第七幕

結局、食後のデザートまでご馳走になり、店を後にして近くのグラウンドへと向かう。
「ねぇねぇ、町田君はさぁ、サッカー得意なの?」
何故かついてきた三宅が尋ねてきた。
「得意って言うほどじゃ…」
モジモジと答える町田。
「もっと自信持てよ〜お前」
森田はバシバシと町田の肩を叩く。
「そうだよ〜ちょっとは剛を見習ってさぁ〜ハッタリかましてみればいいじゃん」
笑う三宅に
「ハッタリってなんだよ!!俺はホントに上手いんだよ!!」
言い返す森田。
「ムキになるトコがあやしいんだって〜!!」
「お前、本気でムカツク!!」
言い合う二人に、町田は一人オロオロして、二人の顔を交互に見る。
「…お前な、止めろよ」
不図自分に振られた台詞に
「へ??」
と素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ま、いっか。よし!!到着〜!!!」
言うと、森田は早速駆け出していく。
「あ!!待ってよ、剛君!!」
町田も慌てて追いかける。
「俺、此処で見てるから〜」
三宅は備え付けてあるベンチに腰掛ける。
二人は、すでに三宅の声なんか聞こえていないかのように、夢中になっていた。
「お、町田君ってば、なかなか上手いんじゃん〜」
さっきのは、謙遜だったのか〜。
フフフ、と笑い、三宅はう〜ん、と伸びをした。
蒼い空。夕暮れにはまだ少し時間がある。

『あの日も…こんな空だったっけ』

病気で…起きる事さえ出来なくなって。
部屋の窓からいつも空を見上げてた。
流れ行く雲を、ただただ見つめては、溜息をついていた。

あれは…苦しくて、空さえ見えなくなった日。
咳き込んでしまって、吐き出す血が枕を真っ赤に染めていた。
『死ぬんだ、俺』
そう、頭によぎった瞬間。
背中に、人の気配を感じた。
誰もいるはずがない。
家を飛び出し…ボロいアパートに一人暮らし。
友達だって…心を許しあえた本当の友達なんて、一人になってから出来た事なんてなかった。
その日暮らしで、コロコロと変えていた仕事。
母親は、今の住所を知らない。
心配して家に来る人なんて誰もいなかった。
『お父さん…?』
迎えに、来たのかな。
そう思った。
家を飛び出してから3ヶ月たったある日、父親は事故で亡くなった。
後から伝え聞いた話だと、後姿が俺に似た人を見つけて、慌てて追いかけようとして飛び出したらしい。
申し訳なさに…自分の愚かさに。何度も一人になってしまった母の事を考えたが…結局家に戻ることは出来なかった。あわせる顔がないと思った。
『ごめんなさい…ごめんなさい…』
涙が溢れたその時、背中に温かい手の感触。
「大丈夫?」
尋ねられて、何とか視線をやると、そこには
「人生を…やり直したい?」
柔らかく笑う男の人。
茶色い髪が、窓から差し込む光によって、透けるように柔らかだった。
「償いたい事、あるんでしょ?」
聞かれて、自然と頷いた。
彼が、誰なのか。
そんな事はどうでもよかった。
「契約しよう。僕の手で、君を人形へと変える。そして、君は色々な人の役に立つんだ。それが認められたとき…君は、人間に戻れるかもしれない。どうする?」
言われてる事は、ほとんど理解出来ていなかった。苦しくて、とにかく楽になりたかった。
そして…何が何でも…どんな事をしてでも、母に会いたかったのだ。
その為なら、なんだってする。どんな事だってする。
そう、思った。
「契約、する?」
再度聞かれて、迷わず頷いた。
彼は…僕を仰向けにすると、心臓の上に手をかざす。
見上げた彼の後ろに見えた空は、とても澄んだ綺麗な蒼だった。
「僕は君をずっと見守り続ける。…まずは、友達になろう」
僕の名前は…長野博だ。
そう言って、何かを呟いた彼の手に…僕の魂は吸い取られていった。
その瞬間、僕は…傀儡として生まれ変わったんだ。
それはもう、3年も前の事だ。
でも…まだ、母には会いに行っていなかった。
行くのが…怖くて。
冷静に考えると、どうしても会いづらい気がした。
自分は…傀儡になってしまっているから。
母が生きている間に…本当に人間に戻れるのだろうか。

