「本家とのつながりが持てるはずだったのにな」
「ご両親は特に何もおっしゃってませんけど、本当は女のお子様を御所望だったのでしょう?」
「本来なら、男子が生まれれば喜ばれるのですけどね」
「特殊ですもの…お家柄がね。財閥の跡取りよりも…堂本家との繋がりの方が魅力的だと思いますわ」
「結局、跡取りがうばわれる形で子供を出したわけでしょう?婚姻、でしたら血縁という関係が作れましたのにね」
世間で、どんなに噂されても…両親はまったくそんな事は考えていないという事もわかっているけど…
「女っぽくったって女じゃなきゃ役に立たないよな。所詮貰われっ子だ」
「お情けで本家へ入る事を許されてる程度だろ?」
「なんであんなヤツ。どうせたいした能力だってないんだろ?」
小学校からは、他の子供たちと一緒に学びなさい、と町田方の父が言った。
だから、今までの堂本家での修行だらけの日々ではなく、学校へ通うことにしたのだ。
「友達、沢山出来るかな?」
嬉しくて、町田方の母に尋ねたら
「そうね…出来るといいわね」
と何故か少し寂しそうだった。
「よく、わかったよ…お母さんの気持ち」
帰る準備をしていた手を止めて、外を見る。
思わず、机に肘をついて、溜息をつく。
窓の外を眺めながら、町田は周りの言葉が聞こえないように、意識的にシャットダウンした。
保護者から…まだほんの子供のクラスメイトまで。
誰もが堂本家と懇意にしたいと願っている人たちの集まりなのだ。
そんな中に、養子、ではないにしろ、小さい頃から堂本家に引き取られるような形で修行を続けていた自分が入ったら…
「僕だって…好きで入ったわけじゃないのに」
まだ堂本家跡取りである光一にも会ったことはない。
家でもなかなか会えず、それに学校でも町田が逃げるように帰っているため、逢う事はなかった。
それに、本当の両親の元で暮らせないというのは子供には結構辛いことだった。
「お父さんは…僕を見ると溜息をお付きになるし…」
気がついていないと思っているのだろうか。
「はぁ…」
また、知らずに溜息が漏れていた。
「おい」
急に呼ばれて、町田は慌てて振り返る。
「な、に?」
「お前、どうやって取り入ったんだ?」
「何が?」
「とぼけるなよ。お前なんかより、俺の方が絶対にふさわしいはずなんだ」
「…」
「そうだよ。俺だって!」
どんどん囲まれていく。
日々、細かい苛めは多々あった。
入学してから1週間。
毎日のように、靴を隠されたり、机に落書きされたり。
陰口を叩かれたり。鞄の中身をゴミ箱に投げられたり。
それでも、一言も聞かず、とにかく淡々と耐え続けていたのだ。
何かを言えばまたやられる。
逆らえばもっと酷い事をされる。
だから…黙っておとなしくしていたのだ。
なのに…結局苛めはエスカレートする。
「ホラ、なんとか言えよ!!」
髪をつかまれ、顔を上に向かされる。
「ホント、顔だけ見たら女みたいだな、お前」
「将来はお嫁さんになるんだろ?」
笑い声が響く。
どうして…
「どうして、こんな事するの?」
思わず、尋ねていた。
眼に自然と涙が浮かぶ。
「お前が、才能ないくせに、堂本家に取り入ったりするからだよ!!」
頬を叩かれる。
瞬間
教室のドアが...
勢いよく開かれた。
「誰が才能ないって?」
その凛とした声に、クラスの生徒が全員背筋を凍らせた。
一歩一歩、その声の主は近づいてくる。
自然と、クラスメイトが道をあけていく。
そのあいた道からゆっくりと歩いてくる。
「その手を離せ」
痛がってるやろ?
