++NO.30++

今日はそろそろ終わりかな。
そんなことを考えながら、指名が途切れた僕は「部屋」に向かってた。
「あれ?幸人「部屋」?」
すれ違った治樹君が聞いてくる。
「うん、時間空いたし。もうすぐ終わりだし」
答えると、
「アホやなぁ、これからが勝負なんやで」
とニヤっと笑っていった。
…相変わらず、治樹君はカッコいい。
頑張らなきゃなぁと思いながら、部屋へと入り、ソファにドサっと倒れこむように座った。
「ちょっと、疲れたなぁ」
呟くと、
「何言ってんだよ、俺のがよっぽど疲れてるっつーの」
と、後ろからパシっと頭を叩かれた。
「痛いなぁ!!もう…」
頭をさすりながら、少し睨む。
「気合、入れてやったんだよ。ありがたく思え」
そう言って、ニヤっと笑う島田。
…相変わらず、島田は意地悪だ。

…あれ?
「島田、指名は?」
珍しい、島田が部屋に来るなんて。
「ちょっと、休憩」
そう答えた島田に
「治樹君は、これからが勝負だって言って張り切ってたよ?」
というと
「治樹〜?アイツ、ホント体力あるよなぁ。どんだけ相手してんだか」
と感嘆とも半ば呆れとも取れる声で肩をすくめてみせる。
と、そこへ
「幸人さん。6番ご指名です」
あれ、珍しい。僕のお客さんは大抵この時間にはもう来ない。
もうすぐ、閉店時間も近いし、僕のお客さんは閉店2時間前にはかなり落ち着いてしまう。
「珍しいな、お前。この時間からって」
と島田も言う。
「ね、珍しいよね」
そういって、立ち上がると
「なぁ、俺も行っていい?」
「は?」
「だからさ、俺も行っていいだろ?」
「何で?」
「ココで休んでたら目立つけど、お前のヘルプに入ってれば目立たないじゃん」
「…何それ」
「ま、いいから行こうぜ」
そう言って、島田は僕の背中を押しながら歩き出した。
++ ++ ++
席に着くと、そこには初めてみるお客様。
「こんばんは」
ニッコリ笑って隣に座る。
「あ、あの…」
少し、おどおどした感じ。
可愛いなぁ、初めてなのかな、こういうトコ。
「幸人です。ご指名ありがとうございます」
ニッコリ笑って見つめると、ちょっと紅くなる。
「可愛いなぁ〜」
思わず言うと
「そ、そんなことないです!!!」
と真っ赤になってる。
「名前は?」
聞くと
「華凛です」
と小さな声で答える。
「可愛い名前だね」
言うと、
「あ、ありがとうございます!!!」
と思い切り頭を下げる。
「…華凛ちゃんさぁ、力入ってんね。もっとリラックスしたら?」
と逆側に座っている島田が華凛さんの肩に手を回した。
「ちょっと、僕のお客様だから!!」
言うと
「俺は、緊張をほぐしてあげようとしてるだけだぜ?ヘルプの役目として」
といって
「俺、直樹。よろしく」
と華凛さんにウインクしてみせる。
…あぁ、島田って。島田って。
意地悪だけど、こういう才能はとってもあると思う…。
「ねぇ、なんでコイツ指名したの?」
…ちょっと。
「失礼な聞き方なんじゃない??それって」
剥れると
「だから、丸いっつーの」
とまた言われた。
「…えっと、笑顔が」
え?
「華凛さん?」
「笑顔が、とっても素敵だったから」
そう言って、少し紅くなりながら、僕を見て笑ってくれた。
「ありがとう!!!華凛さん!!!じゃあ、初めて逢った記念に乾杯しようか!!!」
「うん!!!」
「何飲む?」
「えっと…私、よくわからなから…」
あ、やっぱりだ。
「こういうお店、初めて?」
「…うん。何か、お店の前に飾ってあった幸人君の写真見て、つい入ってきちゃって…」
「そっか、じゃあ、僕が選んでもいい?」
「お願いします」
手をあげると中村君が近づいてきた。
「えっと、シャトーマルゴーの98年で」
「かしこまりました」
「シャトーマルゴーはね」
と華凛さんの方を向く。
「ボルドーの中で、もっともエレガントで魅惑的って言われてるんだ。その中でも98年ものは満点をつけられるくらい出来がいいんだよ。すごく魅惑的な複雑な香りもするし、是非華凛さんに飲んで欲しいなと思って」
そういうと、華凛さんはニッコリと笑った。
「幸人君、詳しいんだね」
「や、今勉強中なんだ」
とちょっと照れて頭をかく。
「…お前、頑張ってんだなぁ」


え?


