+第6話〜月影〜+

一晩、小屋で過ごした僕等は、翌日早々から隣町へと向かう事にした。
追っ手は今の所は見当たらない。
「無事に抜け出せそうだな」
真次の言葉に
「まだ、気は抜けないさ。奴らは執念深い」
フっと苦笑する直樹。
「隣町に行って、どうするつもりだ?」
友一の問いかけに、直樹は馬に乗るのを止め、僕らの方へ振り向き、答えた。
「ある人の所へいこうと思う。そこで、逃げ延びる為の準備をさせてもらおうと思ってる」
「ある人とは、一体…」
真次と友一が首を捻ると、直樹は僕を見て笑った。
「幸人と、とても近しい人だ。きっと好きになる」
そして、真っ白な美しい馬に乗り、僕らへと声をかけた。
「ゆっくりはしていられない。先を急ごう」
直樹同様、凛とした表情の美しい毛並みの馬がゆっくりと歩みを始めた。
「承知した」
真次は僕を馬に乗せ、そして僕の後ろに乗り込む。
「参りましょうか、当主」
サクを…しっかりと抱いておられるよう。
真次の言葉に、僕はサクをしっかりと抱きしめた。
そのまま、馬は走り出す。
櫻が…また遠退いてしまった。
++ ++ ++
月が、地面を静かに照らす頃、僕らは町へと入った。
馬を引きながら、直樹に連れられ先を急ぐ。
僕は、とにかく周りを見回していた。
家の外に出た事のなかった僕には、目にする全てが珍しく、とても素敵なものに見えた。
僕の村もそうだったのだろうか。ゆっくりと見渡せば、素晴らしい景色や珍しいものが見つかったのかもしれない。
でも…僕には、それすらも叶う事のない夢物語だったのだ。
母が…母が育った場所を、もっともっと深く知りたかった。
「幸人、疲れたのか?」
直樹が心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫。何でもないよ」
そう笑って答えた。…自分では笑っていたつもりだった。
「泣くな」
一言、そう言われて僕は驚いた顔で直樹を見つめ返した。
「泣いてなどいないよ」
「そうか?ならいいけどな」
そういいながら、直樹は僕の頭をクシャっと撫ぜた。
その手の、温かさに。
その心の、温かさに。
僕の眼は、自然と涙で溢れていた。
「幸人…いつかは、帰れる。櫻にも逢える。だから…」
今は、耐えるんだ。
その言葉に、僕は更に深く俯いた。
溢れ出す涙を直樹に見せたくなかった。
僕は、なんて弱いのだろう。
一人では、息をする事すら出来ないのではないだろうか…。
真次や、友一。そして直樹に甘えてばかりで。
僕は何一つ彼らの役には立てないというのに。
不図沸き起こった自分の不甲斐無さに、更に涙が零れ落ちてきた。
「幸人…」
困り果てた直樹の声。
そして、
「当主、具合でも悪いのですか?」
友一の心配そうな声。
「少し、休みましょうか?」
優しい、真次の声。
あぁ、僕はこんなにも温かい愛情に囲まれている。
僕は、涙を拭い、顔を上げた。
「ごめん、ちょっと疲れているみたいだ」
そう言って、僕は少し笑う。
「幸人、もう少し歩く事になる。馬に乗った方がいい」
直樹が言う。
「いいよ、大丈夫。歩けるから」
断ったと同時に、僕の体は軽々と持ち上げられた。
「これから、もっと辛い長旅が待っている。甘えられる時は甘えていいんだ」
俺が…俺達が傍にいる。
「…ありがとう」
そう言って、僕は大人しく馬に乗った。
それしか、言えなかった。
それ以上、口を開けば…
また、泣いてしまいそうだったから。


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第6話です。
あれ…、新たな登場人物と出会うところまでいかなかった(滝汗)。
今回の部分は、全く書く予定のないものでした(ぇ)。
書いてる内に、どうしても彼らの愛情の深さを書き込んでいきたい衝動に駆られまして…(苦笑)。
結局ほとんど進んで無いじゃん(爆)。
えっと、次回は新たな登場人物が登場です。
といっても、私の連載ですから、出てくる人はほぼ決まってますけどね(爆)。