+雪の華+ 「雪だ…」 目の前をヒラヒラと落ちていった雪を、立ち止まり手のひらに受け止める。 それは、手の上に落ちたと同時に跡形もなく消えた。 「もう…こんな時期なんだな」 そりゃ、息も白いよな。 冷たくなった手を、ポケットにしまいこみ、島田はまた歩き出した。 また、この季節が巡ってきた。 「また、逢えたな」 島田はそっと微笑んだ。 とても冷たく、それでいて温かい。 大切な、大切な親友に。 それは、大切な思い出の中の約束。 ++ ++ ++ 「寒ぃ〜」 学校の帰り道。 島田は少し足早にある場所へ向かっていた。 それは、自分の家、ではなく。 自分の事をきっと誰よりも待ってくれているであろう親友の場所へ。 目の前に、ゴールである白い建物が現れ、島田は走り出した。 冷たい壁に覆われた、白い大きな建物。 病院 そこに友人はいた。 2ヶ月前から、体調を崩し、入院している親友。 でも、島田は知っていた。 彼は、もともと病気なのだ。 わかってるんだ。 見舞いに行った島田に、彼はそう告げたのだ。 もともと、期限が決まっている人生なのだと。 だが、彼はその後にこう続けた。 誰だって、そうなんだもん。ただ、人よりちょっと短いってだけだよ。 島田は、答えることが出来なかった。 何故、彼はそんなに強いのだろう。 そう、思った。 でも… 次の日、見てしまった。 彼がとても切ない目で、外を見つめていたのを。 その時、決めたのだ。 彼の為に、毎日ここにこよう。 そして、毎日、彼の代わりに、自分が色々な世界を見て、彼に教えてあげよう。 彼が、病室の窓からでは見る事の出来ないものを、代わりに見てあげよう。 そう、決めたのだった。 それから2ヶ月。 一日も欠かさず、病室の彼を訪ねては、その日の出来事や、紅葉の移り変わり、目に写したその全てを彼に話して聞かせてきた。 彼も、喜んでくれているらしく、今では自分が訪れるのをとても心待ちにしてくれているらしいと、彼の母親から聞かされた。 嬉しかった。彼の為に、もっと色々なものを見て…教えてあげよう。 そう思っていた。 建物に入る直前、島田は不図立ち止まった。 「…雪だ」 どうりで寒いはずだ。 島田は、また走り出した。 今年初めての雪を…早速彼に教えてあげるために。 「コラ!!病院内は走っちゃだめでしょ!!」 後ろから、注意され、振り向き「ごめんなさい!!」と謝りながら、それでも病室まで走っていく。 ドアを開け、開口一番に彼に告げた。 「雪だよ。雪降ってる」 そう告げると、彼は 「え?ホントに?」 と驚き、そしてカーテンだけではなく、窓も開けてくれと頼んできた。 ベッド横の窓を少し開けると、冷たい空気が部屋中に流れ込んでくる。 「寒い〜」 叫ぶ彼。 「そりゃそうだって。だから雪降ってんじゃん」 島田は苦笑して、彼に手を差し伸べた。 「大丈夫、今日は調子がいいんだ」 彼は、島田の手はとらず、自分で立ち、窓へと向かう。 「風邪、引くなよ」 島田の言葉に 「わかってる」 そうニッコリと笑い、窓の外に手を出す。 「ホントだ。雪だね」 綺麗だね〜。 そう微笑む彼。 島田は胸の奥の方が暖かくなる感じがした。 それは同時に、チクっとした痛みを伴うものでもあった。 続かない幸せ。 それでも、今は彼が笑ってくれているのが、島田にとっては何よりも嬉しい事だった。 「ねぇ、島田」 「何?」 「雪って…華のようだよね」 「華?」 「そう、ヒラヒラと降ってくるのが、散っていく花びらのようだと思わない?」 「あぁ、確かにそういわれれば…」 「それに…」 ほら。 彼が手の平を自分に見せる。 「ね?華の形してる」 そこにはゆっくりと解けていく、雪。 よく見ると、綺麗な形をした結晶だった。 「ホントだ」 同じように、島田も真似をして、手のひらを窓から出してみる。 その手の平に落ちた雪は、彼のように結晶を楽しむ間もなく、すぐに溶けてしまった。 「なんだよ…」 その時は、気づかなかった。 何故、彼の手に落ちた結晶は溶けることなく美しい形を見せていたのか。 今ならわかる。 彼自身が それほどまでに 冷たくなっていたのだ 体温すらも自由にならなくなっていたのだ、と 窓を閉め、ベッドに戻った彼は、不図島田を見た。 「何?」 「僕は…あの雪になる」 「は?」 「今、決めたんだ。雪になれば、毎年島田に逢う事が出来る。いつまでも、忘れないでいてもらえる」 「…っていうか、毎日逢ってんじゃん」 何言ってんの? そう笑った島田に、彼はとても切なそうな…それでいて、とても美しい微笑みを返した。 「島田と…いつまでも仲良しでいられるように」 僕は…綺麗な雪になる。 「そして、今日のように、島田を喜ばせてあげたいんだ」 今まで、僕ばかりが幸せをもらっていたから… 「今度は、僕が島田に幸せをあげたいんだよ」 真剣な、彼の眼差しに、島田は笑うのをやめ、答えた。 「俺は、絶対に忘れない。お前のこと…絶対に忘れないから」 彼は、その言葉に今までで一番幸せそうな微笑を返してくれた。 その一週間後…彼は、消えてしまった。 まるで、雪の結晶のように… 静かに…消えてしまったのだ。 あの日、彼は知っていたのだ。 期限が迫っている事を。 その日も、雪はただ静かに… 散りゆく花弁のように深々と降り続けていた。 ++ ++ ++ 「また逢えたな」 島田の言葉に答えるように、雪は舞い散る花弁を増やしていく。 島田はもう一度手を伸ばす。 その手に、次々と舞い落ちる雪の華。 冷たいはず、なのに温かく。 まるで、彼と握手を交わしているかのような感覚に陥る。 不図、空を見上げた。 「元気?」 思わず、問いかけた。 その問いかけの先に…いるであろう親友に。 次々と雪の華を降らせる親友に。 「今年も、綺麗に咲いたな」 あの時…彼に、教えてあげれば良かった。 彼が、喜ぶ姿を見る事が 自分にとっての幸せだったんだという事を。 彼の笑顔が 何よりも嬉しかったのだという事を。 「俺は…幸せを貰い過ぎてるくらいだよ。…なぁ、萩原」 思わず苦笑して、天を仰いだ。 空が キラキラと光って見えた。 まるで、彼の微笑みのように、優しく美しい光だった。 TOP |
短編、書いてみました。 あの…とっても暗い感じがしますが、私の中ではとっても幸せなお話のつもりなのです。 とても前向きに…とても幸せなつもりなんです。 いなくなってしまっても、今まで溢れるほどの幸せを与えてもらえた事。それに気付く事が出来た事。 この先、思い出す度に、その時の嬉しかった気持ちが蘇ってくる事。 その、全てが幸せな事なんだと。そんな思いも込めて、この短編を書きました。 今の時期に、これを載せるのはどうかと…とも思いましたが、私は、逆にこのお話は今の時期だからこそ浮かんだものだと思ってます。だからこそ、悩んだ結果UPしました。 読んでいて気付かれたかもしれませんが、最初は「彼」の名前は明かすつもりはなかったんです。 でも…やっぱり最後に出してしまいました(苦笑)。名前、呼ばせたかったんです。 |