そして、僕の目の前に立った。
僕をかばうように、僕に背を向けて、彼らから僕を遮断してくれている。
「お前等は、なにを知ってる?この子のなにを知ってるというんや?」
沈黙が続く。
「下らん苛めなんぞするようなヤツらはどんな事があっても堂本家の敷居は一歩たりとも跨がせへん。お前等のくだらない親にもそう言うとけ」
凛とした声が教室中に響く。
「わかったら...お前等全員ちゃんと謝れ」
まだ、沈黙が続く。
「お前等、わかってへんなぁ。この子は...この中の誰よりも類稀な能力がある。辛い修行も受けてる。何もとりえのない人間を、堂本家が入れるとでも思っているのか?それは堂本家への侮辱ととっていいんだな?」
挑発するようなその言葉に、クラスの全員が一斉に僕に謝罪の言葉を発した。
「ごめんなさい...」
思わず、涙がこぼれた。
今まで耐えていた涙が一斉に...
「お前等、早く帰れ。今回の件は学園側へも報告させてもらう。今日は大人しく家にでも帰って親に話して今後の対応を考えるんやな」
お前等は堂本家を敵に回した。
ざわめきが起きる。
そんなざわめきを一喝するように、また声が響く。
「はよ去ね!!」
その言葉に、全員がバタバタと鞄を抱えて出て行った。
「さて、と」
そう呟くと、その声の主は僕へと振り向いた。
「大丈夫?怖なかったか?」
フワリと頭に乗せられた手。
温かくて、優しい手。
また、涙が溢れた。
「あぁ、もう。そないに泣くなやぁ。どないしてえぇかわからんわ」
さっきとは別人のように、困ったような声。
「ほら、泣くな」
その優しい手が、僕の涙を拭ってくれる。
「立てるか?」
言われてコクリと頷いた。
「ほな、帰るで。鞄持ったるから」
そう言って、僕の手を引き、椅子から立たせる。
まだ、泣きやめない僕。
「あぁ〜しゃぁないなぁもう」
その言葉と同時に、僕は手を引かれて、引き寄せられた。
パフっ。
優しく、抱きしめられて。
僕はビックリして、おかげで涙が一気に止まってしまった。
「泣き止んだか?」
「うん...」
「なんや、ちゃんと喋れるやん。ほら、帰るで」
そう言って、僕を優しく離し、鞄を掴むと、手を差し伸べてくれる。
僕は顔を上げて...はじめてその姿を眼にした。
「素敵...」
思わず呟いていた。
その笑顔が...とても輝いていて。
キラキラと輝いていて。
「これから、何かあったら俺に言えよ?俺が助けたるから」
そういって、またキラキラとした笑顔をくれる。
「ありがとう」
何とかそれだけいう事が出来た。
「そうや...はじめましてやったな。忘れとったわ。よろしく、俺、堂本光一」
彼が...光一君。
初めて逢えた。
そして、こんなに素敵な人だったなんて。
僕とあまり歳はかわらないはずなのに、とっても大人で、とっても優しくて。
「帰ろう、町田」
クイっと手をつながれて、引っ張られた。
僕の顔はきっと真っ赤になってる。
嬉しい。
すごく嬉しい。
光一君が素敵な人で本当に嬉しい。
この先、どんな事があっても、何があっても、初めて眼にした、あの光一君の笑顔を思い出せば乗り越えていける気がした。
お父さん、僕を堂本家へ入れてくれてありがとう。
おじ様、僕を引き取ってくれてありがとう。
女の子としては産まれてこれなかったけど。
僕は光一君の為に、どんなことでもすると誓います。
僕は、本当に辛かったんだ。
なのに、一瞬で僕を地獄から救ってくれた。
だから、僕はなんだってするよ。
感謝しても感謝しつくせないから。
■□■□■□■□■□■□■□■□
「光一君〜
♥」
光一の書斎のドアが勢いよく開かれた。
「なんや、町田?」
顔を上げずに問いかけた光一に
「約束してたセーラー服〜♪」
と答える町田。
思わずギョッと顔を上げる。
「...約束した覚えはない」
不思議な事に似合っているのが少し怖いな、と思いながら光一が呆れたように答えた。
「酷いよ〜折角光一君に喜んでもらおうと...」
項垂れる。
「...町田。俺がお前のセーラー服で喜んだら、軽く引くやろ?」
「ううん!嬉しい!!」
「...あのな。お前は少し目を覚ませ」
あの約束は親父達が勝手に...
