
「幸人。俺を信じろ」
ふわり、と体を包まれた。
風のように、優しく。
あぁ、大丈夫。
たとえ、自身を信じる事が出来なくとも…
何が起ころうとも…
直樹は、信じる事が出来る。
「大丈夫。僕は平気だ」
目を見る。
心から、言えた言葉だった。
「強くなったな、幸人」
直樹は優しく笑うと、僕の頭を優しく撫でて、走っていった。
「秋山。久しぶりに暴れるがよい。お前の豪腕を思う存分振るうがよいぞ」
智の言葉に、秋山が答える。
「承知した。久々で腕が鳴る」
秋山は身の丈ほどある刀を軽々と構えた。
「うぉ〜!」
叫びと共に、敵の姿が現れる。
刀を振り回す秋山。
そして、俊敏に敵を翻弄しながら、斬っていく真次。
豪快に、敵をなぎ倒していく友一。
「………ッ」
言霊と共に、放たれる式達。
村の人たちは…すでに、人の目をしていなかった。
彼等は…もはや人ではない。
朝幸も慎吾も、敵を欺き、次々と舞うように戦っている。
森は…自ら身を振り乱し、葉や花弁を落としては、敵の目を惑わしている。
あぁ、全てが僕の為に。
僕は、これほどの人達に、木々たちに支えられ、そして彼等を犠牲にしようとしているのだ。
自らが生きる為に。
目にして初めてわかる。
事の重さが。
自然と涙が溢れる。
泣いていてはいけない。
わかってはいるのに、自然と溢れる。
ぼやけた視界に…急に大きな影が見えた。
「はっ!」
目の前に聳え立つ、見た事もない身の丈の高い異形の怪。
声が、出ない…
物の怪は手を振り上げて…
僕に向けて振り下ろす。
思わず目を瞑った。
同時に聞こえる断末魔の叫び。
慌てて、目を開ける。
そこには
「消えな。化け物」
物の怪の上に乗り、刀を突き刺している直樹の姿。
「あ…あぁ」
ゆっくりと倒れ込む物の怪から、ひらりと飛び降り、僕の前に立つ。
「怖いか?」
直樹の白い肌に、飛び散っている鮮血。
それでも…
「大丈夫」
直樹が、いるから。
「いい子だ」
直樹は僕の頬に付いていた朱血をくいっと拭ってくれた。
そして、また戦へと戻っていく。
大丈夫。
直樹がいるから。
どんな事があっても。
直樹が僕を助けてくれる。
いつもそうだった。
そう、13年の月日を経ても。
いつも変わらず
直樹は僕を助けてくれていたのだ。
だから
今度は
直樹が転生する為に
僕が助ける番だ。
周りを見回し、我等が優勢と思ったその時
「直樹殿。覚悟はよいか?」
智の声が聞こえた。
「覚悟など、とうの昔に出来てるさ」
直樹が答えたその声の先に…
「あれは…」
九尾の白狐がいた。
白銀の毛をなびかせて…
九尾が全てを多い尽くすように大きく開かれ、
「気をつけよ!来るぞ!」
全てに襲い掛かってきた。
これが…
直樹の母なのか…
僕は、ただ呆然と見つめていた。
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15話です。
お久しぶりの更新になってしまいましたが。
やっとのことで戦です。
実は、5話くらいからずっと書きたいと思って考えていた台詞がやっと今回書くことが出来ました。
直樹の台詞です。
「消えな、化け物」
これです(笑)。この瞬間を5話くらいからずっと思いついていて、ずっと書きたかったんです。
あぁ、やっと書けた。満足(笑)。
さて、そろそろ終盤ですね。
あ、そうそう。剣の達人はアッキーでした。
やっと出す事が出来ました、アッキー(笑)。
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