第11章
躯が、重い…。
深い闇に、静かに落ちていく感覚の中、誰かに呼ばれた気がする。
遠い、遠い場所から名前を呼ぶ声が…。
『ラッチ…』
呼ばれて振り向いた先には、赤く光る2つの眼。
『ありがと。腕』
言われて、両腕を見る…いや、正確には両腕があったはずの場所を。
「う、わぁ っ」
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…どうやら夢だったらしい。
恐怖に跳ね起き、無意識に汗を拭い気がつく。
…よかった。
しっかりと、両腕の感触を確かめる。
「…夢、だったのかな」
全て、悪い夢だったのかもしれない。
それにしても…ここは、原君の部屋だ。
「どうして…」
「起きたか?」
ふと声をかけられて振り向くと、原君が立っていた。
「あ…れ?」
何が起こったのだろう…。
「すまなかったな。良知を1人にするべきじゃなかった」
「…な、んの事?」
「ちゃんと、説明するよ」
屋良の事を…
そう言って、僕にコーヒーを渡し、隣に座る。
「あいつから、何か聞いた?」
「…えっと、二人の少年の話を」
あれが、夢じゃないんだったら…
そう付け加えた僕に、原君は苦笑する。
「残念だけど…夢じゃないんだ。屋良が話したその物語は…」
ふと、視線を落とし、そして思い立ったように僕を見た原君は、はっきりとした口調で告げた。
「俺と屋良の事だ。そして…実際に、屋良は…今、存在しているはずのない人間なんだ」
言葉を無くしてしまった僕に、原君は続ける。
「あの時、実際俺は、屋良の体が冷たくなったのを確認した。でも、次の瞬間、目の前に立ってたんだよ」
俺の腕の中で冷たくなっている屋良が目の前に…
「それって」
「俺も言葉を失ったよ。そんな俺に屋良は言った」
『僕、なんでそこにいるの?』
「俺の腕には実際に屋良が…いや、屋良の抜け殻がいた。そして、目の前にいたのは紛れも無い屋良の姿だった」
「実体の無い…霊みたいな感じ?」
いや…
原君は軽く頭を横に振る。
「死にたくないって思いが強くて、死に至る直前に魂だけ抜け出した感じだな」
ただ…
少し、間を開けて続ける。
「目の前の屋良は実際に触れることが出来たんだ」
原君は、憶測にしか過ぎないけど…と前置きをして、それは屋良の力があまりにも強かった為に精神が実体化したんだろう。と説明してくれた。
「信じられない…」
呆然とする僕に、原君は苦笑する。
「俺も未だに信じられないさ。でも、事実なんだ」
「じゃあ、本当にネズの木の下に屋良が眠っているの?」
「一応埋めてはある。でも、本当のところネズの木の下に埋めたら生きかえるなんて、俺は信じちゃいない」
ただ、時々ちゃんとあるかどうかだけは確認しに行ってるんだ…
そういえば、初めて会った時、原君はどこかに行っていたみたいだった。そして屋良に言ったんだ。
『まだ時期が早いだけだ』
「あれって、どういう意味だったの?」
尋ねると、原君は少し難しい顔をした。
「あの時は、屋良は自分の体の再生を待ち望んでた。良知と出会う前だったから。俺は屋良の望む答えを言ってやってただけだ。俺は俺なりに屋良を体へ戻す方法を考えてた」
「だけど…それじゃあ屋良はどうなっちゃうの?」
「あいつはね、変化を起こしてきてるんだ。あまりにも体から離れている時間が長すぎて、天使のようだった屋良とは正反対の人格に変わりつつある。屋良は自分でもわかってるんだ。だから戸惑ってる。早く、屋良の精神を肉体に戻してやらないと…」
手遅れになっちまう…
原君は辛そうに呟いた。
「手遅れ…?」
「そう、さっき、良知を襲おうとしたように。あいつの人格は残酷になってきている」
今は、まだ二重人格のように見え隠れしている状態だけどな。
原君の言葉を聞きながら、記憶が蘇ってくる。
『両腕をちょうだい』
あれは、現実だったのか。だったらどうやって助かったというのだろう。
「もしかして…原君が助けてくれたの?」
「イヤな予感がしたんだ。不安になって部屋に戻ってみると屋良が良知に覆い被さっているところだった。無理やり引き離して、屋良を押さえ込んでるうちに、屋良も正気に戻ったんだ」
『…もう、だめだよ。僕が僕じゃなくなってく』
そう言って声を出さずに泣いていたらしい。
胸が痛んだ。なぜ、屋良がそんな目にあわなくてはいけなかったのか。力を持ってしまった事がそんなに悪い事だったのか。
悔しさと、もどかしさ。そしてむなしさで胸が押しつぶされそうだ。
「良知が狙われているのは、屋良が心を許した相手だからだ」
「意味が、よくわかんないんだけど」
「今の屋良にとって、心を通わせた相手は邪魔なんだよ。屋良が自分を取り戻してしまうきっかけになってしまうから。だから、消そうとしたんだ」
「あの…屋良を体に戻す事は出来るの?」
「…なんとか、方法はある。俺達の力を合わせれば、なんとかなるかもしれない」
でも…
「新しい人格は元の体を必要としてない。良知、君の体をのっとろうとしてるんだよ」
「…どうして、僕なの?」
「さっき、言った通り。君は邪魔なんだ。それに、同じ能力をもっていて、屋良が心を許した相手とくれば、のっとるのにそう手間がかからない。何せ、君と屋良は深いところで同じモノを持っているみたいだ」
「同じ、モノ?」
そう聞いた僕に、原君は真っ直ぐな視線を向けて告げた。
「永遠の、孤独さ」
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