ただ一つだけ。
この世に、産まれ落ちたその瞬間から
僕の生きる道は決っていて
それを、当たり前に受け入れて生きてきた。
いや
受け入れるしか術がなかった。
僕には、拒否する事は許されない。
それは、死を意味するから。
仕事以外、部屋から出る事を許されない僕の為に
何不自由なく与えられる食べ物や、衣服。
指を鳴らして執事を呼べば、欲しい物は全て手に入る。
どんなに高価なものであろうとも。
でも
本当に欲しいものは
手に入れる事が出来ない
どんなにお金を払っても
僕の手に入る事はない
だから
諦めて生きてきた
望む事を止めようと
心に蓋をして
感情を押し殺して
ただ
与えられた使命を果たす
それだけの為に
生きてきたのだ
それでも
もし
望む事が許されるのならば
僕の願いは……
ただ一つだけ。
今日、また一人のヴァンパイアを消滅させた。
ヴァンパイアといえども、命を奪う行為をした事には変わらない。
でも、僕は何も感じない。
任務が成功しようが失敗しようが
罪悪感にも焦燥感にもかられる事はない。
ただ
目の前の仕事を黙々とこなすだけ。
最近、ヴァンパイアの数が増えている。
おかげで、僕が外に出る事も多くなった。
寧ろ感謝したいくらいだ。
仕事を終えて、自宅となっているホテルへと帰る。
電話をすればすぐに迎えが来る。
でも
「月が、綺麗だから」
折角の外の空気。
もう少し吸っておきたかった。
月の
突き刺すような
氷のような月の光を
もっと浴びていたかった
僕を
冷たく射抜いて欲しい、と
心の奥深くで、思っていたのかもしれない
それは、少し
罪悪感にも似た
無意識の懺悔の様に
突き刺されるような空気の中に
身を委ねていたかった
そうして、もうすぐホテルに着くという頃に
「この匂い……」
仕事柄、五感は通常の人間よりも鋭い方だ。
血の匂いと……獲物の匂い
「また、狩らなきゃいけないかな」
誰ともなく呟いて、その匂いに近づいた。
そして
姿を両目に捕らえた
その瞬間
僕の世界は
大きく揺れた
朱色の水の中心に浮かぶ漆黒の塊
小さな
とても小さな子供だった
彼なら……
僕を理解してくれるかもしれない
咄嗟に思ってしまったのだ
何を理解して欲しいのか
何故、彼なら理解してくれると思ったのか
そんな事はわからない
わからないけど……
その時の僕は
とにかく、彼を捕まえたい一心で
咄嗟に言葉が口をついていた。
「大丈夫?」
その時の、彼の怯えるような、驚いたような瞳。
警告音は
その時からずっと鳴っていた
彼は、ヴァンパイアだ。
僕にはわかる。
他の人間なら気がつかないかもしれないけれど。
僕にはわかる。
本来、彼は僕の獲物だ
だけど
黙っていればいい
彼に、僕の正体さえ気付かれなければいい
彼はきっと
自分の正体を明かすことはない
そうすれば、
「きっと、上手くやっていける」
彼に聞こえないように小さく呟いた。
「僕の家、すぐそこだから」
彼を抱えあげて、歩き出す。
あぁ、やっと
僕は手に入れる事が出来るのかもしれない
その為なら、僕はどんな事でもしよう
初めて
初めて自分の運命に逆らおうとしているのだ
今まで、忘れようとしていた
「自我」
を、取り戻そうとしている
僕を
取り戻そうとしている
僕は
友達が欲しいんだ
本当に
僕を理解してくれる友達が
特別な境遇で生きていく事を定められた僕の
本当の理解者が欲しいんだ
彼は
きっとわかってくれる
彼も
きっと特別なモノを抱えている気がするから
「スーツ……」
彼の呟いた言葉に、自分の体に視線をやる。
真っ白なスーツに
彼の紅色が、鮮やかに染み込んでいく。
僕らの運命が
混ざり合っていくようで
ちょっとだけ、嬉しかった
僕には
そんな権利はないのかもしれない
それでも
もし
望んでもいいのなら……
神様
僕の願いは……
ただ、一つだけ
「光と影と、」の外伝となりますこの作品。
外伝というよりも、プロローグ的な……
あのお話の前にこんな事があったのよ、的な。
本当は慎吾の心情とかはもっともっと連載の中盤とかにも書き込んでいくつもりだったので、
この場で出すつもりはなかったのだけど。
でも、やっぱり語っておいてもいいかなぁと。
この連載、とっても好きなので。
今後は、短編もちょこちょこ書いていけるといいなぁ〜って。
本編では書ききれなかった部分を、書いていければと思ってます。
NOVEL