第10章

あれから、丸3日、屋良は死んだように眠りつづけていた。
もしかしたら、このまま目を覚まさないかもしれない…
ふと、そんな気がして思わず屋良の顔を覗きこむ。
透き通るように白い肌は、本当に作り物のようだった。
確かめるように、その頬に触れてみる…と、屋良が目を開ける。
「ん…、こ、こは?」
生きてた…。ホッとして微笑む良知に屋良が視線を合わせる。
「ラッチ…尾身君は?」
「大丈夫、助かったよ。屋良のおかげでね」
「そう、よかった…」
嬉しそうに微笑む屋良は、子供の様に純粋な瞳をしているように見える。
「それより…屋良は大丈夫なの?」
「なにが?」
「だって、倒れて3日間眠りつづけてたんだよ?」
「3日?そっか、3日眠ってたのか。そろそろ限界なのかな…」
まだ遊びたいのに…
そう呟いた屋良は良知の手を掴む。
「ねぇ、ラッチ。僕ね、欲しいものがあるんだ」
自分を見つめる目に吸い込まれそうになりながら、なんとか返事をする。
「な、に?」
「…それはね、僕にどうしても必要なものなの。そしてね、ラッチにしか頼めないものなの」
「え、っと…よく、わかんないんだけど」
なぜだか少し怖くなって屋良の手から、逃れようとする。
「昔話をしてあげるよ…」
逃れようとする手を再び強く掴んで引き戻す。
その時、ふと良知は思った。
二度と出られない蟻地獄に足を踏み入れてしまったのかもしれない…
背筋に冷たいものが走る。言葉を発する事が出来ない良知の耳元で屋良の囁く声が微かに聞えた。
「とても悲しい、真実の物語をね…」
+++++++++
それは、とても寒い夜だった。2人の少年が食べ物を求めてさまよい歩いていた夜…
1人のおばあさんが現れたんだ。その人はね、「やっと見つけた…」というと、少年の1人に近づきこう呟いたんだ。
「私の可愛い孫…さあ、私の家へいらっしゃいい」
そのおばあさんは、家に着くとものすごいご馳走をいっぱい出してくれた。
2人の少年はお腹が空いていたから大喜びで食べた。すると、しばらくして1人の少年が苦しみだしたんだ。その様子をみておばあさんはこう言った。
「化け物め…やっと私の手で退治する事が出来た。ロッカーに捨てて死んだものと思っていたのに…あの町で見かけた時は驚いたよ…。母親を殺して産まれた子…。生きていても幸せになんかなれやしないよ」
少年は消えそうな意識の中で思った…夢なのかもしれない。全て夢かもしれない。夢であって欲しい…この苦しみも、哀しみも全て。
その瞬間、不思議な事に、少年は自分の体を上から見ていたんだ。
自分に駆け寄って名前を叫ぶもう1人の少年。その時、おばあさんがとても悲しそうに呟いた。
「私の可愛い孫…本当は愛していたんだよ…。だからこそ…」
そう言っておばあさんは出ていった。そして二度とおばあさんと会う事はなかった。
少年は、自分の体が死んだ事に気がついた。でも、意識は残ってる。こうして存在している。
だから、まだ助かるはずだ。
もう1人の少年に、姿は見えているらしい。少年はもう1人の少年に頼んで、自分の体をネズの木に埋めてもらった。
前に聞かされた御伽噺。ネズの木は死人を蘇らせる。僕は生きかえるんだ。
少年はとても強い力を持っていたので、肉体がなくてもこの世に存在しつづける事が出来た。
いわゆる「思念体」だ。そうして、思念体として生きていきながら、肉体の復活を待ち望んできた。でも、ある日気がついたんだ。力が強過ぎた為に、思念体でありながら、生きているように成長を遂げることは出来た。でも、思念体は成長しているのに、肉体は成長していない…。
このままでは、肉体が復活しても中に戻る事はできないかもしれない…。だから、少年は代わりを探す事にしたんだ。自分の肉体に合う、部品をね。
+++++++++
屋良の物語を聞きながら、良知の意識は薄れていく…。
「そして…やっと、見つけた。ラッチは、僕の大事な…部品なんだよ」
とりあえず…
                             
その、綺麗な両腕をちょうだい…

薄れていく意識の中、良知が見たものは、屋良の純粋なまでに残酷な瞳だった。

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