COLORS 〜第九話〜 back next index
昨日、あのまま疲れきって眠ってしまった直樹はまだ起きてこない。
僕は、朝食の準備をして、起こしに向った。
「直樹、朝だよ?」
近づくと、苦しそうな直樹の顔。
「直樹?」
頬が紅い。
額に手を乗せる。
「やっぱり……熱出たじゃん〜」
「太一……?」
目を開けた直樹に
「寝てていいから。熱、出てる」
「平気……」
「な〜お〜き〜!!」
「……ごめん」
「よし。いい子だ!お兄さんの言う事はちゃんと聞きなさい」
「……だから、お兄さんに見えねぇんだって」
はぁ……と憎まれ口を叩くも元気がない。
「ちょっと、タオル冷やしてくるから待ってて」
「…………ありがと」
え?
今、ありがとうって言った?
「直樹」
「……何?」
「もう一回!」
「……はぁ」
「……あ、ごめん。嬉しくて調子にのりました」
「わかれば、いい」
……基本、力関係は変わんないらしい。
とりあえず、僕はタオルと水を取りに向った。
直樹の心は回復しようとしてる。
上手くいく。
この時の僕は、そう思っていた。
目の前に
大きな闇が渦巻いている事を知らなかったから。
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熱も大分下がって、歩けるようになった直樹が家に帰ると言ったので、送る事にした。
「ここで、いいぜ?」
家の近くまで来ると、直樹がそう告げた。
「家まで送るよ。昨日の事もちゃんと両親に説明しないと」
「……悪いけど、此処までにして」
曇った直樹の眼。
僕に不安が押し寄せる。
「直樹……」
「ありがとな。マジ、助かった。色々……カッコ悪いトコも見せちまったけど……良かったよ。太一と色々話せて」
「カッコ悪くなんかないよ」
「また、逢ってくれるだろ?」
「もちろん!」
「約束……覚えてる?」
「海!だろ?覚えてるって!」
「……じゃあ、コレ」
そう言って、直樹は紙の切れ端を差し出した。
これ、部屋にあったメモ紙だ。
受け取って、見ると……
「これ?」
「俺の携帯。気が向いたら、連絡してよ」
向かないなら、それでいいから。
ギュっと心臓を掴まれた気がした。
簡単には心の傷は癒せない。
直樹は、初めから諦める事に慣れ過ぎている。
「絶対、連絡する!」
力強く言うと
「そんなに、俺とデートしたいんだ?」
さっきまでとは全く違う、悪戯っ子の顔で笑った。
「直樹〜!」
「ハハッ!じゃな!太一、またデートしようぜ?」
そう言って、直樹は走っていった。
僕は……
なんだか、落ち着かなくて
胸騒ぎがして。
あの、曇った瞳が
どうしても気になって
直樹の姿が見えなくなったと同時に
通常体に戻って、直樹の後を追った。
すり抜けて、家の中へと入る。
直樹は……どこだろう?
すると
「何処に行ってたんだ!」
「何処だって良いだろ!」
「いい加減にしないか!彼女にどれだけ迷惑をかければ気が済むんだ!家庭教師だって、何人も断ってるそうじゃないか!」
「必要ねぇから断ってんだろ!偶にしか帰ってこねぇクセに口出すんじゃねぇよ!」
「お前は、私の後を継いで島田カンパニーを背負って立つ人間なんだぞ!!常にそれに相応しい行動を心がけろと何度いったら分かる!!」
「俺は……ッ」
「口答えするな!お前に選択肢はない!!」
「……ッ」
「彼女に謝るんだ!お前の母親だぞ!」
「……違う!」
「私の何がいけないっていうの!?貴方のお母様として、恥ずかしくないように常に努力しているのよ!どうして認めてくれないの!」
「……アンタが認めて欲しいのは俺にじゃないだろ!」
「いい加減にしないか!!」
バシっと大きな音がした。
同時に、ドンっとぶつかる音。
覗いた部屋には、頬を押さえたまま、壁際に座り込んでいる直樹の姿。
……殴られたんだ
すぐに分かった。
「お前が言う事を聞かないと言うなら……病院にいる直哉に後を継がせるしかないな」
父親の言葉に直樹の顔が強張った。
「……直哉は、関係ないだろ」
「お前の弟だ。関係ないわけないだろう。お前が言う事さえ聞けば、直哉はじっくりと治療を続ける事が出来るのにな。かわいそうな子だ。兄が反抗的なばっかりに……」
「……最低だな」
「お前が言う事を聞かないからだ。私だって、こんな事をしたいわけじゃない。自分の子供に対してね」
「……どう、すればいいんだよ」
「しばらくは、家から出るな。学校へも行かなくていい。家庭教師をつける」
「……」
「返事をするんだ!」
「…………はい」
吐き捨てるように返事をした直樹は、逃げるように階段を駆け上がって、部屋に閉じこもった。


酷い……
あんなに怪我だらけで
辛そうにしている直樹を見て
心配もしないで……
何も聞かずに……
脅すような真似をして……

彼らはわかっていない
殴られた頬の痛みなんか比べ物にならないほどに
直樹の心が痛んでいる事を

この環境全てが
彼の心を蝕んでいっている事を


折角、開いたと思った直樹の心が……
頑なに鎖されていこうとしているのが
手に取るように分かった


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この家のシーンを書きたくて、2話連続になってしまいまして。
暗い背景ですけど……
それでも、生きていく意味を見出す事が、とても意義があるんだぞって事を。
ちゃんと表現していければいいなぁと思います。

太一の本領発揮です。