櫻舞う。 -「櫻」外伝-
「朝幸、朝幸?」
門からほとほとと音が鳴り、「客人か?」と思い、手が離せぬ故に朝幸を呼んでみたものの、一向に返事がない。
「仕方がない」
慌てて手を止め、戸口へと向う。
「何だ、お主か」
引き戸を開け、その姿を目にして、慎吾は溜息をついた。
それならば、あんなに慌てる事もなかった。
「つれないな。せっかくお前に逢いに来たというのに」
肩を竦める。
「何、どうせ使わされたのだろ?智なら留守ぞ」
「気長に待たせてもらうまでだ」
そう告げると、勝手に入っていく。
「康則。お前には遠慮というものはないのか」
呆れながら後ろを追いかける。
「遠慮?お前と俺の間にそんなものが必要か?」
「お主と話していると少々頭が痛くなる」
「それは光栄だ」
切れ長い眼が慎吾を見て笑う。
「…もうよい」
奥の部屋へとたどり着くと、康則は我が物のように胡坐をかいた。
「おや、朝幸は?」
慎吾はお茶の用意をしながら、答える。
「それが、いないのだ。先程から何度も呼んでいるのだが…」
言いながら、康則へと茶を差し出す。
「すまない」
微笑んで、康則は茶を口にする。
「お前の淹れる茶はいつも美味いな」
「智はいつも不味いと言う」
少し拗ねて言うと
「智殿は素直ではないからな」
康則は小さく笑った。
康則は、智と幼馴染である翔が使う式だ。本来の姿は「鷹」である。
遠く離れた土地に住むために、訪れる事はそう多くはない。
だが、智と翔は常にお互いを気にかけている間柄であるから、時々こうして互いの式を使いにやるのだ。
「さて、朝幸を探さねば」
慎吾は立ち上がった。
「俺も探そうか?」
「いや、お主は休んでおれ。一応客人だ」
そう告げて、慎吾は屋敷の隅々を探し始めた。
しかし、どの部屋を覗いても朝幸の姿がない。
「はて。どうしたものか」
慎吾の胸に不安がよぎる。
朝幸も式とは言え、まだ幼い。式への転生もつい先日終えたばかりだ。
魔に襲われ、両親をなくし、大怪我をしてしまった朝幸を、智が式へと転生させた。
智には常々「慎吾は朝幸を甘やかしすぎだ」と笑われるが…何故か放っておけぬのだ。
いつもは生意気で少々悪戯の過ぎる朝幸ではあるが、ついぞ甘やかしたくなる。
一人で出かけて、賊に襲われたりしていないだろうか。
そう思って、慎吾は背筋が震えた。
裏庭に続く廊下に出て、慎吾は不図思い立った。
「…もしや」
慌てて裏庭へと向う。
「…やはり」
慎吾の顔に安堵の笑顔が広がる。
裏庭に植えられた櫻の木。
その木の根元に体を丸め、朝幸は眠っていたのだ。
それはそれは気持ち良さそうに眠っている。
「まったく、外で寝るのなら、せめて本来の姿に戻ればよいものを」
あれでは、折角の着物が台無しではないか。
苦笑しながら、慎吾は庭へと降りる。
「朝幸、ほら、風邪を引くではないか」
体を起こすと、朝幸は薄っすらと目を開ける。
「…慎吾?」
「こんなところに横になって…あぁ、綺麗な着物が汚れてしまっている」
「ここは気持ちがいいのだもの」
櫻が優しく包み込んでくれているから。
「仕方がない」
慎吾は朝幸の横へと座る。
「もう少しだけだぞ?康則が来ているしな」
言うと、朝幸は嬉しそうに笑った。
「やはり、慎吾は優しい」
慎吾の膝に頭を乗せ、また猫のように丸くなる。
「全く、甘えん坊だな、朝幸は」
苦笑しながら、慎吾は朝幸の頭を撫でた。
時折、そよぐ風が、櫻の花弁を躍らせる。
ひらひらと舞い散る花弁が、朝幸と慎吾に降りかかり、まるで櫻に包みこまれているような優しく温かい気持ちになる。
「本当だね、朝幸。ここはとても気持ちがいい」
慎吾は、朝幸がもう眠っていて答えがないのを承知で呟いた。


「おや、こんなところにいたよ」
康則の声に
「全く。何をしているのだ、二人して。客人を放っておくなど」
屋敷に戻ってきた智が呆れたように呟いた。
「いいじゃないか。二人とも、とても幸せそうだ」
「やはり、慎吾は朝幸に甘いのだよ」
笑う智。
「そういう智殿は慎吾に甘いがな」
康則も笑った。

智と康則が優しく見守る視線の先には…

櫻舞う日差しの中で、寄り添い眠る二人の姿があった。



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はい、書きました!
一応、お題の最初という事で〜番外編扱いで。
最初はコインロッカーの番外編を書こうと思ってたんですが、どうしてもどうしても「櫻」の慎吾と朝幸コンビが大好きで(爆)。
この二人をメインに書きたくなっちゃって(笑)。
これはまだ、「櫻」の話に入る前のお話となっております。
ちなみに…外伝に登場の康則と翔は…本編には出てくる予定は全くありません(爆)。
「櫻」が終わったら、今度は智達をメインで続編を買いてみたいなぁと思ってるので、その伏線みたいなものと思っていただければ。

…こんな短編もいかがなもんでしょうか?


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