++其の十六++ 怯むことなく、大野は印を結んだ。 続け様に術を繰り返すのはかなりの体力を消耗する。 だが、そうしなければ勝てない相手だと、大野も思っていた。 「オンソワカ…」 大野が素早く印を結びながら呪文を唱える。 萩原の目には大野の周りに煙のように白く立ち上るオーラがはっきりと見えていた。 この人は凄い。 萩原はあらためてそう感じた。 そして、負けていられない、と不図思った。 萩原も印を結ぶ。 何度も何度も口の中で術を繰り返す。舌から滑らせ、口を開き、空気に言葉を乗せると、それは鋭い嘴を持った鳥の姿になって死神へと襲いかかる。 鳥が死神へ襲いかかったと同時に、萩原はまた印を結ぶ。 その間に、大野から放たれた術は死神を捕らえ、低い呻き声が聞こえる。 その隙に萩原は死神目掛けてお札を飛ばした。 札が触れた部分から、白い煙が吹き上げる。 だが、死神はそのままその手を萩原に伸ばし、瞬時に萩原の首を締め上げる。 距離があって、実際には触れてすらいないのに、萩原の体は宙に浮く。 息が、出来ない。 「萩原!!」 駆け寄りかけた大野は不図思い出した。周りに目をやる。 確か、この公園には… その目に、探していたものが飛び込んできた。公園の一角に集められたその姿。大野のすぐ傍に、探していたそれはあった。 勝てるかもしれない。 大野は思った。 この力を借りる事が出来るなら… 萩原を助け、野田を助け…この死神を消滅させる事が出来るかも。 大野は目を瞑り、深く深呼吸をした。 「僕に力を貸して…お願い」 そして、両手をゆっくりと広げ、静かに目を開ける。 と、その瞬間。 夜に舞う桜の花弁。先程まで時期を終え、枝を休ませていた桜の木々がその両手に満開の花を咲かせ、暗い夜の中に妖艶な姿を現していた。 大野の手が振り下ろされたその時、桜の花弁は一斉に死神へと舞っていく。 美しく舞う花弁が死神の体を包み込み、そして覆う。 不図、萩原への呪詛が解けた。 「ゲホッ…」 咳き込んだ萩原は、少し呼吸を整え、その光景を見つめた。 「凄い…」 思わず放心してしまった萩原に大野が語りかける。 「花弁は死神の力を吸い取っている。チャンスは今しかない。萩原、行くよ」 もし、これでダメなら…もう、打つ手はない。 大野の言葉に萩原はコクっと頷くと、印を結び始めた。 大野と共に、術を唱える。 そして…. 「 言霊は一斉に二人の口から放たれた。 光の軌跡を描き、死神へと突き刺さる。 「 まさに、断末魔の叫び。 その声が消えると同時に、死神の姿は跡形も無く消えていた。 「…逃げたのじゃ」 大野がボソっと呟いた。 「え?」 「倒してはいないよ。逃げられた。でも、1度魂を持っていくのを失敗した相手からは、取るのを諦めるはずだから…」 野田君、大丈夫だよ。 ニッコリと微笑む大野の周りには、季節はずれの桜の花弁が舞っていて、闇夜に映える血脈色の花弁に包まれる大野の姿は、背筋がゾクっとするほど、美しかった。 圧倒されかけた萩原は、どうしても聞いておきたい言葉をやっとの事で口にした。 「あの…」 「何?」 聞き返してくる大野に、萩原は決心したように問い掛けた。 「…大野君って、何者?」 「それをいうなら萩原だって」 「や、でも。大野君でしょ?この桜咲かせたの」 「桜守。…って知ってる?」 「あの、桜を守り続ける家系の事でしょ?」 「まぁ、そうなんだけど。その中でね、極稀に術者が生まれるんだ。桜を自在に操る術者が」 「じゃあ、大野君って…」 「僕は19代目桜守なのじゃ。…でも、皆には内緒だよ?」 ニッコリと笑う大野に、コクっと頷きながら、萩原は言った。 「大野君って、やっぱり凄い家系の人だったんだ」 「凄いっていうか…そんなことより、萩原はどうなの?」 「何が?」 「どこの…術者なの?」 「…僕はなんでもない、何の変哲もないただの高校生です」 そう言って、ニッコリと微笑み返し、萩原は話題を変えた。 「皆のトコ、戻らなきゃ」 ++ ++ ++ 急いで逃げていた町田は、先程まで自分たちがいた場所から、大野の気が放出されるのを感じた。 町田は別に能力者ではない。ただ、大野の力だけはわかるのだ。 町田だけは、大野がひた隠しにしている正体を知っていた。幼馴染だから、大野が小さい頃から不思議な能力があったことも知っていたし、それによって辛い人生を歩んできた事も知っていた。自由のない生活。そんな中で、少しでも大野の力になれれば… そう思った町田は自ら大野の片腕として生きていく事を決めたのだった。 大野が、気を放出している。 あれほど、隠したがっていた、本来の能力を。それほど、強い相手だという事になる。 …果たして勝てたのか。 そう思った町田に、野田の弟が不図語りかけてきた。 「消えました!!死神の気配が!!」 「ホント?」 「はい!!すっと消えていきました!!!」 「じゃあ…」 「兄は…助かったんですね!!」 「良かったぁ〜」 足を止め、息をつく。 そして、野田の弟を見てニッコリと笑う。 「じゃあ、野田君に報告しに行こうか」 「はい!!」 ++ ++ ++ 「終わった…」 良知は無意識のうちに呟いていた。 