第9章
長い沈黙が続いた。真剣な表情の原くんに、かける言葉が見つからなかった。
どのくらい続いただろう?静寂を破ったのは「彼ら」の足音だった。
「原っち。そこよけて!!」
ものすごい勢いで入ってくる屋良。
「どうしたんだ?」
すーさんに抱えられてきた尾身くんの手は力なくぶら下がっていた。
「お、みくん…?」
立ちすくむ俺に
「大丈夫。まだ死んでない。屋良っちが手当てしてくれたから」
と良侑が告げる。
「でも、まだ十分じゃない。あの場所、力が抑制されてる。何かが…邪魔してるみたいに」
屋良が呟く。
ソファに寝かされた尾身くんの顔は透けるように白かった。
けど、Tシャツは深紅に染まっていた。その紅は徐々に広がりをみせている。
「皆どいてて」
ソファに近づく屋良。
「大丈夫…痛いの、なくしてあげる」
そう言って尾身の傷口に手を当てる。
必死に仲間を助けようとする屋良。さっきの原くんの話がリンクする。
「天使なんだよ…」
屋良の周りに光が見える。そして、背中には羽根が。
その羽根の色は…透明。なぜかそんな気がした。
見る見るうちに尾身くんの頬に赤みがさしていく。
まるで、マリア様のように全てを優しい光で包みこむようなその光景は幻覚のようだった。
天使だ…本当にそう思えた瞬間だった。
でも…
全てが機械仕掛けのように現実味を欠いていた。
「…もう、大丈夫」
そう言うと、屋良は尾身くんの頬に触れる。
微かな吐息が聞える。…ヒーリングだ。原くんが言った事が、今、眼の前で再現されているようだ。尾身くんはただ眠っているかのようだった。
と、その時
「屋良っち!!」
良侑が叫ぶ。誠一郎が手を差し伸べる。町田くんもすーさんも駆け寄ってくる。
…屋良はまるでスローモーションのように静かに床へ崩れ落ちた。
「使いすぎだ」
そう呟くと、原くんは誰よりも先に屋良を抱えあげる。
「良知、ついてきてくれ。部屋に連れてく」
…また、屋良が呼んでいるのだろうか?それとも…原くんは俺に何かをさせたいんだろうか?
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部屋につくと、原くんは屋良をベッドに横たえる。
「まったく、そんな体で無理するからだ」
そういって屋良の髪を撫でる姿を見ると、なんだか暖かい気持ちになれた。
「えっと…俺」
どうしていいかわからない俺はとりあえず、ウロウロしてみる。
「あ、良知。今日さ、屋良っちの看病頼むよ」
「え?俺が??」
「そ、良知が。まぁ、看病って言っても傍にいるだけでいいから」
笑いながら出ていこうとする原くん。
「ちょ、ちょっと待ってよ…だって、他にもいっぱいいるじゃない!!」
来たばかりの俺じゃなくても…慌てて引きとめる俺に
「…言っただろ?屋良には良知が必要なんだ。…とにかく、屋良を助ける事ができるのは…良知、君だけかもしれないんだ」
「どういう、事?助けるって…。俺、よくわかんないんだけど…」
俺が、屋良を助ける??不安そうに呟く俺に原くんは優しく笑いながら答える。
「屋良はな、苦しんでるんだ。自分でもどうする事もできない変化に」
そういって俺の頭をそっと撫でる。
暖かい手。父親っていうのはこういう感じなのかもしれない…
「変化?」
そういえばさっき原くんは「そんな体で」と言っていたけど…どういう事なんだろう?
「そう、自分の中で起きている変化。今はまだ詳しくは話せないけどな」
とにかく、たのむよ…
そういって原くんはドアを閉めた。
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