当たり前の日常〜逃亡者 外伝〜
「今日は、終了」
午前での診察までで、今日は終わり。
少し遅めの昼食を、これから皆で取るために、慎吾は「本日終了」の札を入り口にぶら下げた。
家に戻ろうとすると、後ろからパタパタと元気のいい足音。
「ただいま!」
声と共に、背中にドサリ、と感じる重み。
「お帰り、朝幸」
負ぶさってきて、甘えるようにこすり付けてくる頭を撫でてやる。
「慎吾、今日忙しかった?」
「そうでもないよ?今日は手術の予定もなければ、急患もなし」
「そっか。お手伝いする事出来ないけど……慎吾が暇って事は、いい事だよね?」
「ん?どうして?」
「だって、苦しんでる人が少ないって証拠でしょ?」
ニッコリと笑う朝幸が微笑ましくて、
負ぶさってる朝幸ごと部屋へと戻る。
「朝幸、お腹すいた?」
「もうペッコペコ!」
「じゃあ、すぐ作るから、ちょっと降りてね?」
ポンポンと、頭を叩くと、より一層ギュっとしがみついてくる。
「朝幸?」
「慎吾、あったかい」
「く、苦しいんだけど……」
「だって……慎吾に逢いたかったんだもん」
たった午前中だけ離れていただけなのだけれど。
グリグリと頭を擦り付けて甘える仕草が、まるで猫そのもので。
それでも、やはり少し大きくなった朝幸は背負い続けるには聊か重い。
「と〜も〜ゆ〜き〜!」
苦しくて叫んだとたん、ヒョイっと背中が軽くなる。
「慎吾を困らせるんじゃないよ」
振り向けば、すずっくんに襟首掴まれて引っぺがされた朝幸の姿。
……ホント、猫みたい。
クスリ、と笑う僕に
「慎吾〜!助けて!」
と、手を伸ばしてくる朝幸。
「ダ〜メ。慎吾はこれから、俺たちの昼食作りに忙しいから」
すずっくんはそう告げて、
「お母さんの邪魔しちゃ、お父さん怒っちゃうけど」
と朝幸のおでこをチョイっとつついた。
「誰がお母さんで、お父さんなわけ?」
思わず聞き返した僕に
「ん?お前がお母さんなら、俺がお父さんだろ」
と笑うすずっくん。
「勝手に言ってれば?」
付き合いきれない、という顔で肩をすくめて見せて台所へ向う。
時間がかかると、朝幸が我慢できないだろうし。
今日は、朝幸の大好きなオムライス。
作りながら、不図視線をダイニングの二人へ向ける。
「朝幸、学校はどうだった?」
「ん?やっぱり勉強は難しいけど……頑張る」
「そっか。わからないところは後で見てやるから。……友達は増えた?」
「ん……少しだけ」
「朝幸は、可愛いから大丈夫。皆優しくしてくれるって」
ガシガシと朝幸の頭を撫でるすずっくん。
「恥ずかしいよ〜康哲ってば」
朝幸は、すっかりすずっくんに懐いてる。
こうしてみると、本当に親子のようで、微笑ましかった。
「さて、と」
出来上がったオムライスをテーブルに運ぶ。
「朝幸、大野呼んで来てくれる?」
「は〜い」
ヒョイっと椅子から立ち上がり、走って大野の部屋へと向う。
「成長早いなぁ〜」
それを見ながら呟くすずっくんに
「……なんか、本当にお父さんみたいだよ?」
と笑ってやると
「お前も、本当にお母さんみたいだけどな」
とニィっと笑われた。
「朝幸も学校に通うようになったんだものね」
「大野ももうじき仕事復帰出来る」
「あの事が……全て夢だったんじゃないかって思えるよ」
「夢だったら……どんなに良かったかな」
隣に腰掛けた僕の髪を、すずっくんが優しく撫でた。
「お前の眼も……失う事はなかったのにな」
言われて、フワリと笑って見せた。
「見えるから、失ってはいないよ?」
それに……
「朝幸が、好きだと言ってくれたから」
この眼を……綺麗だと、好きだと彼は言ってくれたのだ。
「だから、平気」
「そっか。そうだな。……俺も、綺麗だと思うよ、お前の眼」
優しく笑うすずっくんは
「大野も、やっと戻ってきた。松葉杖をついて歩く事だって出来る。朝幸も、クスリの副作用もほぼ無くなってきた。もう……何も嘆く事は何一つないんだな」
「そうだよ。これからは、皆で一つ一つ幸せを積み重ねていくだけだから」
こうして、
「皆でご飯を食べて、笑って、話して、時折喧嘩して。そんな当たり前の日常が、とても幸せな事なんだって事を僕は知ってる。あの事があったからこそ、この幸せに気付く事が出来た、と。今は心からそう思ってる」
「お前も、成長したなぁ〜」
いつのまにか銜えていた煙草をはさんだまま、すずっくんは僕の頭をグシャグシャと撫で回す。
「ちょっと!やめてよ!」
「なんだよ〜いいじゃねェか」
「子供じゃないんだから!」
「いいのいいの。たまにはお兄さんに甘えなさいって」
「何言ってんだか」
「……あんま、大人になるなよ」
不図、寂しそうな声音にすずっくんを見ると
「離れてく感じがして、結構寂しいモンなんだぜ?」
煙草の煙を吐き出しながら、フっと笑った。
「……バッカじゃない?っていうか、禁煙だから、此処」
照れ隠しにとりあえず言い返し、
それでも
「僕は、いっつも甘えてばっかりだと思ってるんだけどね」
と、聞こえないように呟いた。
「お待たせ〜!」
朝幸の元気な声に
「今日は、オムライスなんだぁ。美味しそう」
と、嬉しそうな大野の声。
ゆっくりと、朝幸の肩を借りて歩いてきた大野は、何とか椅子に座ると太陽のような微笑をくれる。
「慎吾、いつもありがと」
当たり前に
繰り返される日常だけど
こんな
何気ない
些細な言葉が
些細な行動が

幸せを運んでくれる。

何よりも
幸せなのは


こんな

当たり前の日常を過ごす事が出来るという事。

「頂きま〜す!」

いつもの様に食べる二人を見て、少し涙が出てきた事は内緒。

バレない様に、少し下を向いて、一口スプーンを銜えたら

「ずっと、続くといいな」

パフっと優しく置かれた手と、優しい言葉が
心に届いた。

「ずっと、甘やかしてやるさ」

聞こえてた事の恥ずかしさより
乗せられた手の……
届けられた気持ちの……
例えようのない温かさに

隠すはずだった僕の涙は

大粒になって

ポタリ


一滴落ちていった。
post script
う〜ん。本当はもっとギャクっぽい感じで書こうかとも思ってたんだけど。
どうやら、今気分的に町田さんを幸せ気分で泣かせたいらしい(笑)。
当たり前の日常って、すごく大事な事なんだって事を伝えたかったんだけど……
ちゃんと伝わってないような気がして、微妙だな〜。
っていうか、現在、私の中で今更ながら鈴木康哲強化月間中らしく(爆)
カッコイイ役は康哲へ、みたいな事になってるようです(笑)。
そして可愛い役は全て町田さんで(笑)。

それにしても、すっかりお子ちゃまキャラな屋良ですが……年齢設定的に本当は町田さんと3歳くらいしか違わないはずなんだけど(苦笑)。
もう、寧ろ忘れて下さい、年齢設定(爆)。

NOVEL