そこまで言った光一の言葉を町田は遮る。
「お父様達の約束は関係ないの」
「じゃあ、なんで?秋山や屋良と同じでえぇやろ?」
「違うの!!僕にとって光一君は...僕を助けてくれた白馬の王子様なんだもん!!」
手を胸の前で組んでキラキラした眼をさせる町田。
「...あ、そう」
ガクっと項垂れる光一。
「ありがとう」
「何が?」
項垂れたまま聞き返す。
「今までも、これからも。あの時の約束どおり、いつも僕を助けてくれて」
ありがとう。
「なにを言うてんねん。改まって」
照れくさくて思わず苦笑してしまう。
「言いたかったの。本当に感謝の気持ちでいっぱいだから」
それだけ!!
言ってる方も恥ずかしいのか、町田はクルリと背を向けてパタパタとドアへと向って走っていく。
「あ!!」
「なんや?」
「今度、これで一緒に写真撮ろ...」
「撮らん」
「...意地悪」
「えぇから、はよ着替えてこい。お前が体を張って感謝を表現してくれたお礼に、何処かへ気晴らしにでも行こう」
そう言って光一は立ち上がる。
「ほんとに?」
「あぁ。丁度仕事も煮詰まってたところや。気分転換も必要やしな」
せやから
「はよ、着替えて来い」
「わかりました!!」
そう言って町田はパタパタと走り去っていった。
「やれやれ」
思わず苦笑する。
「ありがとう...か」
本当に言いたいのは、自分の方なのだけどな。と光一は思う。
あの時、跡取りが嫌でしょうがなくて。
学校へ行くのも億劫で。
自分が特別な人間だという事が
自分のせいで周りが争っているという事が
苦痛でしょうがなかった。
そんな時、
そんな事は全く感じさせず、
ただただ優しく可愛い笑顔を振りまいて家へとやってきた町田。
癒されたのだ。
その笑顔に。
その空気に。
だから、その笑顔を曇らせるやつらがどうしても許せなかった。
元気がない、と父から聞いた日から、ひっそりと調べ上げていたのだ。
人の為に、こんなに熱心に頑張ったのは初めてだった。
助け合う事の素晴らしさも学べた。
そして、助けた相手に「ありがとう」と言われるのがどんなに嬉しい事かもしった。
だから、本当は...
「俺が言わなあかんねんなぁ〜」
まだ、言った事はないけれど。
「ありがとう」
呟いてみる。
町田だけじゃない。
自分達の全てを賭けて光一を支えてくれている彼らに。
「今度、言ってみようか」
びっくりするやろな〜。
「特に秋山はビックリしすぎて眼ぇとか見開いて余計リアルになるかもわからんしなぁ〜」
.........
「やっぱやめとこ」
その瞬間を想像して、肩をすくめた光一だった。
言葉にしなくても
常に思っているよ。
それでも
やっぱり言葉にしなきゃ
伝わらない事だってある。
だから、
照れずに
感謝を込めて伝えよう
「ありがとう」
■□■□■□■□■□■□■□■□
はい!番外編です!!
町田さんが光一になつく理由と、姿とセーラー服姿をどうしても書きたくて(爆)。
勢いで何も考えずに書いてたら手が止まらない止まらない(笑)。
長い割りに内容なくてごめんなさい!!
でも...個人的に大好き(爆)。
本当は、これのお題ではなくて、別のにしてもっと長く書こうかと、途中で本気で思ったりもしましたが。
それをしてしまうと、もう「ありがとう」でネタが浮かばないような気がしたのでやめました(笑)。
いつも、結構真面目な短編が多いので(?)今回は少しギャグも入れてみました(笑)。
いかがだったでしょうか?
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