定位置〜逃亡者 外伝〜
何もかも取り戻したと思っていたけれど
まだ、足りていなかったんだって
心から、今想う。
僕の、目線の少し下。
肩が、少し触れる程度に
いつも在った、その温もり。
やっと、戻ってきたって……
今、
心から……そう、想う。
「おはよう、大野」
カーテンを開けに部屋へと向かい、まだ眠っていた大野に呼びかける。
「ん〜」
寝返りをうって、眼を擦る大野に苦笑して。
「もう、太陽は高くまで上ってるけど……いつまで寝てるつもり?」
ベッドまで近づいて、覗き込む。
「……ん〜あと、5分」
ゴロン、と枕に顔を伏せて悪あがき。
「だ〜め」
「……ケチ」
不貞腐れて、少しだけ視線を枕から外して僕を見る。
「酷いね、その言い草。折角、午後から休診にしたのに……」
大袈裟に、溜息をついて
大袈裟に、首を振ってやった。
「うそ!」
急に、眼を輝かせた大野に
「だから、せっかく午後からは大野に付き合おうかな〜って想ってたのにさ」
言いながら、じ〜っと見てやれば
「起きる!」
そう告げた大野は……
僕の手を借りなくても、体を起こせるようになってる
「今日は、朝幸も学校だしね。時間はたっぷりあるよ」
笑って、手を差し伸べる。
「だったら、今日はちょっと頑張ろうかな?」
笑いながら、その手を取る大野に
「いつも頑張ってよ」
突っ込みを入れてやる。
「わかってるけど……」
項垂れた大野の髪を、軽く梳いた。
「それもわかってる。大野は、頑張ってるよね?」
言えば、嬉しそうに笑顔を見せてくれる。
「ありがと、慎吾」
「さて、大丈夫?」
尋ねると
「大丈夫」
力強い、頷き
この瞬間が
何度体感しても
僕の心を喜びに振るわせる。
真剣な眼差しで
僕の手を借りながらも……
大野が
自分の足で
立ち上がる
この瞬間。
「あ、待って……松葉杖!」
叫んで、壁にかけてある杖を手に取ろうとすると
「今日は、いらない」
首を振る。
「どうして?」
尋ねれば
「今日は……慎吾が、支えてくれるでしょ?」
その笑顔が
僕の心を満たしてくれる。
二度と、見る事は出来ないと思っていたその笑顔
「仕方ないな、今日は特別」
踊りだしそうなほど、嬉しい気持ちを
軽口で隠して
肩を貸す。
ストン、と
心に、欠片がはまる。
今迄、欠けていたピース。
平和な日常
皆のとの生活
全てを、取り戻したと想ってたけど
初めて大野に肩を貸した時
初めて、まだ足りていなかったんだなって事実に気がついた。
僕の隣が……空いていた事を。
「天気がいいから、庭に出ようか?」
リハビリ室なんて、つまらない
大野と二人、並んで歩くのなら
輝く、太陽の下がいい。
僕達は、ちゃんと生きてるって
実感できる、場所がいい
取り戻した眼に
しっかりと、焼き付けておきたいから
いつでも
何時の時でも
僕の、隣は
君の定位置
そして、君にとっても
それが、定位置であればいい、なんて
ちょっとだけ、願ってみた。
これ以上願うのは、贅沢なのかもしれないけれど。
post script
短いけど
短いけど、これは絶対サトマチで!と決めていたので!!
書くなら逃亡者ってのも決めてたので!!
だから、絶対に、此処で智っさんが歩けるようになったシーンを書きたくて!!
いや、良かった……書けて。
永遠のシンメ。
ホント、いつまでもね。
NOVEL