ありがとう〜「逃亡者」番外編〜
「すごく、綺麗だね」
窓の外の、流れていく景色を見ながら、僕は隣に座る島田に話しかけた。
「…」
返事はない。
それでも、少しだけ、視線を窓に向けたところを見ると、少しは興味はあるようだ。
「電車に乗るの、初めてだから緊張したけど…景色も綺麗だし、楽しいね?」
そう尋ねると
「そうか?移動にこんなに時間がかかる様な乗り物の何処が楽しい」
と、全く興味なさそうに肩をすくめた。
そりゃ…今までの僕らの方が移動能力は高かったかもしれないけど…
「時間がかかるからこそ、景色を楽しめるんじゃないか」
そういうと、島田はフっと笑う。
「景色が何の足しになる?」
チラリ、と横目で見られて、僕は少し身を竦めてしまった。
「えっと…何となく、幸せな気分になれるじゃない」
そう呟くと
「そうか…お前は順応性が高いんだな」
いや、元々純粋なのか。
と、呟いた。
僕は…もう、何も言えなかった。
能力が消えたのはほんの3ヶ月程前だ。
鈴木さん達が開発してくれた薬によって、僕ら3人の能力は跡形もなく消えた。
良知君は元々そういう能力の持ち主だったらしく、薬によって能力を消す事はできなかった。
それでも良知君は
「元々持ってた力だから、別に不便はないよ」
と笑っていた。
僕らは…いや、僕と石田君は洗脳状態から抜け出すのも島田よりも早くて…屋良君達との触れ合いも少し長くて…
だから、能力が消えて、普通の生活を送れるようになったっていう事実だけで、とても嬉しく思えたけど。
島田は…精神が壊れていた時間が長かったから、まだ、自分の置かれている状況を理解し切れていないみたいだ。
いや、頭では…理論的にはわかっているけど…気持ちがついていかない、というのが正しいのかもしれない。
そんな島田の事を考えて、良知君は町田さん達に相談して、この旅行をプレゼントをしてくれたのだ。
「東京だけじゃなく、もっと自然の多く、空気の澄んだ場所に行って、静かに過ごせる場所で、ゆっくりとすれば、気持ちにもゆとりが出るんじゃないかな?一人では絶対に行くって言わないから…萩原が無理やり連れてってやってね?」
良知君はそう言っていた。
…だけど。
「僕じゃ、無理だよ」
思わず呟いた。
だって…僕の言語能力じゃ島田に勝てない。
結局、島田に景色のよさも電車でのゆったりとした旅のよさも、説明する事さえできないんだから。
「はぁ…」
溜息をついたら、島田の手が僕の頭をクシャリと撫でた。
「どうした、疲れたか?」
多分、他の人から見たら無表情に見えるだろうケド…僕にだけわかる優しさが見える顔で聞いてきた。
「ううん。そうじゃない」
首を振って笑って見せた。
島田を癒さなきゃいけないのに…僕は結局、いつもいつも島田に甘やかされている。
昔も今も変わらず。
そんな僕が、本当に島田を癒してあげる旅を提供できるのだろうか?
良知君は買被りすぎじゃないだろうか?
よっぽど良知君のが向いているんじゃないだろうか?
そこまで考えていた僕の横で、島田がゆっくりと足を組んで、僕をチラリと見た。
「まだ、つかないのか?」
目的地の温泉は、まだまだ先だ。
「ん、あと一時間くらいかな?」
「一時間も揺られていなけりゃいけないのか…うんざりするな」
そう言って、島田は少し苦い顔をした。
「ごめんね」
唐突に謝った僕に、島田は少しだけ驚いた顔をした。
これも、僕にだけわかる程度だけれど。
「何謝ってんだ?」
「こんな旅、つまんなかった?」
さっき、良知君がプレゼントしてくれた、といったけど、行き先を決めたのは僕なのだ。
ちょっと前にTVでやってて、とても素敵な場所だなぁって思ってて。
だから、島田も連れて行きたいって…一緒に行きたいって思ってたんだ。
僕があまりにもしょげてしまったのか、島田は少し焦ったように、困ったように、僕から視線を逸らした。
…しつこいようだけど、これも僕しかわからない程度で。
「別に、つまらないわけじゃない」
馴染めていないだけだ。
島田の呟き。
また…やってしまった。
島田は自分が「普通の生活」に馴染みきれていない事をすごく引け目に感じている。
それをなくしてあげたかったのに…
「ご…」
「すまない」
もう一度「ごめんね」と謝ろうとした僕の言葉に、島田の言葉が重なった。
「へ???え???なんで?なんで島田が謝るの?」
驚きすぎて素っ頓狂な声を出してしまった僕に、島田は少し苦笑しながら答えた。
「変化に対応する能力が乏しいんだな、俺は」
萩原に、迷惑かけてるよな。
申し訳なさそうな島田の声。
「そんな事ない!!僕は…僕は…ずっと島田に助けられて、支えられてきたんだもの!!せめて、少しでも島田の力になれたらって…」
だから
「こんな僕でも出来る事ないかなって。最近、島田疲れてるみたいだし、環境の変化でストレスたまってるだろうし、だからゆったりとした場所で少しでものんびりできればって…だって、僕には島田しかいないんだもの。まだ幼かった僕をずっと守り続けてくれた島田の為に…それに!!島田の事をわかるのも僕しかいないんだって思いたいんだ!!だから、島田が辛いって思うことを僕が解消してあげたいんだ!!」
思わず勢い任せに喋り倒して、僕は我に帰った。
「…萩原」
呼ばれて、急に現実に戻った気分で、僕の頭に血が上っていくのがわかる。
恥ずかしい…何を力説してしまっているんだか。
「…とう」
……
え?
「何?」
聞こえないほどの呟きだった為、思わず聞き返してしまった。
「いや、何でもない…萩原の言うとおり、少し疲れていたし、ストレスも溜まってた。自分の体の変化にも対応しきれないしな。萩原の言うとおり、ゆったりとのんびりするのもいいかもしれない」
少し…焦っていたんだ。
自嘲気味に笑った島田。
何度も言うようだけど、これも僕にしかわからない程度。
・・・っていうか、わかって欲しくないんだ、他の人には。
僕に島田が必要なように、島田にも僕を必要として欲しいから…
理解できるのは僕だけなんだって、僕自身が思い込んでいたいから。
そんな事をグルグルと考えていたら
「あと、一時間くらいって言ったよな?」
島田が前を向いたまま尋ねてきた。
「うん。そうだけど…?」
答えると、島田は足を組みかえ、腕を組み、僕を見た。
「萩原…さっきの話、ウソはないよな?」
「さっきの話?」
「俺の為に自分の出来る事をしたいって」
「あぁ、それ?もちろん、ウソじゃないよ」
そう答えたら、島田はニヤリと笑った。
…何?
ちなみに、これは…誰が見てもわかる、いわゆる「悪巧み」的な「意地悪」的な笑いってヤツだ。
「早速、してもらおうかな」
そう言ったと同時に、島田の頭が僕の肩に乗る。
フワリと揺れた髪が、僕の鼻先をくすぐった。
「えぇ!!!」
あまりにも意外すぎて!!だって、島田が!!島田が肩にもたれるなんて!!
「着いたら起こせ」
そう言って、島田は瞬時に寝息を立て始めた。
…ちょっと…恥ずかしい。
あまり人が乗っていないとはいえ、決して貸しきり状態なわけではなくて。
他にも色々乗ってる人がいるのに…
何となく、気恥ずかしい。
でも…
島田が僕を頼ってくれた。
それだけで、胸がいっぱいになった。
「ありがと、島田」
呟いてみる。
聞こえていないだろうケド...
と思っていたら、肩口あたりから声が聞こえた。
「一回しか言わないからな」
「な、何を?」
「萩原は…俺に助けてもらってばかりだっていうけど…本当は」
「本当は?」
「助けてもらっていたのは…俺の方だ」
「は?」
「だから…お礼を言うのも、俺の方だ」
「えぇ??」
「…ありがとう」
「!!!!!」
今度は…ちゃんと聞こえた。
照れてしまったのか、島田はまただんまりを決め込んで、寝たふりをしてしまった。
でも…そうしてくれて助かった。
だって、僕は嬉しさのあまり…大粒の涙を眼に浮かべていたのだから。
見られたら恥ずかしいものね。