「お〜!!!」
森田の叫び声に、三宅は我にかえった。
どうやら、PKをしていたらしい。
森田がシュートを決めて、得意げになっていた。
二人が、三宅に向かって走ってくる。
「みただろ??俺、上手いだろ??」
尋ねてきた森田に
「ゴメン、ちょっとボーっとしてた」
と、笑う。
「なんだよ〜!!見とけよなぁ〜!!!」
呆れる森田をそのままにし、三宅は町田に言った。
「町田君、かなり上手いじゃん。もっと自信持った方がいいよ?」
「え??」
「そうそう、お前、上手いよ。だって、俺と互角に張り合ったんだぜ??すげぇよ」
自信、持て!
そう言って、町田の肩を叩く森田。
「う、うん!!」
思い切り頷く町田。
「なんだかんだ言って、剛は自分の事褒めてんじゃないの〜?」
ニヤリと笑ってやる。
「んな事ねぇよ。慎吾はホントに上手いって話だよ」
「そうだね、なんかさ、町田君、最初に会った時より、いい顔してるよ」
「ホントに??」
尋ねる町田に
「うん!絶対今のがいい顔してる!!」
その調子その調子!!
そう言って、三宅は森田に向かって告げた。
「じゃあ、俺帰るね?」
「ん?帰んのか?」
「うん、そろそろ帰ってやらないと、イノッチが退屈してると思うから」
「そうだよな〜岡田は黙々と本読んでるだろうしな〜長野君と坂本君はすぐ二人の世界に入っちゃうからなぁ〜」
ウヒャヒャ…と森田は笑う。
「だろ〜?しょうがないからさ、俺が相手してあげに帰るよ」
「うわ〜恩着せがましい〜!!!」
笑う森田をパシっと叩き
「じゃあね、町田君!起きてる間に、また会えるといいけど…元気でね!自信もってね!!」
剛に、負けんな!!!
そう言って、三宅は帰っていった。
「さて、と」
森田は町田を見た。
「なぁ、お前ん家行っていい?」
「え?家??」
「そ、お前ん家。だってさ、もうちょっとお前と色々と遊びたいしな、お前の事まだまだわかってない感じだし?」
「いいけど…僕といて、楽しい?」
不安そうに聞く町田。
「何言ってんの?楽しいって。楽しいからもっと遊びたいんじゃん!!だから、自信持てって!!」
バシっと叩く。
「痛いよ…剛君」
「気のせいだって!!ホラ、行くぞ!!」
「気のせいって…あ、ちょっと待って!!剛君!そっちじゃないって!!」
先に行ってしまった森田を慌てて追いかける町田。
森田は、そんな町田を見ながら、不図考えていた。

電話、しておいた方がいいかな。

携帯を取り出す。
2コールで相手が出た。
「もしも〜し。俺。違うって!!!上手くやってるよ!!五月蠅いな!!違うよ、あの…あのよ…何ていうか…健の事なんだけど」
『健??』
受話器の向こうで、驚く声。
「今、あいつ帰っていったんだけど…ちょっと、何となく変だったから…気になって」
そう、話しかけたとき、ちょっとだけ三宅の瞳が揺れた気がしたのだ。
『了解。気にかけとくわ。剛ちゃんってば優し〜のね〜』
笑う坂本。
「うるせぇよ、ジジイ!!」
『なんだよ〜俺にもちょっと優しくしろよ〜』
なんて、また笑ってる。
わかってる。こうして笑う事で、俺は健の事を坂本君に任せてしまう事が出来る。
なんだ、坂本君が笑ってるなら、たいした事ないのかな。って思わせてくれる。
傀儡が感じる悩み…色々あるけど、一番は「人間に戻れるのか」って所だと思う。
健も、きっと、それに近い事が気にかかってるんだろうと思う。
でも。
坂本君が、笑い飛ばしてくれるなら。
だったら、大丈夫な気がする。
だって、坂本君はもうずっと…傀儡のままなんだから。
坂本君は、長野君としか契約してない。
他の人の所に行った話を聞いた事がない。
だったら…色々な人の役にたてば、人間に戻れるっていう可能性も…坂本君にはないって事だ。
それでも。
坂本君は笑ってる。
だから、大丈夫だ。
『剛?どうした?』
柔らかい声。すぐわかる。心配してる声だ。
「なんでもないよ。じゃあ、よろしく!」
携帯を切った。
「剛君?」
隣から町田が覗き込んでくる。
「なんでも、ねぇよ」
「でも…何となく元気ないけど」
言われて驚いた。
「お前…人の気持ち汲み取るの上手いな」
「え?」
「お前のいいところ、早速発見!って感じだな」
「剛君?」
「もっともっといい所、俺が探し出してやるよ。そうすれば、お前もっと自身持てるだろ?」
「うん!!ありがとう!!」
「よし!!頑張ろうぜ!!」
俺も、甘えてばっかりじゃダメだからな〜
呟いた森田に町田が
「え?」
と聞き返す。
「なんでもない!さ、行こうぜ〜お前の家!!」
森田は颯爽と歩き出した。
「ちょ、剛君!!だから、そっちじゃないってば!!!」

追いかける町田の後姿は…前よりもちょっと背筋が伸びていた。





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7幕。…結局健ちゃんの話じゃん!!!(爆)。
おかしいなぁ〜今回から町田さんの話のつもりだったんだけど。
でも、ちょっとずつ自信を持ってきてるのよ、町田さんも♪
今回は健ちゃんの過去を書いてみました。
実は…健ちゃんが空を見上げた部分を書く瞬間まで、健ちゃんの過去なんて一つも考えてなかったんだけど(爆)。蒼い空、って書いた瞬間に勝手にドンドン進んでいってしまいました(苦笑)。
なので、本当は町田さんを書く気満々だったことだけは信じてください(爆)。
ちょっとだけまぁ君のことにも触れつつ…
次回こそは町田さんメインで。屋良っちも登場。
…って、予告しなきゃいいんじゃないの?私(爆)。

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