第二幕 とにかく、目の前の光景にただただ呆然とし続ける町田の肩を軽く揺する。 「なぁ、大丈夫か??おい」 目をパチクリとさせ、町田は何度か瞬きをした。 「えっと…あの…」 「だーかーら!!俺、森田。森田剛。よろしくっつってんの」 聞けよ、お前…。 と、大げさに溜息をつく森田。 「あ、あの!!!長野さん!!!」 思わず上ずった声を上げる町田に 「何か?」 と、平然とした返答を返す長野。 「あの、何だか…何が何だかよくわからないっていうか…」 軽いパニック状態に陥っている町田に 「えっと…とりあえず、座って下さい。落ち着いて。傀儡の説明もしなくちゃいけない」 そう言って、席へと促す。 何とか椅子に座って一息つくと、隣にドカっと勢いよく座る森田。 「剛、態度悪いよ。町田さん怖がってるじゃない」 長野の言葉に 「はぁ?怖くなんかねぇって。なぁ?」 いきなり肩を組まれてバシバシと叩かれ、町田は必死に頷いてみせた。 「ほら、怖くないって」 ウヒャっと笑い声を上げる森田に長野は溜息をつきながら、先ほど横たえておいた坂本へと手を伸ばした。 「もう…やっぱり剛の相手は僕じゃダメだね」 ぼやきながら坂本を持ち上げ、耳元へと口を寄せた。 「あ、ちょっと待って!!!長野君!!!俺居なくなってからにしてって!!!」 慌てる森田を尻目に長野はゆっくりと息を吹き込む。 坂本の耳に触れた口から白い霧が吹き込まれ、坂本の肌に血の気が通う。 ゆっくりと、その大きな目を開けると、目の前に長野を捉え、坂本は第一声、大声をあげた。 「お前、ひでぇな!!!!いきなり抜くなよ!!!」 睨みつける坂本の視線をスルっとかわして、 「何のこと?」 と、とぼけてみせる。 「危ないだろ!!怪我したらどうすんだよ!!!」 ひるまず訴える坂本に 「だから、ちゃんと支えたじゃない。何か問題でもある?どっか怪我でもした??」 自信満々に尋ねられ、それ以上は何も言えず坂本は唸ってしまう。 「それよりさ。契約。終わったから、剛に色々教えといてよ。剛、久しぶりだし」 「お前が教えればいいじゃん」 剛の向かいの席に腰を下ろし、坂本はふわぁっと欠伸をした。 「僕じゃダメみたい」 肩をすくめた長野を見て、坂本はニヤリと笑って剛に視線を送る。 「な〜に、剛ちゃん。そんなに俺に会いたかったわけ?」 身を乗り出す坂本。 「全然!!!全くもって逢いたくなかったし!!!つーか、別に教えてもらわなくても大丈夫だし!!!」 いいから、戻れよ!! と、両手を伸ばして坂本を遠ざけようとする森田。 「や〜だ、剛ってば照れちゃって」 ニヤニヤと笑う坂本に 「照れてねぇよ!!!」 とキレるも、「はいはい」と軽く流され 「じゃ、ちょっとアッチでゆっくり講義してくるわ」 ほら、行くぞ。 と腕を捕まれ引っ張られる森田。 「ちょ、マジ離してって!!坂本君!!!」 じじぃ〜!!!離せ〜!!! と、抵抗するも空しく奥の部屋へと二人は入っていった。 「…ふぅ。五月蠅かった。…さて。傀儡の事ですけど、いくつか確認事項がありますので」 「は、はぁ…」 「町田さん、一人暮らしです?」 「い、いえ…」 「あぁ、そうですか。でしたら、傀儡は…もう、まどろっこしいな。剛でいいか…えっと、剛はこちらの店から毎日町田さんの許に通う事になります」 「通う?」 「親元ですと、剛を一緒に連れて帰るわけにはいかないですよね?ですから、こちらで預かります」 「はぁ…」 「ちなみに、剛はちゃんと食事もしますし、何ら普通の人間と変わりませんので、その辺はよろしくお願いします。剛の食費等は町田さん持ち、という事で」 「え??そうなんですか??」 「そりゃそうですよ。町田さんがうちの店に払っているのはほんの少しの魂だけですよ?その上、食費までうちから持ってかれたらうちも困りますからね」 ニッコリと笑って辛辣な事を言う長野。 「あ、そうですよね…」 大人しく引き下がる町田。 「剛の中の魂は約2週間持ちます。よっぽど激しい消耗の仕方さえしなければ。なので、2週間経ったら魂を入れてください」 「消耗って…どうしたら激しく消耗するんですか?」 「う〜ん、まぁ滅多にないとは思うんですけど、死にかけたりすると減り方は早いですね。怪我とかでも結構消耗しますから」 「そ、うなんですか」 「えぇ。あ、あとですね、魂は完全に切れる前に入れてあげてください。剛たちは坂本君と違って魂を出し入れされる事に慣れてないんです。だから、一回完全に魂が切れてから、再度吹き込むと、ちょっと消耗が激しいみたいです。なので、継ぎ足しでお願いします」 淡々と説明され、町田は頷くも、ほぼ理解しきれていなかった。 「とにかく、朝、学校へ行く前に剛を迎えに来ていただいて、帰りは…まぁ、剛が勝手に帰ってくると思うんで。そういう事でよろしくお願いします」 また、ニッコリと笑って、長野は手を差し出す。 「あ、あの…よろしく、お願いします」 町田もおずおずとその手を取った。 「じゃあ、二人が戻ってくるまでお茶でも飲みますか?」 