かける事が出来なかった。
声を、
かけるべき言葉が、
何も出てこなかった。
いつも、一言で僕を安堵させてくれていた直樹の為に、ただ一言。
一言でよかったのに。
僕には…それすらもする事ができなかった。
だから。
母上を抱きしめたまま、動かない直樹の背中を。
ただ抱きしめた。
しばらく、そうして静寂が流れて。
不図、直樹の肩に乗せていた僕の耳へ、いつもと変わらぬ、凛とした直樹の声が聞こえた。
「ありがとう、幸人」
直樹はそうして、微笑み僕をやんわりと引き離し、向かい合って僕の髪を優しく撫でた。
風の様に、柔らかな感触で。
涙が…
「直樹殿、よくぞやり遂げた」
止まらない。
「直樹殿!これで、幸人殿は助かるのですね!」
吹き抜けていく風のように…
「幸人殿!戻りましょうぞ、あの村へと」
直樹も…
「よかったね、幸人殿。よく頑張られた」
消えてしまうのだ。
「…幸人殿?泣いてるの?」
朝幸が覗き込んできたのがわかる。
それでも、返事をする事が出来なかった。
「泣いてはいけませぬ」
朝幸が、僕を抱きしめる。
慰めるように、
「幸人殿。お気持ちはわかります。ですが…直樹殿の新たな門出のお祝いに涙は似合いませぬぞ」
慎吾が優しく、僕の頭を撫でた。
「直樹は、転生するのじゃ。お別れではないぞ、幸人殿」
智が笑う。
「今度こそ、共に生きるための転生だ。幸人…」
直樹がそっと近づき、微笑む。
「何度生まれ変わっても、出会う事が出来ずに死んでいこうとも…それでも、何度も転生しよう。幸人と、必ず出会える時まで」
「約束…してくれる?」
尋ねて、直樹を見る。
不図、13年前を思い出す。
直樹は13年前と同じように、尋ねた僕に、彼はフっと笑い、僕の頬を両手で挟んだ。
「忘れないで…俺は、君だ。いつも君と一緒に…絶対に忘れないで…幸人が望むのであれば、いつでも駆けつける」
そういって、僕を見つめる眼が、昔以上にとても綺麗で。
僕はまた見惚れてしまったのだ。
そうだった。
直樹は、いつも僕のそばにいてくれた。
これまでも…そしてこれからも。
「僕も…絶対に忘れない」
たとえ、何年…何十年…何百年経とうとも。
決して直樹を忘れない。
「智殿…慎吾も、朝幸も。秋山も。世話になった」
直樹が僕から手を離した。
「何、たやすい事よ。お主は何も心配せず転生するがよい。幸人殿には彼らがついておる」
微笑み、真次達を見る智。
「真次、友一。幸人を…幸人を頼む」
直樹の言葉に、二人は強く頷いた。
「命に代えてでもお守りいたします。」
「直樹殿の分も」
その言葉に、直樹は満足げに頷き、再度僕を見た。
「幸人。また逢おう」
そして、彼は…
今までで一番優しい笑顔を残し
風になったのだ。
僕の周りをふわりと包み込むように舞った風は
木々を揺らし、彼方へと吹き抜けていった。
暫く、天を見つめた僕は、流れる涙を拭い、皆を見た。
「智殿、慎吾、朝幸…ありがとう。言葉では言い尽くせないけど…」
「だから、たやすい事だと。気にする事はない」
「また、何かあったらいつでも来るがいいよ。智も嬉しいだろうしね」
「智だけじゃなく、慎吾も嬉しいくせに」
「うるさい、朝幸」
「恥ずかしがっているのです、慎吾は。僕は、本当に心からまた逢いたい。それに…森を、守ってくれてありがとう。幸人殿が僕は大好きだよ。必ず素敵な、立派な当主となられると信じております」
「ありがとう、朝幸。頑張るよ。二度と争いなど起きないように。僕は僕に出来る事を頑張る」
直樹に、胸を張って会う事が出来るように。
僕は、真次と友一へと告げた。
「さぁ、二人とも帰ろう…あの、櫻のまつ家へ」
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「ま〜た此処にいた」
顔を上げると、良知君がいた。
「探したよ、萩原」
「ゴメン、何かあった?」
「石田がね、萩原も誘って遊びに行こうって五月蠅くて」
苦笑する良知君。
「良知君だって、萩原が最近一人で帰るけど何かあったのかな、って心配してたじゃん!」
後ろから石田くんが不満そうに叫ぶ。
「ありがと、二人とも」
いつも…僕を気にかけてくれて。
ずっとずっと僕を守ってくれて。
「どしたの?急に改まって」
「ん、ちょっと。色々思い出してたの」
「ふ〜ん。ま、いいけどね。それにしても、萩原って此処好きだよな」
石田君に聞かれ、僕は頷いた。
「想い出が、沢山溢れてるから」
「確かに、何だか落ち着くよね、、此処」
良知君が微笑む。
その時…フワリと風が舞った。
花弁がひらひらと舞い落ちて、僕を包む。
心臓が
壊れてしまいそうなほど早く
期待と、喜びで
僕は正面を見据えた。
遠くから、見えたその姿は
近づくにつれ、昔の記憶を全て一瞬にして思い出させてくれる。
良知君と石田君をすり抜け、僕の前に立ったその人影は
僕が思っていた通り、優しい笑顔で、こう告げたのだ。
「すまない。大分待たせてしまったね」
僕は
ただうなずく事しか出来なかった。
涙で、何も見えない。
そんな僕を、彼は風のようにフワリと包む。
「変わらないな。相変わらず泣き虫だ」
そう言って、笑った。
櫻が、櫻の花弁が、優しく僕らを包んでくれた。
言わなくちゃ。
ずっとずっと言いたかった言葉を。
この櫻の下で、
何百年も待ち続けていたこの瞬間に。
伝えなければ。
瞬間、彼の言葉が先に耳に届いた。
あの、凛とした声で。
「ただいま、幸人」
あぁ、やはり僕は彼には敵わない。
常に先を越されてしまう。
けれど…遅れてしまったけれど、それでも、僕がずっと伝えたかった言葉を彼にへと。
その時、更に舞い散る花弁が増えて、櫻が後押ししてくれた。
「おかえり、直樹」
□□□□□□□
ラストです。
思い描いていた内容がすっかり消えてしまったので、一から練り直したラストとなりました。
ものすごくサラッとしてる感じもなきにしも…ですが、櫻の世界観はこんな感じかなぁと個人的な解釈で。
直樹が転生していくシーンは幸人の為にもあえてサラリとしたお別れの方がいいかなぁと。
本当は、普通に仲良く過ごしている4人の現在の姿を最後にもってこようかとも思ったのですが、二人の絆はやはり、書いておくべきかと。
何となく、終わりたくない気持ちがあったため、どうも最後が思い浮かばなくて(苦笑)。
これも、結構長い連載となりました。
もっと短い予定…というよりも、当初は短編の読みきりのつもりでした。
それが、こうして初の時代物…(だよね、一応)として連載できたのも、皆様の書き込みやメールでの感想のおかげでございます。本当に励まされました。
さてさて。
自分でも好きだった連載がこうして終わっていくのは寂しいですが、また、新たに彼らにちなんだ連載なども始めていきたいと思っておりますので、これからもよろしくお願い致します。
最後までお付き合い下さい、本当にありがとうございました。
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