第2話

「なんて呼べばいいですか?」
少年に聞かれて、僕はちょっと考えた。
「えっと…二人のときだけにしてね、呼ぶのは。他の人にばれると困るから」
言うと、少年はニッコリと笑った。
「わかってますよ。大丈夫です。僕だけが見えてるんでしょ?」
「そうそう。よかった〜理解の早い子で。僕の事は太一って呼んでよ」
「じゃあ、太一さんで」
「さんって…くすぐったいなぁ〜」
「…じゃあ、太一君?」
「うん、そっちのがいいよ。俺は何て呼べばいい??良知君?真次君??」
「どっちでも」
フワリと笑った。
「じゃあ、良知君ね。さっそくだけどさ。良知君ってすごくイイ笑顔してんね」
「そうですか?」
少し照れたような顔。
「うん、見てるこっちが幸せになれそうな感じ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」
そう言って、彼は頭を下げる。
「それで?」
頭を上げたと同時に尋ねてきた彼。
「で?」
「僕に、何か用があるんですよね?だから僕の前に現れたんですよね?死神かと思ったけど…そうじゃないって言うし…じゃあ、どういう…?」
困惑している彼に、僕はどう説明すればいいものかと、頭を悩ませた。
「えっと…あの…ほんとはね、僕、今の段階で君に存在を知られちゃダメなんだよね。僕は、君を見守るっていうか…」
いつもなら、魂を運ぶか、否か。二つのうちどちらか決っているのだが、今回はそうじゃない。
彼に聞かれた事は、僕だって聞きたいことだったんだ。
「僕の守護霊みたいなものって事?」
…う〜ん。
「まぁ、そんなトコって事に…」
しておいてくれ。ホント、自分でもわからないんだから。
「じゃあ、そういう事にしておきます」
良知君はニッコリと笑った。
「よかった〜」
心から出てきた言葉。
「何がです?」
「いや、正直言ってさ、僕、この仕事今日で二回目でさ。しかも一人でやるのは初めてで。超緊張してたんだけど…良知君、いい子でよかった〜」
何故かペラペラと喋ってしまっていた。極度の緊張が解けたせいかもしれない。
「お仕事、なんですか。大変ですね。人間と、何にも変わらないんですね」
感心したように呟く良知君。
「そうなんだよ〜。結局死んでからも会社勤めだなんて思ってもみなかった」
「…太一君、死んじゃったんですね」
ズキっとした。
今まで、客観的に「自分が死んでしまった」という事実を突きつけられる事がなかったから。
実際、長瀬に連れられて行った先は、人間として生きていたところと何にもかわらなかったし、自分で死んでしまっている、とわかってはいたけど、実際それが何?みたいな気分だった。
だって、生きていたときと、僕の生活は何一つ変わっていなかったから。
「そっか。そうだよな。俺、死んじゃったんだよな」
独り言のように呟いた。
「太一君??」
「忘れてたわけじゃないんだけど…自分でもわかってるんだけど…実感はなかったんだよね」
苦笑してみせた僕に、良知君はフワリと笑った。
「きっと、今が楽しいからじゃないですか?」
「え?」
「死んでしまったという事実さえ、軽く思わせてくれるほど、今の生活が楽しいって事ですもん。いい事じゃないですか。僕も、行きたいな〜」
また、ズキっとした。
今度は、自分の事じゃなくて。良知君のことだった。そう。彼はこれから、生きるのか死ぬのか。丁度境目に立たされているのだった。
「太一君」
呼ばれて、ハっと顔を上げた。
「何?」
「世界って、何色だと思います?」
へ??
「何色って…」
「直感でいいんです。何色だと思います?」
笑う良知君に、僕は少し戸惑ったけど…思ったとおりの色を答えた。
「蒼。綺麗な蒼」
そういうと、良知君はウンウンと頷いた。
「ほら、やっぱり。太一君は今、とっても澄んだ気持ちなんだと思う。幸せなんだ。だから、死んだって事も気にならなくなってるんですよ」
…確かにそうだ。
でも、
「何で?なんでわかるの??」
尋ねた僕に、良知君は「色ですよ」と笑う。
「世界が何色に見えるか。それで、その人の今の心がわかる。これ、僕が発見したんですよ」
