「慎吾、慎吾」
縁側から呼ばれ、急いで向う。
「何の用ぞ?」
「お茶」
「…」
「おー茶」
「…全く」
寝転がったまま、此方を向こうともせず、智が言う。
呆れて物も言えぬ、とはこの事か。
慎吾はひっそりと溜息をついた。
「智。茶を飲む時くらい起き上がったらどうだ?」
お茶を入れて戻ってきた慎吾に言われ、智はやっと体を起こした。
「眠い」
「…お主、朝からずっと此処で横になっているが、仕事はどうした?」
「都からの呼び出しは今日はないよ。今日は日が悪い。大人しく寝ておるのが一番じゃ」
「...と、言い逃れを申して、断ったのだろう」
「まぁ、よいではないか。たまには穏やかに過ごしたい」
ほら、
と、自分の隣を手で軽く叩き、座れと促す。
「仕方があるまい。付き合おう」
隣に腰掛け、空を見上げた。
「気持ちのいい天気だ。空気も澄んでおる」
大きく伸びをすると、智が此方を向いた。
「慎吾。このような日は...思い切り飛びたくなりはせぬのか?」
「...それは」
ない、といえば偽りとなるだろう。
だが。
「飛ぶのも気持ちがいいが...こうして智とお茶を飲むのが私にはあっているのだと思う」
とても、癒されるのだよ。
そう言って、智を見て笑った。
「慎吾...すまぬ」
「何故謝る?私は智の手で、2度目の命を与えられたのだ。感謝こそすれ、どうして恨む事がある?」
「私は...お主から、空を奪ってしまった」
項垂れる智。そんな智に、慎吾は柔らかく微笑んだ。
「奪われてなど。こうして、この空の下、二人でゆっくりとお茶を飲む事が出来るではないか。これ以上の幸せが何処にあるという?」
それに
「いつでも好きな時に、蝶へと戻る事は出来る。飛びたくなれば遠慮せず飛ぶよ」
そう言うと、智はやっと笑った。
「そうか。ならば、よい」
「それよりも...先日助けたあの子猫は...」
尋ねると、智は「あぁ」と笑った。
「大丈夫、明日には術も終わり、式へと転生する。彼も...慎吾のように、言ってくれるであろうか。私は彼から、この空の下を自由に走り回ることを奪ってしまった」
「智...気に病む事はない。我等は何も奪われてなどいないのだから。元の姿に戻り、自由に走り回り、飛び回ることはいつでも出来る」
しかし
「私は、今は飛びたいとは思わぬ」
しっかりと眼を見て話す慎吾に、智は問い返す。
「何故?」
「何故?決っておろう。お主が飛べぬではないか」
眼を丸くする智に、慎吾はふわりと笑い告げた。
「このような晴れ渡る日に、飛ぶのなら、お主と飛びたいからな。一人では面白くはないよ」
智にも見せてやりたい。
「上から見る世界も綺麗なものだぞ」
「そうか...一度見てみたいものだな」
智も笑った。
「しかし...」
慎吾は、もう一度空を見上げて呟いた。
「やはり、智と並んで見る世界が、一番美しいと思うよ」
その言葉に、智も無言で頷き、空を見上げた。
この先、何があっても、決して離れぬ事を誓おう。
雲ひとつない
晴れ過ぎた空の下で。
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お題です。
晴れ過ぎた空の下で。
これは櫻で書こうと思ってました。
で、智と慎吾二人が出会ってから間もない頃のお話にしようかと思ってたのですが...
結局、朝幸を拾った直後くらいのお話になってしまいました。
今度、櫻の前のお話...智が慎吾や朝幸と出会っていくお話を書こうと、今考えておりますので、もう暫くお待ち下さい。
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