+第3話〜運命〜+ あれから2週間ほどが過ぎた頃。 直樹の言葉通り、新たに莟をつけた櫻が満開の時を迎え様としていた。 流れゆく雲がゆっくりと姿を変えていく様を見ながら、自然と溜息が漏れる。 いつ…直樹は僕を迎えにきてくれるのだろうか。 櫻は、明日にでも1番美しい時を向かえるであろう。 凛と咲き誇る姿は、直樹を寄り一層思い出させる。 不図、何やら騒がしい足音が聞こえてきた。 「どういう事ですか!」 …真次の声だ。 「理由を聞くまでは通すわけには…」 友一の声を遮り、部屋の扉が開かれた。 「当主、今日から禊に入られますよう」 「何故?」 特別な儀式でもない限り…そう、櫻を祭る時や、葬る時以外、禊を行う事はないはず。 今年の祭り日の為の禊ははもう少し先のはずだった。 「儀式を行なうからです」 「何の儀式?」 尋ねた僕には答えず、従事は続けた。 「当主をお連れしろ」 訳が分らないまま腕を捕まれ引っ張られる。 「どういう事ですか!納得がいきませぬ」 僕を抱き留め、真次と友一が立ちはだかった。 「お前達には関係は無い。下がっておれ!」 押しやられてもよろける事無く立ちはだかる二人に従事達は更に声を張り上げた。 「避けぬか!お前達は逆らえる立場ではないぞ!!」 それは、このままでは真次達が酷い眼に合わされるであろう警告の言葉と受け取れた。 「二人とも…もう、いいよ」 「当主!何を仰るのです!!」 「そうです!こんな…意味も分らぬ儀式など行なう道理はありませぬ!!」 必死に僕を守ろうとしてくれる二人。 それだけで十分だった。 僕は、孤独ではない。 それだけで、僕にはもう十分過ぎた。 「大丈夫。儀式を行なうのは、当主としての僕の使命だ」 「ですが…」 「ありがとう。二人には心から感謝してる」 「当主…」 黙り込み、立ち尽くした二人を残し、僕は従事達に連れて行かれるまま部屋を後にした。 ++ ++ ++ 「こちらへ…」 連れられた場所は… 「ここに…?」 窓も無い、薄暗い地下の部屋。 「そうです。本日より、ここから1歩も外へ出られぬ様お願い致します」 従事達は冷たく言い放つと、僕を部屋の隅へ追いやり 「禊の時は我々がお供致します。それ以外では決して外へとお出にならぬよう」 無理やり板の間へと座らせ、従事達は格子戸を閉める。 「…僕が、一体何をしたというのだ」 格子戸にかけられた錠は、僕の自由を全て奪うものだ。 「何も…ですが、当主としてのお役目ですので」 感情の無い眼で僕を見た従事は、「では」と言い残し、去っていった。 閉じ込められた僕は…途方にくれていた。 一体、何故僕は幽閉されなくてはならなかったのか。 儀式とは一体何なのか…。 『危険が…迫ってる』 直樹の言葉を思い出す。 危険とは、この事なのか? だとしたら、何故直樹は助けに来てはくれないのか。 止めど無く色々な考えが頭を巡る。 僕は頭を軽く振った。 まだ、何が起きようとしているのかは全く分らない。 考えても無駄なだけだ…。 とにかく、今日は眠る事にしよう。 僕は、冷たい板の上に体を横たえた。 春とは言え、夜は冷える。 震える体を少しでも暖めようと、僕は膝を抱き丸くなった。 ゆっくりと、眠りに堕ちていく。 夢の中で…誰かがそっと僕を抱きしめてくれていた。 それは心地良い温もりを僕に与え… 寒さや不安を忘れ、母に抱かれる子の様に安堵して眠る事ができた。 ++ ++ ++ 翌日も…その翌日も。 僕は朝、起されては滝へと連れていかれ… 禊を行なっては地下室へ戻る…という生活を続けていた。 食事も水を主としていた為、僕の体力は徐々に磨り減っていた。 日が経つに連れ、意識は…朦朧とする。 もう、自分が何をしているのかも、よくわからなくなっていた。 櫻を一目見たい。 そんな願いすらかなう事はなかった…。 消えかける意識の淵で…見張りの従事達の話が耳へと流れてきた。 『あと3日か』 『可哀想に…あのような力を持って生まれてきたばかりに…』 『だが、邪の力には違いない』 『何も…悪い事はしていないのに』 『だが、占いによれば彼はこの為に…』 『今年が…運命の年というわけか』 『そう…彼を捧げ、神の恩恵を受ける為に…』 『我等が生きていく為には…』 僕を捧げ…神の恩恵を。 そう言えば…昔、母が泣きながら僕に話してくれた御伽噺があった。 『不思議な力を持って生まれし少年は…巫女のお告げにて18を迎し年に神へと捧げられ…邪悪な力を浄化し天に召されるそうよ。その少年によって、その村は神の御加護を受ける事が出来、繁栄を約束されるの。それまで、忌み嫌われていた少年は、自分の命をかけて村を守るのよ…』 可哀想な運命… 母はいつもそのお話をする時は泣いていた。 …あれは、 「僕の事だったのか…」 僕はあと3日で18になる。 神へと捧げられる為の禊。 僕は…この国の繁栄の為に…生贄とされるのか。 まだ…何も知らないのに。 外の世界の事も…何も知らない。 この狭い世界の中でひっそりと生きて… ひっそりと死んでいくのか。 そう思うと涙が止めど無く溢れてきた。 「お母様…」 優しい、母の笑顔が脳裏に浮かび、思わず声を出して呼びかけていた。 逢いたい。 母の元へ行きたい。 自分から…この命を絶って…母の元へと行きたかった。 「お母様…」 再び声に出したその時、突然思い出された言葉。 『俺を呼んで…』 あぁ…僕には、彼がいたのだ。 僕を…助けてくれる、と。 この歪んだ世界から救い出してくれる、と… そう…彼は約束してくれたのだ。 「直樹…」 ひっそりと呟く。 何の答えもない。 「直樹…直樹…」 それでも、僕は呼び続ける。 不図、窓もないこの部屋に風が吹いた気がした。 「直樹…直樹…助けて…僕を、助けて!!!」 声を荒げた瞬間、 目の前に櫻の花弁が舞う。 そして…次の瞬間、温かい腕が僕を包んだ。 それは、夢の中の温もりと寸分違わぬ心地良さで… 「すまない…大分待たせてしまったね」 少し、眉を潜めた彼の顔に、安堵しきった僕は、そのまま気を失った。 TOP |
第3話です。 本当はもっと先まで続けようと思ったんですが、思ったより長くなりそうだったので途中で切り上げました。 まだまだ序章って感じですね。 オカシイなぁ…あまり長くしないはずだったのに(苦笑)。 この連載は、書いててとても気持ちがノります。 フフ…好きです、こういうの(笑)。 …とにかく、もしかしたら長編になりそうな予感(苦笑)。 |