得意げに笑う。
「でも、ほとんど皆同じなんじゃないの?」
僕の言葉に良知君は首を振る。
「違いますよ。人によって違うんです。太一君も、試してみてください。この答えで、その人が今どんな気持ちでいるのか、ある程度は見えてくるんです」
良知君は目を少し伏せて、続けた。
「僕は…眼が見えない。だから、話をしていても相手の表情が見えないんです。でも、その分、相手の声で感情を読み取ります。でも、それはある程度仲良くなってみないと、色々話す機会もない。だから、初対面の人に、この質問をするんです。そうすれば、相手の気持ちが少しわかる気がするから…相手のテリトリーに入りやすい気がするんです。僕はどちらかというと、敬遠されがちですから…自分から行かないと、友達が中々出来なくって」
「なんで?良知君、こんなにいい子なのに」
友達が出来ないなんて。
眼を丸くした僕に、良知君は笑ってみせた。
「誰もが、太一君のような考えを持ってるわけじゃないです。眼が見えない。それはやっぱり距離感を作る要因になるんです」
だから
「少しでもその距離感を縮めたいんです」
僕は、感動していた。
「えらいね。良知君ってすっごく偉いんだね」
「何がですか?偉くなんかないですよ」
苦笑する良知君。
「えらいよ〜。ホント」
ウンウンと一人で頷きながら、不図気が付いた。
「あれ、そういえばご両親は?」
「父は…いません。母は、病院に行ってます」
「お父さん…」
「僕が3歳の時、亡くなりました」
「そうだったんだ…」
「母は今、僕が入院するための手続きに行ってるんだと思います」
「入院?」
「ホントは、僕も一緒に行くべきなんでしょうけど…別に今日すぐ入るわけじゃないし。診断結果を聞くわけでもないし。本当にただの手続きだけだったので、今日は母が一人で。」
「えっと…どっか、悪いの?」
「僕ですか?…本当に何も調べてないんですね。お仕事なのに」
笑われて、思わず項垂れてしまう。
ホント、何にもわかってないんだよね、僕。
「ごめんね、準備不足で」
謝ると、良知君は笑った。
「謝らないで下さいよ。冗談ですから」
太一君って真面目なんですね〜。
そう笑って、彼は続けた。
「病気の事、僕だって詳しく知らないんです。難しい病気らしいって事は何となく…。移植が必要なんだって事も。でも…僕の体で一体何が起きているのか、僕はよく知らないんです」
僕こそ、勉強不足ですよね。
良知君は切なそうに笑った。
「入院って…いつから?」
尋ねると、
「多分…明日から」
「そっか…」
「ねぇ、太一君ついてきてくれるんですよね?」
「へ??」
「入院先にも、太一君は一緒に行くんですよね?」
「あ、うん。僕は君について回るから…」
「よかった〜。これで退屈しない。本も持っていくつもりだけど、読みきってしまったら、病院は何もする事がないから」
ニッコリと笑う。
「よし!!じゃあ、飽きないように、ネタいっぱい考えておく」
僕も笑った。
「ありがとう、太一君」
そう言った彼に、不図聞きたくなった。
「ねぇ、」
「なんですか?」
「良知君にとって…世界は何色に見えるの?」
そう尋ねると、良知君は迷わず、こう答えた。

「僕にとって、世界は…薔薇色です」
何言ってんだって感じですよね。
そう言って、良知君は笑っていたけど。

それは、とても力強い答えだったんだ。
だから…
僕は…

彼を、連れて行きたくはなかった。
助けてあげたい。

そう

思っていたんだ。







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第二話です。
何となく、進みが遅い感じもしますが、良知君の回はきっと次回あたりで終了します。
世界は薔薇色。
そう答えられるのって、すごい事ですよね。
私なんて、今聞かれたら「真っ黒」って言いかねないですね(苦笑)。





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