+第5話〜逃隠〜+ どれほど馬を走らせたのだろうか。 紅く光る月に追われている気分になり、真次の背中にずっとしがみついたままだった僕は、今、どこを走っているのかさえわからなかった。 途中、真次が不図呟く。 「どうも…馬が言う事を聞いていない気がします」 「え?何?」 聞こえなくて、聞き返した僕に 「馬は…自ら道を選んでる感じです。まるで、私たちを案内してくれているかのようです」 あぁ、直樹だ。 僕は思った。 きっと、直樹が僕らを導いてくれている。 「そのまま、馬に任せよう」 真次に告げると 「わかりました。当主の仰せのとおりに」 と、真次は答えた。 少し経つと、真次が僕を呼ぶ。 「何?」 「たどり着いたようです」 馬が止まる。 先に降りた真次に手を貸してもらい、馬から降りて視線を向けると、そこには小さな小屋があった。 「ここか」 後ろからついてきていた友一も馬を降りる。 「とにかく、中に入りましょう」 促され、扉を開けた。 薄暗い中、炉を灯して、暖をとる。 「当主、寒くありませぬか」 「…大丈夫」 答えた声が震えていた。 真次が、羽織をかけてくれる。 「ありがとう」 「風邪を引くと困りますから」 ニッコリと笑う真次。 「当主は昔から体が弱かったからね」 笑う友一。 やっと…二人ともやっといつもの「友達」としての二人に戻ってくれた。 緊張していたせいか、先ほどまでは言葉遣いも妙に距離を置かれている感じがして少し寂しかったのだ。 「そうだね、もっと強くならなくては」 そう笑うと、 「強くなられては…我々の立場が」 「そうそう。当主をお守りする、というのが我々の仕事なのに」 と苦笑する二人。 そんな風に言葉を交わしているうちに、僕は疲れのせいか眠くなってきてしまった。 「当主、横になられますか」 友一が僕をやんわりと引き、膝を貸してくれた。 「ありがとう…」 そのまま、眠りにつく。 直樹は…いつ来るのだろうか。 櫻はどうなったのだろうか。 思いは絶えず頭を廻る。 その思いを抱えたまま、僕は久しぶりに深い眠りへと落ちていった。 ++ ++ ++ どのくらい経ったのだろうか。 冷たい風が吹き込んできた。 「寝てしまっていたのか」 苦笑する声と共に温かな手が僕の頭に触れる。 薄っすらと眼を開ける。 「幸人、起きているのだろ?」 笑う声に、僕は体を起こした。 「直樹」 「遅くなってしまった。これで2度目だね、幸人を待たせてしまったのは」 申し訳なさそうな直樹に僕は首を振った。 「来て、くれただけで嬉しかったんだ」 だから、いいんだよ。 そう言うと、直樹はクシャっと頭を撫でてくれた。 と、何やら直樹の懐で動くものが。 「あぁ、すまない。苦しかったか」 そういって直樹が出したのは… 「サク!!!」 僕の胸に飛び込み、甘えるように擦り寄ってくる。 「無事だったんだね、サク」 「幸人の大切な友達だろ」 だから、丁重にお連れしたんだ。 そういって、直樹は笑った。 「ありがとう、直樹」 お礼を言った僕に 「櫻も…無事でいる。安心していい」 僕が気にかけていたことを取り除いてくれた。 「さて、二人にも話さなければならないな」 事の始まりを。 直樹の言葉に真次と友一は強く頷いた。 「我々は、何故このような事になったのか、全く検討がつかぬ」 「始まりは幸人がこの世に生を受けた時に遡る。産まれてすぐ、幸人の元へ巫女が現れる。その巫女は言った。『この子は呪われし子。人ではない力を持ち、災いをもたらすであろう。だが、18に成りし時、神へと捧げるのであれば、全てを浄化し、村へ繁栄を与える存在となろうぞ。それまで、屋敷から外には出してはならぬ。出せば災いが起こるであろう』そういって、巫女は去っていった。先代はその言葉の通り、幸人を屋敷に閉じ込め続けてきた。そして…18になる幸人を…」 「神へと捧げようと…」 友一の言葉に、直樹は頷いた。 「あまりにも惨いではないか」 真次が拳を握る。 「幸人には、確かに人ではない力があった。だが、それは災いをもたらすような力ではない。木々と、話が出来る。それだけだ」 「では、何故!!!」 「思い込まされたのさ。呪いの力。そう聞いただけで誰も幸人には近づこうとはしない。確かめる事など誰も考えなかった」 それに… 「先代は、その言葉を信じてしまう理由があったのさ」 「…理由?」 「そう、それはまだ話す事は出来ないが…」 「でも…」 思わず呟いた。 「何?幸人」 「僕が…逃げてしまったら、あの村は…」 「当主!!何をおっしゃってるのですか。誰かを犠牲にして得る繁栄など何も意味などありませぬ」 真次の言葉に 「そうです。そのような考えしか出来ぬ村ならば…栄える価値などありませぬ」 友一も続く。 「しかし…」 項垂れた僕に直樹がそっと語りかける。 「大丈夫。心配しなくていい。全てが偽りなのだから」 「…偽り?」 友一が問う。 「そう、偽り。巫女の言った言葉は、全てが偽りだ。いや…巫女そのものが偽りだったのだ」 「どういう、事だ」 真次の言葉に、直樹は淡々と続けた。 「それも…今はまだ深くは話せない。だが、巫女は先代に恨みを持っていた女がその恨みを晴らす為に現れたのだ」 だから… 「幸人は何も気にすることはない」 直樹が言う。 「…何故、直樹は知っているの?」 尋ねると 「何故だろうね」 と、笑う。 「それよりも、これからどうすればいいのだ?」 真次の言葉に 「追っ手は必ず来る。このまま抜けては見つかるであろうから…少し姿を変えよう。一先ずある方の屋敷へ避難させて頂く事になっている」 「ある人?」 友一が首をひねる。 「幸人は…きっと好きだと思うよ」 そういって、笑った直樹はすぐに真剣な顔に戻る。 「幸人、これから先…大変な事が沢山あると思う。でも…」 直樹はまっすぐに僕を見据えた。 「俺が…必ず幸人を守る」 真摯な眼に、思わず吸い込まれそうになる。 「我々も…必ず当主をお守り致します」 真次と友一の声。 「皆…ありがとう」 僕は…幸せだ。 たとえ過ごして来た日々が辛く悲しいものであったとしても。 僕を、ここまで大切にしてくれる人達がいる。 それだけで、僕は十分幸せだと思えた。 どんな事があろうとも…僕は、生きていこうと思う。 彼らが、傍に居てくれるかぎり。 TOP |
第5話です。 何とか5話。どうやらどんどん長編へ向かっている感じ(苦笑)。 今回はちょっと説明回って感じですが。いや、一番の伏線をうっかり書かないように気をつけるのが大変でした(笑)。 思わず書きそうになりましたよぉ〜。気をつけないと…。 これから、色々ある予定。フフ…色々ね(意味深)。 |