第4話

「もっかい!!」
長瀬の部屋で、僕は今、長瀬に向って必死に両手を合わせている。
「え〜!だって、太一君さっきも言ったじゃないですか〜」
「本当にこれで最後だから!」
「ずるいっすよ!」
「お願い〜…ダメ?」
首を傾げて覗き込んだ僕を見て、長瀬は溜息をついた。
「反則だ…太一君、お願いする時だけ可愛い」
「なんだそれ!」
「怒るならやりませ〜ん!」
「あ、うそ!ゴメン!!もっかい!!」
何をやっているかというと…
「な〜に騒いでんだよ、二人して」
突然、ドアが開き、呆れた溜息と共に、松岡が姿を現した。
「あ、まぼ!聞いてよ!太一君ってばさ〜」
「…はいはい。別に仲良くゲームするのはいいけど・・・仕事だよ、太一君」
「仕事?」
振り向くと、松岡は静かに頷き、親指で廊下を指す。
「リーダーが呼んでる」
「ありがと。…ゴメン、長瀬、行ってくる!」
そう言って、僕は勢いよく立ち上がる。
「え〜!!ゲーム〜!!!」
「さっきまで、嫌がってたじゃん!」
「それは、太一君を困らせてみたかっただけです!」
「意味わかんねぇよ!とにかく…松岡に付き合ってもらえば?」
そう言って、僕はドアを抜ける。
「…だぁ〜!!!そんな眼で見るなよ!やらねぇよ、俺は!」
後ろで、松岡の叫び声が聞こえた。

