月影
第四話


花柳の衣を纏い
舞い踊るは優雅なり
主のへの想いを静かに
扇の先へと乗せながら

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眼を覚ますと、とうに朝催ひの頃も過ぎており
慌てて身支度を整える。
不図、眼をやれば、静かに寝息を立てる康哲の姿。
「……昨日は、少しいらぬ事を言い過ぎた」
頼りにしておる、など
花柳の鮮やかな深ひ青の衣に手を通せば
「……御主は、本当に女子のように美しき色の着物が似合う」
欠伸の後に言われた言葉となれば
「褒められておるのか?」
振り返り、聞き返したくもなる。
「他に、どう聞こえると?」
口端を上げて笑う康哲に
「……もうよい。はよ朝催ひの仕度をせねば、智がまた臍を曲げる」
帯を結んで襖に手をそえる。
「何、この時まで智殿が何も言わぬとなると……翔が何かを作っておろう」
ゆっくりと起き上がった康哲が大きく伸び上がる。
「どちらにせよ、しっかりとした朝催ひを求めてそろそろ騒ぎ始めるやもしれぬ。行くに越した事はない」
二人で廊下へと出て、智の下へ向う。
その途中、庭に眼をやり、康哲が呟いた。
「慎吾の衣のような、鮮やかな景色ぞ」
智も、そう喜んでくれるであろうか。
狙われている、と判っているからこそ
些細な事柄でもいい……
心を
穏やかに出来るように
それが
それだけしか
我が智にしてあげられる事はないのだから
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「慎吾、遅いのじゃ」
思うた通り、口をへの字に曲げている智へ
「少々寝苦しい夜であった故、眠れずにおったのだ」
と、かえして朝催ひの仕度へと取り掛かる。
「慎吾殿はいと偉しと感心致しておったのだ」
翔殿が語りかけてくる。
「何故ゆえ?」
「智の我侭に、何も言わずしたがっているではないか。我には出来ぬよ」
小さく笑い、智を見る翔殿。
「我は、我侭ではないのじゃ。それに慎吾は文句を言ってるのじゃ」
小さく膨れる智に、出来上がった膳を運び、ゆっくりと置く。
「まぁ、よいではないか。文句を言っても、仕度は欠かさぬ。さて、温かき内に食べてはどうだ?」
香りに誘われて、智が座る。
「翔殿もいかがであろうか?」
「頂くとするよ。慎吾殿の手料理は美味しいと、康哲からいつも聞かされているので楽しみにしておったのだ」
「御主、何を余計な事を……」
康哲を睨みつけると
「嘘は申してない」
さがなし笑いを浮かべて、
「俺にも頼む」
と、当たり前のように座った。
「全く。御主は……」
呆れてものも言えぬとはこのことぞ。
心のうちにて悪態をつき、大人しく膳を運んだ。
「翔、今日はどうするつもりだ?」
康哲の問いかけに
「うん。陰陽寮へいきなり出向くわけにも行くまい。まずは、外から探りを入れてみる事にしよう」
「我も何かすべき事があろうか?」
「康哲は……屋敷におれ。何かあれば、式を飛ばして知らせる。留守に屋敷を襲う者がおるやもしれん」
「……我も、何かを出来ぬだろうか」
思い切りて尋ねれば
「康哲と……この屋敷を守っておくれ?」
智が柔らかく微笑んだ。
「我は……智の為に何も出来ぬ」
思わず、口をついた言の葉が、堪えていた涙を誘う。
「何を言う。慎吾はいつも、私の帰りを待っていてくれるではないか」
「それが……何だというのだ?」
「慎吾が、待っていてくれているからこそ、我は帰ろうと、力を奮い立たせるのじゃ。一人では、もう負けてしまおうかと思う時も……死を選ぶが楽かと思うときも……慎吾が、屋敷で待っていてくれている、と思へばこそ、何があろうとも、慎吾の元へ帰ろうと思へるのじゃ」
涙が、溢れた。
「あぁ、泣くでないよ。美しき顔が台無しぞ?」
智が慌てて、袖で拭う。
「されど、止まらぬ……」
止まらぬのだ。
嬉しくて
智の言葉が
想いが
何よりも大事だと
告げてくれているようで
それだけで、
智の役に立てていると
認めてもらえたようで
「慎吾殿」
翔殿の言葉に顔を上げれば
「今日は、智は寮へは午後から行くと言う。折角美しき青柳の衣を纏いておるのだから、一つ、舞を見せてはくれまいか?」
微笑む翔殿。
「舞?」
「智が、いつも文に書きてくるのだ。慎吾の舞はこの世のものとは思えぬほど美しい、と」
「……智、何故そのような事を……」
「嘘は申してない」
……お主等、あまりにも似過ぎておらぬか?
知らずもれた溜息が、涙を連れ去っていった。
「慎吾。舞っておくれ?我は、慎吾が美しく舞う様を見るのが何よりも好いておるのじゃ。かように美しき花柳の背子を纏っておるのだから」
言われて、す、と立ち上がった。
智は、心もとなし気持ちを紛らわせたいのだ。
翔殿も、それを思うて、言うたのだ。
ならば
我は、智の為に舞おう。
我の舞で
智が
少しでも
心穏やかになれるのであれば
誰よりも優雅に
何よりも美しく
智の為に何度でも



我の中の
心もとなし想いは隠して
post script
*さがなし……意地悪
**この時代の「青」とは、今の「緑」の事です。あしからず……

■後書■
前回、古文の言葉遣いに必死になったところ、非常にわかりズらい小説が出来上がってしまったので(爆)今回は、既に元に戻っております(笑)。
つーかね、めんどくさいのよ、古文で書くと(爆)。


今回は、嵐の前の静けさといいますか……
此処から、何かしらの事件がおきる序章といいますか……
その前に、慎吾の心情を書いておきたかったので、初めて慎吾目線で書きました。
次回は元に戻ります、多分。


なんだかね、彼らの日常さえ書ければ……
別に事件とかおきなくてもいいよ、とか思っちゃって(爆)。

彼らの、ただ、何気ない日常とかを書き綴っていければ幸せだなぁ〜って(爆)。

でも、そんなわけにもいきませんから、ちゃんと事件を起こしたいと思います(笑)。

今回は、前回出し忘れた色のテーマ部分を強調(笑)。
音楽のテーマを乗せたら、色の事すっかり忘れてて(爆)。
1話ずつに色を決めようとおもってたのに……
でも、多分今後も忘れる(爆)。
出来る限り、色を隠しテーマに入れていきたいと思います。

優雅に舞う慎吾の舞を是非是非見たい〜vv






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