NO40

真都を一歩外に出てしまえば、自分達への追っ手がくるとは思えなかった。
それほど、真都は混乱をきたしている。
森に踏み込んだ段階で、鈴木は安堵の溜息をついた。
「油断、するわけじゃないけど」
きっと、大丈夫だろう。
その言葉に、鎌田も頷く。
「奴らは、俺達を追うどころじゃない。今頃、東京での騒ぎも大きくなってるだろうしな」
「真都は…もう、終わりだよ」
鈴木は振り向き、滅びゆく巨大な都市を眺めた。
鈴木が行った最後の作業で、真都は決定的なダメージを受けていた。
修復は不可能。コンピューターで支配された都市は、再生機能も全て失ってしまったのだ。
そして、真都の真実はすでに東京中の知るところとなってしまった。
「狂った都市とも…これで、本当にお別れだ」
さぁ、行こうか。
鈴木は鎌田に告げた。
「町田達が待ってる」
鎌田も頷き、真都を一瞥して、鈴木の後に続いた。
彼等を「人間」へと戻す為に、自分達が全てを賭けて作り上げた薬を届ける為に。
そして、自分達も「普通」の日常を取り戻す為に。
二人は、一歩一歩踏みしめていった。
追っ手との、最後の決戦を行っているであろう彼等の身を案じながらも。
待っているはずの自由の為に、二人は歩いていた。


もう二度と、振り向く事はない。
++ ++ ++
「屋良」
体を揺すられ、僕はゆっくりと意識を覚醒させる。
ユラユラと漂う意識を、呼び戻した声の持ち主は、僕を抱き抱えた状態で、僕の顔を覗き込んでいた。
「…し、まだ」
「屋良…」
島田は…血を流していた。
記憶を、遡ってみる。
そう…まばゆい光が、僕達を包んだ、あの時。
光は…僕等へも襲い掛かってきたんだ。
そして…僕を直撃するはずだった光の行方を…
僕は、見届ける前に、意識を失った。
失う瞬間、光と僕の間に影が出来た気がした。
もしかして…その影は
「島田が…?」
尋ねると、島田は横を向き、
「萩原と…約束したから」
と、ぶっきらぼうに答えた。
「…怪我は?大丈夫?」
「たいした事ないさ。それより…気に、ならないのか?どうなったのか」
言われて、僕は笑った。
「だって…僕等、生きてるから。だから…聞かなくても、わかるよ」
答えた僕に、島田は「そっか」と苦笑する。
「勝ったぜ、屋良」
改めて、そう告げた島田はニヤリと笑った。
僕はただただ頷いた。
眼に浮かぶ涙は、拭う事をせず。
泣きたかった。
色々な気持ちが溢れてきて。
気持ちと一緒に涙が溢れてきて。
我慢する事が出来なかった。
「…泣くなよ」
島田の指が、僕の涙を拭った。
「ゴメン…」
謝ると、温かな手が僕の頭に触れた。
「大丈夫。島田はどうしていいかわからなくって困ってるだけなんだ。謝らなくていいよ。優しくする方法を知らないんだ、島田は」
真次も、無事だったんだ。
「泣いてもいいんだ。誰も、責めたりしない。自分の感情を、思い切り出してもいいんだ」
真次は呟き、そして続けた。
「今、この瞬間から…僕等は、自由を手にしたんだから」
僕は頷いて、泣いた。
僕等は、とうとう手に入れたんだ。
「自由」を。
僕等は、人間に戻ることが出来るんだ。
僕は、ゆっくりと辺りを見渡した。
倒れた少年少女達。
そして、僕等の仲間。
巨大な光は全てを包み込んだようだ。
後ろで、慎吾達も気を失っている。
それでも…僕等は生きている。

そして…真都は滅んでいく。



僕等は
自由を手にしたんだ





++ ++ ++
「町田。ちょっと、病院の様子見に行ってくるから」
鈴木君がリビングを覗いて告げた。
「あぁ、行ってらっしゃい」
慎吾は笑って見送る。

そう…僕等は、戦いに勝った。
そして、鈴木君達がやってきたのは、戦いから丸一日が経過してからだった。
「敵」であった少年少女も、「被害者」であることには変わらない。
萩原や、意識を取り戻したよっくんが一生懸命助けられる子達を手当てした。
慎吾によって点滴や注射で一命を取り留めた彼等は、丸一日眠り続け、意識を回復する前に、鈴木君達の提案で病院へと運び込まれた。
鈴木君が病院側と話し合い、彼等は今、暗示を解くカウンセリングと肉体的な治療に専念している。鈴木君は彼等の能力制御の為に、病院へと通っている。
真都の事は、あの後もマスコミ各社で取り上げられ、ついには政府が動き出した。
鈴木君達が持ち出したデータが動かぬ証拠となった。
鈴木君と鎌田君は自ら証人となり、真都の全てを話した。
そして
真都は、消滅した。
政府から生まれた都市が暴走して、世界を悪夢に包む為に行ってきた行為は、僕等の手で阻止する事が出来たのだ。