珍しく。今、珍しく島田が褒めてくれてる??
「ホントに?僕、頑張ってるかな??」
思わず尋ね返すと、
「お前なりにな。ま、だからといって、マダマダなことには変わらないけどな」
島田は続けた。
「俺だったら、シャトールパンにするな。86年モノの。滑らかな味わい、穏やかな樽の香りもあり、その中に濃厚なジャムのような果実味。全体的にエキゾチックな風味」
え、島田って…。
「でも、俺が進める理由はそこじゃないんだよね」
そういって、島田は華凛さんを見る。
「え?じゃあ、何でですか?」
尋ねる華凛さんに島田が答えようとすると…
「それはね、これには別名があるからや」
と通りすがりの治樹君。
「なんだよ、邪魔すんなよ」
島田が言うと
「お前も幸人の邪魔しとるやんけ」
とサラっと返す。
「別名??」
華凛さんが尋ねると
「そ、別名。これね、「シンデレラワイン」って言うんや。それでやろ?直樹」
「そう。シンデレラ。華凛ちゃんにふさわしい感じがするだろ?このワインで魔法を解いて本当の華凛ちゃんを見てみたいな、って」
そう言って笑う島田。
…島田。島田。どうして、いっつも意地悪なのに、仕事となるとそんなに気障で鳥肌が立つよな台詞を平然と言ってみせるんだろう。
これが才能なんだな。そうだな。
っていうか、島田ってば、いつのまに勉強してたんだろ…
「直樹さんって、素敵ですね」
あぁ!!!華凛さんの目が!!!
「ちょ、ダメだよ!!僕のお客様なんだから!!!」
慌てて言うと、
「ほら、お前めっちゃ邪魔者やん。ホラ、行くで」
と治樹君が島田の手を引っ張って立たせる。
「何すんだよ!!」
抵抗する島田に
「お前、サボってんの店長に言うてもええんやで?」
ニヤリと笑う治樹君。
「…ばれてたのかよ」
「バレバレやっちゅーねん。ホラ、黙ってて欲しかったら手伝えや」
ヘルプ足りんねん。
そういって治樹君は島田を連れてってくれた。
ありがとう、治樹君。
「幸人君」
華凛さんが、僕を見る。
「な、何?」
まさか、指名変えたいなんて事…
「さっき、勉強中って言ってたよね?」
「あ、うん」
「えらいね。頑張って勉強してるんだ」
「だって、僕、まだまだ新人だから何もしらないし。だから、勉強してもっともっとお客様に喜んでもらいたいから」
そういうと、華凛さんはニッコリと微笑んだ。
「良かった。私、幸人君指名して。私も頑張ろうって気持ちになれるし。幸人君、すごく素敵だよ!!」
嬉しい!!!良かった、そう言ってもらえて!!!
良かった!!華凛さんが僕を指名してくれて!!
「僕、華凛さんと出会えてよかった!!!乾杯しよ?」
そういうと、華凛さんはコクっと頷いた。
もっともっと、勉強して、もっとお客様を幸せにしたい!!!
そう、思えた。

++ ++ ++
「いい話だね〜っていうか、治樹がいいヤツだよね〜」
と、友一君が言う。
「何が、」
と少し脹れた島田。
「だってさ、お前と違ってさりげなく優しいモンなぁ〜」
友一君が言うと
「あぁ、確かにあからさまに優しさを押し売りするお前とは違うよな」
と返す島田。
「誰が押し売りしてんだよ!!!」
「お前、いっつも店長に押し売りしてんじゃん!!」
「してねぇよ!!!」
「いや、絶対あれは押し売り。だって、すっげーアピールするじゃん」
「…別に、ええんやないの?」
ボソっと一哉君が言った。
「そうやな、別にどっちもどっちやしなぁ」
と治樹君が笑う。
「まぁ、皆優しいんだよね、基本的に」
と店長が笑う。
「さて、結構遅くなっちゃったね。そろそろ帰ろうか」
店長の言葉に、皆帰り支度を始める。
治樹君と一哉君はすぐ二人で帰っていってしまった。
友一君は店長とご飯を食べに行くらしく、「良知君まだぁ〜??」なんて言って、入り口に寄りかかってる。
島田はというと、何も言わずに入り口で佇んでる…って事は、僕を待ってくれてるわけだ。
うん、なんだかんだ言って易しいんだよね、島田って。
帰ろうと、カバンを持つと、後ろから、店長が囁いた。
「勉強、頑張ってるみたいだね」
「うん。もっともっと勉強しなきゃ」
そう答えると、
「何かわからない事とかあったら、いつでも聞いてね?」
そう言って、僕の肩をポンっとたたき、友一君の所に歩いていった。

…やっぱり、店長が一番優しい!!!!
頑張って、頑張って店長みたいになるぞ!!!!
決心も新たに浸っていたら…
「…お前、遅すぎんダヨ。置いてくぞ」
と、島田に睨まれた。
「うるさいなぁ、ちょっと決心固めてんだから黙っててよ」
そう言い返すと
「一人でやってろ」
と、パタンと入り口の閉まる音。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!!島田、一緒に帰ろうってば〜!!!」
慌てて追いかける僕。
まだまだ、新米で情けない僕だけど、いつかは島田にも負けないくらいカッコいいホストになってやるから!!!





*********
大変長らくお待たせいたしました。
待たせすぎてしまって忘れられているんじゃないかと…(心配)
えっと、今回華凛さんでした。
特にご希望はないという事だったので、お待たせしたお詫びに島田と治樹も絡めてみました(苦笑)。
いかがだったでしょうか?
さて、次回からは通常のお話に戻ります。
実は、このまま締めで終わらせようかとも思ったんですが、まぁ、一つくらい楽しい話が残ってないと、このサイトきついな、と思いまして(爆)。
もう、いいよ。とお思いかもしれませんが、これからも彼等とよろしくお付き合い下さい〜。



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