「そろそろ、帰って来るかな?」
立ち上がり、台所へと向う。
「あぁ、その前に」
不図足を止め、廊下に戻り、奥の部屋へと進む。
途中、改装して使えるようにした医療室に立ち寄る。
「これでよし」
一式を手にして、奥の部屋の前に立つ。
ドアを開け、声をかけた。
「大野。起きてる?」
尋ねた相手は、体を起こし、外を見ていた。
「起きてるよ」
振り向き、少し不満そうな顔を見せる。
「何。機嫌よくないね」
「...だって、寝てばっかりだよ。退屈」
あぁ〜あ。と大きく伸びをすると、慎吾に向かい、肩をすくめてみせた。
「仕方ないだろ?まだ、起き上がるのは無理だよ」
いいながら近づき、隣においてあるチェアへと腰掛ける。
「もう平気だよ。大分調子もいいんだ」
そう言って口を尖らせる。
止まっていた時間が長いせいなのか...大野は少し子供っぽい部分を見せる。
それはもしかすると...自分が悲しみや苦しみを多く経験しすぎ、成長しすぎてしまったせいなのかもしれない。
「あと少し我慢すれば起き上がる事が出来るんだから、」
ほら、手を出して。
「また?」
「早く歩きたいでしょ?」
「...ちぇ」
大野は大人しく...というか、ブツブツと文句を言いながらもゆっくりと横になり、腕を差し出した。
消毒し、針を刺そうと、近づける。
「ッ…」
大野の表情が引きつる。
まだ、トラウマは残っている。
彼にとって、針を近づけられる事は、実験を意味するのだ。
「...ごめん。どうしても、直接血管に射れる方が効き目がいいんだ」
「...大丈夫。こっちこそゴメン」
そう言って、大野は目を瞑り、顔を背けた。
意識を他に向けようとしているのだ。
胸が痛んだ。
「...大野」
思わず射すのをためらう。しかし、大野の為なのだ、と思い直し、ゆっくりと針を射した。
「慎吾、そんな顔しないで、笑っててよ」
気が付けば、こっちを見ていた大野がそう呟いた。
大野が少しでも安心できれば、と微笑んだ。
流量を調節し、大野の方へ視線を戻す。
「大丈夫?」
尋ねると、大野はコクリと頷いた。
「ダメだね、まだ慣れないや」
苦笑する大野が意地らしくて、切なくて、頭をそっと撫でた。
「今、体内吸収率のいい、カプセルの開発をしてる。もう結果が出るところだ。鈴木はすごいよ。研究を始めたら食事も寝ることも忘れてしまうみたいだ」
笑って言うと、大野も笑った。
「相変わらずだね、すずっくんは。ありがとう、僕の為に。僕も早く元気になって、皆の手伝いがしたいよ」
「ホント、大野の頭脳に早く手助けしてもらえれば、鈴木の睡眠時間も増えるんだろうけど」
「様々な研究を続けながら、開業医をするのも大変だろ?体、壊すよ?」
「大丈夫。そんなに患者は来ないよ」
こんな辺鄙なトコまでね。
笑ってやると、大野は真面目な顔で首を横に振った。
「腕がいい、とわかれば、どんなところにだって人は来る。患者が押しかけてくるのは時間の問題だよ。まっさんだって、こっちに来るんだろ?だったら、両方の評判で、一気に忙しさが増していくよ」
「大丈夫。まっさんの方はともかく、医者は僕一人だ。そんなに評判になるわけないよ。ま、それまでに大野が元気になって手伝ってくれればいいじゃない」
そう言って、僕は立ち上がった。
「じゃあ、少し眠った方がいい。2時間は動けないんだから」
「そうだね。しょうがない」
そう言って、大野は目を瞑ろうとして...不図こっちを見た。
「何?」
「慎吾。いつも...ありがと」
「何?どうしたの?」
少し、聞こえなくて聞き返したが、大野は首を振った。
「何だか、言いたくなっただけだから」
大野は、日の光のように柔らかい笑顔を見せた。
胸が、温かくなる笑顔だった。
部屋を出ると、玄関の方でバタバタと音が聞こえた。
「しまった。先に帰ってきちゃった」
慌てて玄関に向う。
「ただいま、慎吾!」
息を切らせている。
「走ってきたの?」
「うん。だって、早く帰りたかったんだもの。僕がいない間、患者さんとか来た?忙しかった?」