「朝幸、起きてきて大丈夫?」
リビングを覗いていた僕に気が付いた慎吾に聞かれ、僕は頷く。
あれから、僕は回復に時間がかかって、ずっと眠り続けていた。
意識がもどってからも、起き上がるのは辛かったから、1週間以上もベッドの上にいたんだ。
「…大分、良くなったみたい。ゴメンね、迷惑かけちゃって」
俯くと、慎吾がクシャリと髪を撫でてくれる。
「何言ってるの。迷惑なんかじゃないよ」
温かい、とても温かい慎吾の手。
この手を、失わずにすんで本当に良かった。
「皆は?」
「買い物に出かけたよ。今日は真次達が来るしね」
そう。僕等は慎吾の家で、皆で暮らしている。
まだ、社会に適応しきれていないから、時々買い物に行ったりして、東京になれるようにリハビリ中なんだ。
真次や、島田達は一緒には暮らしていない。
一緒に闘ったとはいえ、まだまだわだかまりが全て消えたわけではないみたいだ。
特に、島田は眠っていた分、全てを受け入れるにはまだ時間が必要だと、慎吾も言ってた。
だから、彼等は4人で暮らしている。
でも、近くだから時々、慎吾の家に来てはご飯を食べたりする事にしたんだって。
そうして、皆との距離を縮めていければ。
真次はそう言ってはにかむように笑っていた。
毎日のように、僕を見舞ってくれた真次。
そして、萩原に手を引かれながら、そっぽを向きながらも見舞ってくれた島田。
石田は少し気さくに話しかけてくれるようになった。
なにより…島田は僕を助けてくれたのだ。
あの地獄のような闘いの中、命を失うかもしれない中…彼は、僕の前に立ちはだかり、僕を…そして僕等の後ろにいた萩原や僕の仲間達を、自分の体を盾に助けてくれたのだ。
だから…僕の中では、もう彼等に距離なんてないんだけど。

いつかは…皆、東京に順応して…普通の人間として旅立っていかなきゃならない。
でも…
「ねぇ、慎吾」
「何?」
優しい眼。僕の大好きな慎吾の瞳。
「僕…ずっと此処に居てもいいのかな?」
恐る恐る尋ねた僕に、慎吾はフワリと笑う。
「当たり前じゃない。だって、朝幸は僕が拾った可愛い猫なんだから」
心臓がキュっとなった。
僕の、大好きな慎吾の瞳。柔らかい笑顔。
どうか…
どうか、慎吾が心から幸せになれますように。
「ありがと、慎吾」
見上げると、慎吾はまた柔らかく笑うと僕の頭をゆっくりと撫でてくれた。

大丈夫。
きっと
もうすぐ、慎吾は幸せになれる。
僕には
そんな予感がするんだ。
だって、
じゃなきゃ不公平だ。
僕を…僕等をこんなに幸せにしてくれる慎吾が幸せになれないなんて。





++ ++ ++
「おはよう、大野」
町田は大野が眠るベッドを横切り、窓へと近づく。
こうして、大野に話しかけることが毎日の日課になっている。
「今日は、いい天気だよ。窓を開けよう」
町田が窓を開けると、心地よい風が吹き込んできた。
「寒くない?」
返事が返ってくる事を期待してはいない。
それでも、町田は大野に話しかけ続ける。
ベッドの横に座り、大野の手を握った。
「大野。僕等は勝ったんだ。大野の願いを…僕等はやっと叶えてやる事が出来たんだ」
遅くなって…ゴメン。
「僕等は…自由を手にしたんだよ」
町田はそう告げて、大野の手を握り締めたまま、大野の肩に額を乗せた。
++ ++ ++

毎日

聞こえる

心地よい声

僕の

僕が無くした何かが

少しずつ

取り戻されていく

彼の

声によって

あぁ

僕は

僕は

彼となら



生きていけるのかもしれない





++ ++ ++
「…大野?」
町田は顔を上げた。
町田が握る大野の指が
微かに
動いた気がしたから。
「大野…」
見つめた先の大野の右目から
一筋の涙が溢れ出していた。
「大野…大野…」
町田の手が、大野の手を強く握る。



その時



大野の眼が


ゆっくりと開いた





町田の左目から、涙が溢れた。
弱弱しくも、しっかりと握り返される感触。
町田は、その感触に柔らかに微笑み、呟く。
「松本のところへ行かなきゃな…」
視神経を、繋いでもらうよ。

大野の口元が微かに微笑んだ気がした。
町田は立ち上がり、そして大野の頬に手を当てて小さく告げた。
「二人で、新しい世界を観ていこう」
町田は、少し頷いた大野を優しく抱きしめた。

「おかえり、大野」

それに答えるように、大野の唇が、詞をかたどった。













『ただいま   慎吾』











**********
40話です
終わりましたよ。終わりなんですよ。
なんだか、とっても中途半端っぽいですか?(汗)。
少し長いですが、切りよく40話と思ってそのままUPします。
ラストは大ちゃんと町田さんのシーンにしようと、ずっと考えてたんです。
大野君が、意識を失ってしまって、そして町田さんが眼を失ったときから、「最後は大野君が目覚めて、町田さんがちゃんと世界を見つめていく決心がつけれるように」と考えていたので。
このラストに向けて、ずっと書き続けてきた逃亡者。
あまりにも、自分でも好きな作品すぎて、最終話がどうしても、自分で納得できなくて、なかなかUPする事が出来ませんでしたが、これが、自分の才能の限界なんだろう、と半ば諦めまして(苦笑)UPする事にしました。
もっともっと素晴らしい最終話を書き上げたかったんですが…。
皆様の満足のいく最終話ではないかもしれませんが、今現在の私が書く事が出来る全てを注いだつもりです。

最後まで、付き合ってくださった皆様、本当にありがとうございました。
とてもとても寂しい気分ではありますが、少しの達成感もあり…
とにかく、最後まで続ける事が出来たのも、作品を読んでくださり、感想を下さった皆様のおかげです。
更新の遅い私の小説に、不満をいう事なく付き合ってくださってありがとうございます!!
実は、逃亡者が連載終了する前に、同時進行で「追撃者」視線のリンクした小説を書こうと思っていたのにも関わらず、結局できずじまいでした(苦笑)。機会があったら、書いてみようかとも思ってます。

本当に、最後まで読んでくださってありがとうございました。


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