こんな風に、少しずつ、弱さも、感情も。
見せ初めてくれたっていう事は…島田も、少しずつこの環境に、この世界に、馴染んできているって事じゃないのかな?
僕は勝手にそう解釈することにした。

肩には島田の頭が乗っている。
温かい体温が感じられる。
生きている。
僕らは、今、こうして生きている。
それが、何よりも嬉しかった。
時間がかかっても…ゆっくりと馴染んでいけばいい。
とにかく、生き延びる事が出来たっていう喜びを、今、すごく感じる。
ありがとう。
あの時、僕らを救ってくれた全ての仲間たちに感謝します。
僕から…島田を奪わないでくれてありがとう。
敵だった僕らを…助けてくれてありがとう。
僕らを「普通の人」に戻してくれてありがとう。

僕らは…とても幸せだと思う。

目的地までは、まだ時間がある。

僕は、この幸せをかみ締めるように…肩にかかる島田のぬくもりを感じながら、眼を閉じた。


□□□□□□□
あわあわ。
ありがとう。でございます。
最初は櫻で書こうかと思ったんですけど…
逃亡者の彼らをメインに持ってくるお話を書こうかと思いまして…
実は、実際に逃亡者とリンクする「追撃者」の小説を書こうかと思ってずっと考えているものですから…
まぁ、でもそれとは全く関係なく、「逃亡者」以降のお話となっております。
まだまだ、特殊な世界で生きてきた部分が抜けていないため、お互いを必要とする彼らの深い絆を描ければいいかなぁと。
幸人のキャラが若干違う感じもしますが、まぁ、それは3ヶ月で成長したんだと思っていただければ(爆)。

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