++ ++ ++
「失礼しま〜す」
此処に来るのは久しぶりだった。
そう、最初の仕事…つまり、良知君との仕事から、しばらく僕は仕事を受けていなかった。
リーダーが気を使ってくれていたのかもしれない。
良知君は確かにテイカーとして今元気に暮らしている。
それでも、あの悲しみは、事実として、僕の心に影響を与えていた。
リーダーはそこまで考えてくれていたのだと思うと、本当に感謝の気持ちでいっぱいなのに…素直にありがとうと言えない。
でも、それもわかってくれているから、リーダーも僕に何も言わない。
僕にとって、リーダーの存在はとても癒されるものだった。
「久しぶりやな、太一」
「リーダー、暫く見ない内に老けたね」
「なんや、思ってたより元気やな」
苦笑するリーダー。
「おかげさまで元気です」
「良かった。それやったら、もう出来るな?」
「…ゴメンね」
自分でもビックリするくらい、自然にその言葉が口をついた。
「あらら。素直やなぁ。せやけど、謝る事は何もないんやで?太一はなんも悪ないんやから」
そう言って、リーダーは柔らかく笑うと、手元の資料をペラペラとめくり…
「今度もまた、少年やけど…今回は目的ははっきりしてる」
手招きされて、僕はリーダーのすぐ目の前まで近づく。
僕の目前に、リーダーは資料を差し出す。
「目的はただ一つ。彼を助けてあげて欲しいんや」
「…助ける?」
「そう。彼を…助けて欲しい。太一になら出来るはずや」
「えっと…何か、問題でも抱えてるの?」
「とにかく、頑張りや」
何も説明してくれないまま、リーダーは僕にニッコリと笑いかけながら、資料を握らせて、「いってらっしゃい」と手をヒラヒラとさせる。
「…行ってきます」
こうなっては、何を言ってもリーダーは何も語ってくれない。
僕は諦めてシューターへと向った。
++ ++ ++
「よぉ、太一。久しぶりだな」
よ!っと手を上げる山口君。
「久しぶり。ねぇ、山口君はこの子知ってる?」
最近、周りのテイカーから色々と教えてもらったんだけど…山口君ってテイカーの仕事内容をリーダーと同じくらい知っているらしい。
「どれどれ…っと」
ヒョイっと覗いた山口君は口の形だけで「あ…」と呟いた。
「何?何かあるの?」
「や、別に…俺はわかんねぇな〜。とりあえず気をつけて行ってこいや」
苦笑いの山口君。
「ちょっと!何か隠してるでしょ!!酷い!山口君教えて!!」
腕を掴んでブンブンと振り回す。
「おい!やめろって!飛ばせないだろ!」
「…山口君の意地悪」
仕方なく、僕はシュータ内部へと向う。
「ホラ。いじけるなよ。俺だって色々あるんだよ」
ごめんな?
といいながら、山口君がPCを投げてよこす。
「何かあったら、一生恨んでやる」
睨みつけて、僕はシューターへと乗り込み、データNOを入力した。
「色々、大変だと思うけど…まぁ、行ってらっしゃい」
ニヤリと笑う山口君。やっぱり、何かあるんだ!
転送される直前、僕は力いっぱい叫んだ。
「山口君なんて大っ嫌いだ〜!!」
++ ++ ++
「って〜」
僕は思い切り地面に叩きつけられるように落ちた。
こんな事、滅多にないのに…。
どうやら、僕が感情を出しすぎてしまって、思わず実体化してしまったようだ。
「大変!」
このままでは、僕が担当する少年にも見られてしまう。
しかし、ここはどこだ?
キョロキョロと辺りを見渡すと、物凄く広いお屋敷の玄関先に僕は落ちたらしいという事までは認識できた。
「ここ…が、彼の…?」
ゆっくりと立ち上がろうとすると…
「…誰、アンタ」
重厚そうなドアがゆっくりと開き、出てきた少年とばっちりと眼が合った。
どうしよう…見られちゃったよ!!
「えっと…えっと…あの…」
オドオドしてしまった僕を、少年は一瞥する。
「またあの女か…」
小さく呟いた少年は氷のように冷たい視線で僕を見た。
「俺、勉強する気なんて全くないから」
そう言って、彼は門を開いて出て行こうとする。
「あぁ!!ちょっと待って!!違うんだ!!そうじゃなくて!!」
思わず呼び止めてしまった。
馬鹿だ…このまま、彼が消えてから、姿を消してついていけばよかっただけなのに…。
「…何?」
冷ややかな眼。
そう…この眼だ。
この眼が…僕に何かを訴えている気がして。
どうしても、放っておく事が出来ない。
もっと、彼と話がしたかった。
彼の事を、もっと知りたいと思った。
彼のあまりにも冷たすぎる眼が…僕を貫いてしまったのだ。
彼は…生きる事を拒絶している。
そんな感じがした。
「…あの。勉強って、どういう事?」
「は?」
「や、あの…僕、なんか君に勘違いされてるみたいだから…」
「だから、あの女が呼んだ家庭教師じゃねぇの?アンタ」
「違うよ、僕。そんな頭よくないもん」
「…だったら、なんでそんなとこにいんだよ」
言われて…僕には咄嗟の言い訳も何も出てこなかった。
「あの…僕は…君の…」
そこまで言って、ちょっと黙ってしまった僕に、彼は溜息をつく。
「…違ぇなら、どうでもいいよ」
そう言って、彼は僕から、視線をはずし、門から出て行ってしまった。
「あッ!!」
僕は慌てて追いかけた。
そして、彼の前に飛び出す。
「…んだよ、アンタ。いい加減にしねぇと、容赦しねぇぞ」
ギロっと睨みつけられて、僕は思わず足がすくむ。
それでも…
「君と…話がしたいんだ」
「は?何で?」
面食らったように彼は眼を丸くする。
「…君が、寂しそうだったから」
思わず俯いて、言ってしまってから、自分でも後悔した。
大馬鹿だ!!何言ってんだ!!突然こんな事言われたら、確実に引くだろ!!
慌てて謝ろうとして、僕は顔を上げた。
「ごめッ…」
「面白ぇな」
「は?」
今度は僕が眼を丸くする番だった。
「いいぜ、少しぐらい付き合ってやるよ」
ほら、行こうぜ。
そう言って、彼は歩き出す。
「あ、あの…!」
慌てて追いかけて隣に並んだ僕に、彼はニヤリと口の端だけ持ち上げて笑った。
「暇つぶし。久しぶりに、俺が面白いと思えたから付き合ってやる」
名前は?
「えっと…国分太一」
「太一か…」
「…君の、名前は?」
尋ねると、彼はどうでもいい事のように呟いた。
「島田直樹」
「島田…君」
「直樹でいい」
さて、何処に行くかな?
独り言のように呟いて、直樹は少し考え込んだようだ。
「あの…」
恐る恐る話しかける。
明らかに年下相手に、なんでこんなに怯えなきゃならないんだ、僕は。
「何?」
視線だけ僕に向ける。
「えっと…質問してもいいかな?」
「いいけど」
「…直樹にとって、世界って…何色?」
「何、それ」
「聞きたいんだ」
ダメ?
尋ねると、直樹は笑った。
「面白ぇ。何だかわかんないけど、知りたいなら教えてやるよ」
そう言って、直樹は僕の耳元に口を寄せると…
「ひゃッ!!」
慌てて、僕は耳を離し、手で押さえた。
「太一、いくつ?」
ゲラゲラと笑いながら、直樹が尋ねてくる。
「何で!!」
コイツ!!コイツ!!!腹立つ〜!!!
あろう事か、耳に息吹きかけやがった!!!
「だって、反応が子供だから」
一頻り大笑いした直樹は顔を上げて、ニヤっと笑う。
「顔、真っ赤だよ?」
ム〜カ〜ツ〜ク〜!!
「五月蠅い〜!!いいから質問に答えろ〜!!!」
わかった。リーダーも山口君も何も説明してくれなかった訳が!
こんな手のかかる悪ガキ、先に説明されてたら引き受けてねぇ〜!!!
怒りで更に真っ赤になっているであろう僕に、彼は急に真顔になって答えた。



「きまってるじゃん。世界なんて…漆黒の闇の中さ」

















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第4話です。
更新いたしました。
えっと、実は漆黒とかいた段階で「島田さんにしよ〜」と思ったので、そのまま島田さんにしました。
何を隠そう、もう一人悩んだ候補が居たのですが、別設定にしようと思ったので使いませんでした〜。
誰かといったら坂本君だったのですけどね(笑)。





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