長野は立ちあがり…不図振り向いた。 「あの…僕の説明、わかりました?」 「え??」 「理解し辛かったりしませんでした?」 不安そうに聞かれて、町田は「そうだ」とも「いいや」とも答えられずに黙り込んでしまった。 「…やっぱり」 ガクっと肩を落とす長野。 「え!!長野さん!!そ、そんな事なかったです!!」 慌ててフォローする町田に 「いいんです。わかってますから。最近はずっと坂本君にお店を任せてたものだから…すっかり商売ベタになっちゃって。だめですね、もうちょっと修行しなおさないと」 苦笑して、長野はお茶を淹れに行った。 長野がお茶を淹れて戻ってくると同時に、二人が奥の部屋から戻ってきた。 「あ、お疲れ。ちゃんと勉強した?」 森田に向かって長野が尋ねると 「もう、うるせぇうるせぇ。年取ると話長くて困るよな」 と、耳に指を入れて方目を瞑る森田。 「おまッ…ひでぇな。相変わらず言葉悪いな…」 軽く傷ついてみせた坂本に 「だから、いちいち真に受けんなって!!それがオヤジだってんだよ」 うぜぇな。 そういいながら目をそらす森田。 「…とりあえず、相変わらず二人が仲良くて安心したよ」 笑う長野に 「お前、この状況を見て、どうしてその台詞が吐けるんだ?」 呆れたような坂本の問いに 「やっぱり、剛の相手は坂本君だね〜」 と、全く無視して会話を進める長野。 「さて。じゃあ、さっそく今日から町田さんの傀儡として剛をお貸しいたします。町田さんの願いが叶う事を、心から祈ってますので」 頑張ってくださいね。 長野に笑顔で見送られ、 「あ、ありがとうございました!!!」 と、わけのわからないまま、それでも深々とお辞儀をする町田。 「ほら、行くぞ」 森田に腕を引っ張られながら、町田は店を出て行った。 「はぁ…やれやれ」 そう言って、椅子へと座る長野。 坂本は町田に入れてあげた手付かずのお茶を手にとって、長野の隣に座る。 「…なぁ」 「何?」 「…」 「何、どうしたの?坂本君」 顔を見ると、神妙な顔つきで。 それを見て、長野も緊張が走った。 暫く沈黙が続いたが、坂本がやっと意を決したように長野の目を見た。 「お前は…後悔してるのか?」 あまりにも唐突な問いかけに、長野は驚愕して口をぽっかりと開けたまま返事をする事さえ出来なかった。 「なぁ…俺さ、落ちてても聞こえてんだぜ?忘れてた?」 言われてハっと気がついた。 「あれは…本心じゃないよ」 否定する長野に、坂本は首を振る。 「や、俺はさ。あれがお前の本心なんだろうなって思った。だってさ、普通そうだろ?俺だったら嫌だぜ?死ねねぇなんてな。しかも、こんなの抱えちゃってさ」 自嘲気味に笑う坂本に、長野は切ない気分に落とされる。 「そんな…そんなつもりでいったんじゃないよ。後悔するわけないじゃない。僕の為に命を懸けてくれた坂本君の為に、僕の命を捧げるのは当たり前の事だよ。辛くもなんともない。それでも足りないくらいだ、坂本君への恩返しは。それよりも…、だったら、坂本君は嫌じゃなかった?俺が勝手に…」 そこまで言う長野の言葉を坂本が遮った。 「人形も悪くないぜ?それに、俺は昔と全然変わった意識がないからな。普段からお前がこうして魂を入れてくれてる。だから、俺は常に人間で居られる」 感謝してるよ。 そう言って、頭をパフっと叩かれ、クシャっと撫でられると、不覚にも長野は目に涙が浮かんでしまった。 『全く…嫌な運命を背負ったものです』 町田に向かって、何気なく告げた一言。 そんな事、思ってるわけではないのに、何故だか言ってしまった一言。 それが、坂本を傷つけてしまった。 命を懸けて、自分を守ってくれた人を…。 「お?めずらし〜。長野、泣いてんの?」 ニヤ〜っと笑う坂本に、少し涙の浮かぶ目で睨みをきかす。 「五月蠅いよ」 「鬼の目にも涙ってやつ?」 それでも笑いながら髪をクシャクシャし続ける坂本。 「もー!!!五月蠅い!!!やっぱり寝てなね、坂本君は!!!」 腕を掴んで引き寄せる。 「うわッ!!やめろって!!!」 慌てて腕を振り払い、派手に椅子から立ち上がる坂本。 「ちょ!!!逃げるな!!!大人しく戻れって!!!」 「嫌だっていってんの!!!」 ギャ〜ギャ〜と騒ぎながら追いかけあう二人。 そんな二人をカバンを忘れて取りに戻ってきた町田と森田が呆気に取られて覗いていた。 「あの…入りづらいんですけど…」 「ったく、二人ともいい歳こいて何やってんだか」 森田が大げさに溜息をついた。 『そう、全然平気だよ。 終わりのない未来なんて、全く持って怖くもない。 …だって、君がいるからね』 ********** 更新ですv第弐幕ですv 今回はちょっとだけ、長野君と坂本君の過去について触れてみました。 話の伏線として考えている背景部分なので、自分でも忘れないように載せておかないと(爆)。 つーか、ちゃんとプロットを立てろって話ですよね。そうなんですよね。反省します…反映しないけど(殴)。 ≪≪TOP NEXT≫≫ |