「終わったって何が?」 石田に除き込まれてハッと我に返る。 「え?何?」 「何って…今、良知君が「終わった」って…」 「え?そんな事言った?」 「言ったよ〜」 「そっか…じゃあ、終わったのかも」 「何が?」 よくわからない顔の屋良が尋ねる。 「大野君がさ、終わったって思ったんだと思う」 「それで、ラッチ終わったって言ったの?」 「うーん、多分。大野君の意識が流れてきてるから」 「ねぇ、野田は助かったのかな」 良知の横でスヤスヤと眠りにつく野田を見て、島田が尋ねる。 「きっと大丈夫だよ。とにかく、皆が返ってくるのを待ってよう」 良知の言葉に全員が頷いた。 ++ ++ ++ 「ただいま〜」 部屋に入ってきた人物に、先についていた町田が駆け寄っていく。 「大野〜!!!大丈夫?」 「何が?」 「だって…かなり強い力が…」 「あぁ、大丈夫なの。何、心配してくれたの?」 「当たり前じゃん」 「ありがと。でも、大丈夫。もう、終わったよ」 「大野君、萩原…お疲れ」 良知が二人に笑いかける。 「もっと、長引くと思ってたんだけど、向こうが逃げてくれたから」 大野の言葉に良知は無言で頷いた。 良知には分っていた。 大野が今まで封印していたであろう力を使った事を。 曲がりなりにも大野の指導を受けた身としては、大野の力は離れていても感じる事が出来る。 そして、良知にはもう一つわかっている事があった。 死神は…またやってくるだろう。 野田は助かったかもしれない。 でも…形を変えて死神はまた現れる。 そんな気がした。 その時… 「ん…」 野田が目を覚ました。 「野田君。起きた?」 萩原が覗き込む。 「ん、萩原?…あれ、僕…」 「助かったんだよ、野田君。もう大丈夫」 「え?」 イマイチ理解しきれていない野田を微笑みながら見つめていた弟が萩原に向って呟いた。 「僕の…役目は終わりです。あの、最後にお願いがあるんですけど…」 「何?」 「僕を…兄の守護にして欲しいんです」 「え…僕、送る事は出来ても守護にする事はできないんだよ…」 困った萩原の横から 「僕がやるのじゃ」 と、大野の声。 「最後に、野田と話しておくこと、ない?」 弟に尋ねると、 「最後って…弟、消えちゃうの?」 と、野田が答えてきた。 「だって、もうこの世の人ではないんだもん」 「…そんな」 折角、出会えた弟なのに。 肩を落す野田に向い、良知が告げる。 「…弟さんはね、野田の守護霊になってくれるってさ」 「え?」 「だから、これからはずっと一緒だよ」 「ずっと…」 少し涙ぐむ野田の頭を撫でてやりながら、良知は野田の手をとった。 「ほら、力貸してあげるから…最後に、話しなよ」 そして、念を送る。 「兄さん…」 薄っすらと野田の目に弟の姿が見えてくる。 「…助けてくれてありがと。逢えて嬉しかったよ」 ゴメンね、今まで気づいてあげられなくて… 野田の言葉に、弟は首を振る。 「いいんだ。こうして話せたから。これからも…兄さんとずっと一緒だから」 忘れないで… 弟の手が野田の手に触れた。 そして、振り向くと大野の元へと向う。 「お願いします」 大野は頷くと、弟の額に手を当て、術を唱える。 大野の指先から迸る閃光に弟の体が包まれて… キラキラと星が舞うように弟の姿は消えた。 「ほら、もう野田と一つになったよ」 大野がニッコリと笑う。 「…そっか。もう、ずっと一緒なのか」 呟いて、嬉しそうに笑うの野田の目には涙が浮かんでいた。 ++ ++ ++ 「凄い相手だったみたいだな」 石田が野田を送っていき、大野たちは帰っていった。 屋良はそのまま良知の家で寝てしまい… 島田は萩原と一緒に家路についていた。 「うん、そうだね〜」 と、なんとも力の抜けた返事を返し、萩原は小さくあくびをした。 「あれ?何だこれ」 島田が萩原の肩口からふと何かをつまむ。 「何〜?」 島田の方を見ると、目の前に見せられたのは… 「なんで、こんな時期にこんなモンつけてンの?」 島田は首を傾げている。 萩原は思わずクスっと笑ってしまった。 「なんだよ、何がおかしいんだよ」 「べっつに〜。それ、ちょうだい」 そう言って、島田の手からそれをヒョイっと取り上げた。 「なんだよ、一体」 教えろよ。 島田の言葉に 「ダメ。これはいくら島田でも教えられないの」 ニコっと笑い、少し早足で歩き出す。 「ちょ、待てって。なんだよ、教えろってば」 慌てて追いかける島田。 「どうしても、ダメ〜」 振り向いて笑う萩原の手の中には… 一片の…季節はずれの桜の花弁。 ******* 第16話です。 いや、なんか無理やり終わらせちゃいましたね〜。 つーか、あれですよ?続自体は終わってないですよ(汗)。 大野君の正体を出してみました。 前から、桜守りという職業にとっても興味ありだったので、ここで使ってみました。 それにしても、なんだがわからん話になってきたなぁ…(苦笑)。 あのですね、しばらく書いてなかった間に小説の書き方がちょっと変わってきたかも…。 なので、微妙にニュアンスが違ってしまってるかもしれませんが、見捨てずお付き合いください TOP ≪≪BACK NEXT≫≫ |