第伍幕

もうすぐ出来上がる料理を目の前に、坂本は不図呟いた。
「遅いな、アイツ」
戻ってくる時間に合わせて出来上がるように計算していたのだけれど。
「先に出来たら冷めちまうじゃねぇか」
苦笑しながら、手際よくテーブルセッティングを進めていく。
「なぁ、坂本君。まだ??」
ヒョコっと覗きこんだ森田に
「もう少しだって。大人しく待ってろ」
と告げると、玄関で声がした。
「ごめんね〜遅くなっちゃった。…う〜ん、いい匂い♪」
言いながら、真っ直ぐに台所へと向かってくる足音。
「ただいま。ごめんね、ちょっと遅くなっちゃって」
そう言って、坂本の後ろから坂本の手元を覗き込む。
「美味しそう〜♪もう、出来る?」
「もう少しだから。今のうちに、アイツ等も起こして来いよ」
坂本の言葉に「あぁ、そうだった」と笑いながら、長野は箱へと向かった。
「さて、久しぶりだな〜二人とも」
ゆっくりと籠をあけ、まだあどけない少年の面影の傀儡を抱き起こす。
上体を起こし、耳に口をあてて魂を吹き込む。
肌に色が蘇り、すぐに生命力を感じさせてくる。
少しずつ目を開け、大きく伸びをする。
「ふぁ〜…良く寝た〜って感じ?」
悪戯っぽく長野を見る。
「おはよう、健。ちょっと久しぶりになっちゃったね」
言うと、少し口を尖らせる。
「ホントだよ〜。もう、去年のメンテ以来一回も起きてないんだよ??体なまっちゃうじゃん!」
そして、すくっと立ち上がる。
「いい匂い〜!!坂本君??」
さっきとは打って変わった輝いた目をする。
「そう。今ご飯作ってくれてるから」
「じゃあ、食べにいこ〜」
ぴょんっと籠から飛び出す。
「あぁ!!健!!!」
「何?」
「お客さん居るから、失礼のないようにね?」
「お客さん??」
「そう、剛の新しいご主人様だから」
「へ〜。剛は起こしたんだ〜」
恨めしそうな目を向けられ、長野は慌てて答えた。
「ち、違うって。剛を起こすって決めたのは坂本君だから。俺じゃないから」
そう。あの時、坂本君は剛を選ぶべく、剛の籠に座っていたのだ。
だから…
「俺が選んだんじゃないよ」
念を押す長野に
「それじゃしょうがないね〜。坂本君はかなり適切に選ぶからな〜」
今回は剛の出番だったんだね。
そう言って歩いていく三宅。
「…なんだか、信用度が違うんじゃない?」
思わず呟いてしまった長野。
気を取り直して、最後の籠を開ける。
「こっちも久しぶりなんだよね〜」
文句言われそうだな。
そんな溜息と共に、魂を注ぎ込む。
ゆっくりと目を開け、長野を見た傀儡はニカっと笑った。
「おはよ〜長野君」
良く寝たな〜、俺。
そういいながら目をこする。
「佳君おはよう。ゴメンね、久しぶりになっちゃって」
言われる前に、と自分から謝る長野に
「いいっていいって。別に長野君のせいじゃないじゃん」
ニッコリ笑う井ノ原に
「やっぱり佳君だね〜」
とひっそりと安堵した長野に、井ノ原が続けた。
「俺に合うご主人様が現れなかったって…坂本君が判断したんでしょ?だったらしょうがないよ」
そう言って、井ノ原も「いい匂いがする〜!!!料理が俺を呼んでいる〜!!!!」といいながら向こうへ行ってしまった。
「…やっぱり、信用度違いすぎるんじゃない?」
一人崩れ落ちる長野だった。
++ ++ ++
二人は久しぶりにも係わらず、すぐに相変わらず元気に騒いでいるというのに…
「長野は何やってんだ?」
戻ってこない長野の様子を見に、坂本はヒョイっと奥を覗いた。
「…何やってんだ?」
床に手を付き、崩れ落ちている長野に声をかける。
「…坂本君にはわかんないよ」
凹んだ理由の元凶じゃない。
ブツブツと呟く長野に
「ま、別にいいけど…飯、食わねぇの?」
その一言で長野は一気に顔を輝かせた。
「出来たの?食べる食べる!!」
ニッコリ笑って走ってくる。
「なんだかな、」
坂本の目の前を走り去り、すでに皆の輪の中に入っている長野を見て、今度は坂本が溜息をついた。
「心配…しすぎかな?」
呟き、自分も輪の中へと入っていく。

長野を…傷つけないでくれ。
傷口を…開かないでくれ。
このまま…そっとしておいてくれ。


今は…まだ。




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お待たせいたしました。第伍幕です。
本当は、もっとテンポ良く進むつもりだったのに…。
話の重点がどうしても最初は坂本君と長野君の背景と、傀儡達の過去に集中してしまう為、中々進まない(汗)。
ちょっと短かったですが、きり悪くなりそうだったので、この辺で。
次回は健ちゃんたちの事にもちょっと触れたりしながら…やっと町田さんに活躍してもらおうと思います。

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