+第2話〜鳴神〜+

朝から、大地を濡らし続ける雨が更に強さを増し、天井を打ちつけている。
櫻が…。
この雨では、時期に雷神が姿を現すだろう。もし、櫻にその力を振り落としてしまったら…
キュっと痛む心臓を軽く押え、僕は息を深く吸った。
と、そこへ…
「当主、天気が悪くては気分もすぐれぬでしょう。我々がお相手致します」
微笑み、部屋へと入ってきた彼らはしっかりと襖を閉めた。
「当主、暗い顔してる」
先程とは違った言葉使い。そう、彼らは僕のかけがえの無い友人だ。
従事の手前上、さっきのような言葉を使う事はあるが、普段はくだけて話し合えるたった二人の友達だった。
母が…一人閉じ込められる僕を可哀想だと、同じ年頃の少年2人を迎え入れてくれたのは、もう10年は昔の事。
それ以来、彼らはずっと僕の友人としてこの屋敷で生活している。
母は…母だけはいつも優しかった。そんな母も、僕が10歳になった冬、静かに空へと逝ってしまった。
とても美しい空の蒼が、余計に哀しさを募らせたのを今でも覚えている。
「…当主?」
呼ばれて、我に返る。
「ごめん、少し考え事してて…」
「ったく、いつもそうなんだから」
仕方ないな、と友一は笑う。
「そろそろ、櫻が咲く頃だね」
真次の言葉に僕は頷いた。
あの櫻も、もう少しで美しい華を咲かせるだろう。すでに美しい莟が綻びていた。
触れると、幹の中で咲き誇ろうと脈打つ櫻の鼓動を感じる事が出来る。
それなのに…
「でも…もし、雷が落ちたら」
不安そうな僕の言葉に、真次が首を振る。
「大丈夫。あの櫻は代々ずっと守られてきたモノだから、そんなに簡単には…」
その時、鋭い閃光が走り、大きな音と共に地響きが起こる。
「まさかッ…」
友一と真次は顔を見合わせ、そして僕を見た。
僕は…血の気が引くのをはっきりと感じた。
悲鳴が…
櫻の悲鳴が、頭の奥へと届いたのだ。
耳を劈くような、断末魔の叫び声。
体が…震える。
「…当主?当主!!!しっかり!!!」
友一に揺すられ、我に返る。
「櫻が…」
僕は震える足を何とか立たせ、庭へと急いだ。
唖然とする真次と友一を置いて、とにかく走った。
履物も何もなく、庭へと走り出て…

僕は、息をする事さえ忘れた。

何故。
確かに、あの声は櫻の声だった。
この世を去ろうとする、悲痛な叫び。
なのに…目の前の光景は…
美しく…ただただ美しく…
気がつけば、僕の頬を涙が伝っていた。
美しさに…あまりの嬉しさに。
息をするのも忘れ、見詰めていた。

「風邪を引くよ?」
その声は、少し大人びた声で。
満開に咲き誇る櫻の下で、木に寄りかかり、舞い散る花弁を纏うその姿は、僕と同じく13年の年月を重ね大人へと成長する過程の只中にあり…
凛としたその表情に、昔と同じように見惚れてしまった。
「櫻が…」
僕は、やっとの事で言葉を告げた。
「大丈夫。この子はまた莟をつける。嵐に花弁を全て剥ぎ取られても。明日にはまた、美しい莟をつけるよ」
そんなはずはない。枯れてしまえば、また次の時期まではもう咲く事はない。
何よりも…
「さっき。悲鳴が聞こえたんだ」
ボソっと呟いた僕の言葉に、彼はニィと笑った。
「この子は…生れ変るんだ。確かに幹を閃光に裂かれて命を落したけれど。少し手を貸してあげたから…。だから、命を落す前の莟は咲かせ嵐に散らせてしまえば、明日には新たな命の莟をつける」
「よく、わかんないけど…」
呟いた僕に、彼は優しい微笑を向けながら近づいてきた。
「変わらないね、君は何も知らない純粋なままだ」
その言葉には答えず、とにかく伝えたい言葉を口にした。
「…やっと、逢えたね」
言うと、彼は僕の頭に手を置き、濡れた髪を撫でる。
「違うよ。僕はずっと傍に居た。ただ…必要がなかったんだ」
「必要?」
「でも、これからは僕が必要になる。君に危険が近づいている」
「…危険?」
尋ねると同時に、遠くから真次達の声がした。
「当主!!!」
駆け寄ってくる二人に、彼は視線を送る。
「彼らは…君の味方だ。彼らは君を助けてくれる。だから信用していい」
「ね、どういう事?…危険って何??」
「…とにかく。この子が新たに咲き誇る頃、また逢おう。この下で」
「逢ったら…教えてくれるの?」
「…君を、助け出そう。この歪んだ世界から」
「え?」
「もし、その前に助けが必要な時は、俺を呼んで。必ず助け出すから」
「でも…君の名前、知らない」
そう言った僕に、彼はとても優しい笑顔で答えた。
「…直樹。それが、俺の名前だ」
そう言って、彼は僕を真次達の方へと向かせる。
「ほら、彼らが心配する。風邪を引くから、もうお入り」
背中をポンっと押され、僕は数歩歩き…
振り向いた時、直樹の姿は、もう無かった。
そこには、狂った様に咲き誇る櫻の姿だけがあった。
「当主!!」
駆けつけた真次は僕の体を包む。
「すっかり冷えてる。このままじゃ風邪を引くよ」
そう言って、僕を抱え、部屋へと入っていく。
「雨の中、何やってたんだ?」
友一の言葉に
「直樹と…話をしてたんだ」
そう答えた僕に、二人は不思議な顔をした。
「直樹?」
「うん、さっき居たでしょ?」
「…当主の他には、誰も居なかったけど」
「え?」
驚く僕に、真次も頷く。
「誰一人、庭には居なかったよ」
僕は、黙り込んでしまった。
彼らには、見えなかったのか…。
ならば、しばらくは黙っておこう。
そう決めて、僕は少し微笑んだ。
彼は…約束してくれた。
助け出してくれる、と。
この、歪んだ世界から…。
だから、僕はどんな辛い事があっても生きていこう。

あの櫻が、満開の時を向かえる、その日まで…



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第2話です。続きましたね〜。
これは結構昔の時代の設定にしようかと思います。
何故なら…あ、今はまだ言えません(何)。
これから、連載にしていくにあたって、その方がいいかなぁと。
あまり、長くしない予定ですが、予定は未定(ヲイ)。
私のことなんで何とも言えませ〜ん(笑)。
それにしても…今までと全く違うイメージの島田さんですが…私は実はかなり好きだったりします(笑)。