+第9話〜過去〜+

「それは…今から18年前」
直樹は、静かに語り始めた。一つ一つの言葉を、ゆっくりと繰り出してゆく。
重く、静かな空気が僕等を包んでいた。
++ ++ ++
ある村に、一人の女が住んでいた。
その女はある村の、由緒正しい男と恋に堕ちる。だが、その男には妻がいた。
それでもいいと、女は言い、必ず一緒になる、と男は言った。
ある日、女は身篭った。男は喜び、毎夜女の元へと通ってきた。
そして、幼子の誕生。
最初こそ、愛でた男だが、ある事に気がついた。
幼子は、人ではなかった。
姿形は人であれ、妖術を操る幼子は、男から見て尋常ではなかった。
幼子は、人で無い者の姿を眼にし、そして言葉を交わす。
この世に産まれてすぐに言葉を発する幼子は男にとって、物の怪以外の何者にも見えなかった。
それ以上に…その幼子は触れずとも物を繰る力をもち、その眼は紅く、妖かしの眼であった。
「おやめ下さい」
女の言葉も聞かず、男は刀を振り上げる。
「この子は、まだ産まれたばかり。何の罪がございましょう」
泣きすがる女に向かい、男は言った。
「これから、災いをもたらすであろう。呪われておるのだ」
「後生です!!」
女を振り切り、男は刀を振り下ろす。
         ッ」
幼子の、最後の叫びが、屋敷中に響いた。
男は、そのまま出て行った。
女はすでに息絶えた我が子を胸に抱き、ただ泣き続けた。
いつまでもいつまでも。

その亡骸が朽ち果てるまで


暫くして、女は風の噂を聞いた。
男の元に、子が産まれたと。
我が子と同じ、男子だと。
我が身を不幸にした男に、幸せが訪れようとは。

「許せぬ…」
女は涙を止めた。
「我が子の命、返してもらおうぞ」
お主の、吾子の命をもって。
その時、女は物の怪となった。
恨みを抱く女の念は、女をあるべき姿へと戻していった。
白狐。それが女の姿であった。
変幻自在に姿を変える白狐。
女は巫女へと姿を変え、男の元へと急いだ。

「お気をつけくださいませ。この吾子は呪われし子。人ではない力を持ち、災いをもたらすでありましょう。ですが、18に成りし時、神へと捧げるのであれば、全てを浄化し、村へ繁栄を与える事となりましょう。それまで、屋敷から外には出してはなりませぬ。出せば災いが起こりましょうぞ。必ず、村は滅びゆく。捧げよ、18を迎えし日に…その命を」

そう言って、女は去った。
女はわかっていた。男はその言葉を信じるであろう、と。
なぜなら、先に生まれた子も呪われし子であったから。
「苦しむがいい。刀に裂かれ、泣き叫んだ我が子のように」
女は、笑った。声を上げて。
天を仰ぎ、涙を流しながら…

++ ++ ++
僕は…涙が止まらなかった。
父は、なんと罪深き事を。
「幸人、泣くな」
直樹が言った。
「お前は何も悪くはない。幼子は、弟であるお前を心から愛しいと思っている」
「え?」
「自分の分まで、お前に幸せになって欲しいと願っている」
「何故…直樹がそれを…?」
尋ねた僕に、直樹ではなく…真次が答えた。
「直樹殿…お主が、その幼子なのか?」
直樹はゆっくりと頷いた。
「まさか…」
友一の言葉に、僕もただ首を振る。
そんな…そんな…
直樹は…父に殺されたのか。
まさか。
死人ではない。そんなはずは無い。何故なら、僕を宥める直樹の手は、いつでも温かいのだから。
心地よく響く心音は、何よりも僕を安心させてくれていたのだから。
「直樹…」
思わず口からこぼれた言葉。
「直樹は我等と同じなのだよ」
慎吾の言葉が耳に届く。
「亡骸が朽ち果てようとも、魂は消えずと残ったのですね、妖力によって」
朝幸が続ける。

あぁ…何を言っているのだろう。
言葉が、ただの音としてのみ頭に届く。
何を、言いたいのか。何を告げているのか。
意味がわからぬようになってしまった。

ただ一つ思う事がある。
僕は、狙われて当然なのだ。
父のした事は、それほどまでに罪深き事だ。
逃げてはいけない。
僕は受け止めるべきなのだ、自らの宿命を。

「当主!!!」

呼ばれているのか?
誰が?
誰を?
もう…何もわからない。
信じたくない。
わかりたくない。


直樹は…
空蝉ではないというのか。



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第9話です。
えっと、直樹の正体が明かされました。
って事で。幸人のお兄さんだったんですね。しかも人じゃなかったのね〜。ってそりゃわかるわな(笑)。
幽霊、ってのとはまたちと違いますが。まぁそんな感じですね。
ね、引っ張った割りにたいした事なかったでしょ?(爆)
さて、この間、ネタというか、ある台詞が不図思い浮かびまして…はやくそれを書きたいのですが、まだ到達しておりません。
いつになる事やら…