「大丈夫、ゆっくりさせてもらってた」
そういうと、「そっか」と笑って頼んだ買い物を差し出してきた。
「はい。コレでOK?」
「うん。ありがとう。助かるよ、朝幸」
「僕、ちゃんと買い物できるようになったでしょ?」
「そうだね。すごいよ。朝幸は偉いね」
クシャリ、と頭を撫でてあげると、嬉しそうに笑った。
朝幸は、とても綺麗な猫になったな。
そう思って、思わずフっと笑ってしまった。
「何?」
「いや、野良猫だった頃とはすっかり見違えるようになったなって思ってね」
「ひどいや。猫じゃないってば」
ふくれて見せてから、
「そういえば、ご飯は?」
と尋ねてきた。
「そうだ!ゴメン。大野と話し込んでたら、まだ準備できてないんだ」
思い出して、慌てて台所へ向う。
後ろから、朝幸の抗議の叫び声が聞こえる。
何気ない、日常の1コマ。
それでも。
そんな時間が、物凄く幸せな時間なんだと、強く思う。
大野と、朝幸と。
皆の笑顔を見る事が出来る。
皆が笑顔でいられる。
それが、幸せなんだと心から思う。
「慎吾、手伝う?」
ヒョコっとドアから顔を覗かせる朝幸。
「いいよ、座って待ってて」
言うと、テーブルについた。
頬杖を付きながら、こっちを見て、ニコニコと笑っている。
「どうしたの?何かいいことあった?」
「ん〜?」
答えになっていない声を出して、またニッコリと笑う。
「朝幸の笑顔は、僕をいつも幸せにしてくれるね。大野の笑顔も僕を温かくさせてくれる。二人の笑顔はとても素敵な力を持っていると思うよ」
思わず本音を漏らすと、朝幸がびっくりしたような顔をした。
「慎吾、何言ってるの?」
「え?」
「わかってないんだね、慎吾は」
そう言って、朝幸は笑った。
「僕にとって、慎吾の笑顔は何よりも宝物なのに」
今度、驚くのは僕のほうだった。
「僕は、ずっと慎吾の笑顔を見たくて、守りたくて戦ってきたんだもの。どんな事があっても、慎吾の笑顔を見ると、元気になれた。勇気が持てた。何よりも、強力な魔法みたいに。薬なんかより確実に僕の精神を安定させてくれたんだ」
「朝幸...」
「だから、毎日笑っていてね?僕が、いつでも慎吾の笑顔を思い出せるように。笑顔しか思い出せないくらいに」
「朝幸...ありがとう」
思わず、涙がこぼれた。
「泣かないでよ。笑ってって言ったのに」
慌てて立ち上がり、僕に駆け寄ってくる朝幸。
慰めようとしているのか、抱きついて頭をグリグリと僕の胸にこすりつけている。
「やっぱり、猫みたい」
笑ってしまった。
「...もう、いいよ。猫でも。慎吾が笑ってくれるなら」
そういいながらも、少し不満そうな目で下から見上げる朝幸。
「約束、しよう」
「約束?」
「僕も、朝幸の為に笑顔でいる。だから、」
「だから?」
「朝幸も、ずっと笑顔でいて欲しい。この先、これから辛い事もあるかもしれない。泣きたいときは泣いてもかまわない。それでも...必ず最後には笑顔でいて欲しい。約束、出来る?」
尋ねると、朝幸は大きく頷き、満面の笑顔を見せた。
笑顔。
それは、全ての人が持つ特別な魔法なのかもしれない。
誰かが、一人でも自分の笑顔を必要としてくれているのなら。
笑っていたい。
その人が
笑ってくれるように。
『いつも 笑顔をみせてくれて ありがとう』
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はい!番外編です!!「君の笑顔」!!
これは「逃亡者」の大野君と町田さんで書こうと、心に決めておりました。
が〜!!本当は二人しか出さないはずだったんですけど...なぜか後半朝幸ちゃんに持ってかれてしまいましたね(苦笑)。
でも、最後の締めは大野さんで。
書きたい事がいまいちうまく表現できてない気もしますが...いかがでしょうかね。
う〜ん、失敗だったらやだな(凹)。
そのうち、また逃亡者で番外編でも書きたいなぁ〜と思いました。
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