第13章

その日は、いつもとは全く違った朝だった。
重く沈んだ食卓。そして、空いたままの屋良の席。
原君の話が終わってから、しばらくの間誰も口を開こうとはしなかった。
…いや、開けなかったんだと思う。
その静寂を破ったのは、良侑の切なくて悲しい声。
「…屋良っちは、助かるの?屋良っちの望み通りにすれば、」
生き返るんだよ、ね?
すがるように原君を見つめ尋ねる。
「屋良の望む方法以外で…どんな事をしても助けたいと思ってる」
原君が答えると、良侑は僕の方を向く。
「良知君…お願い、屋良っちを助けてよ…」
「良侑…」
助けたい。そうは思っていても、実際どうすれば助けられるのか…全く分からなかった。
でも、屋良を助けたい。暗闇から…孤独から救い出してあげたい。
そうする事で、自分も抱えている深い暗闇から抜け出せるような気もする。
「良知君が…屋良っちに必要なの?だったら…」
良侑は眼に涙を浮かべながら、深呼吸すると低く突き放すような声で言った。

「…身代りになってよ」

目の前がクラッと揺れる。
今、良侑が言った意味は…屋良が望むように、僕の体を差し出せ。という事だろう。
良侑には…屋良が全てなんだ。
「良侑。頭を冷やせよ」
原君が低く静かに言う。
「でもッ…そうしなきゃ助からないなら…」
他に方法がないなら…
そう言って僕を見る良侑の眼が縋るようで、僕は心臓が痛くなった。
あまりにも、辛すぎる現実。
僕が…身代わりになったら、皆が幸せになれるんだろうか…
もし、そうだとするなら、僕はそれでかまわない。
だって…

僕は、望まれなかった子供だから。

「良知、おかしな事を考えるなよ」
原君に言われハッとする。
「え…何?」
「大野じゃなくても、今の顔を見ればお前が考えてた事くらいわかるさ」
「良知君…望まれなかった子供なんて、一人もいないのじゃ」
横から大野君が呟く。
「…でも、僕は誰にも愛されなかったよ」
蘇る過去。そして「あの時」の心の痛み。この痛みはとっくに忘れたものだと思っていた。

「どうして…こんな力を持った子が産まれたんだ」
「普通の子供で…よかったのに」

幼い僕に容赦なく浴びせられる両親からの言葉。
その言葉は徐々にエスカレートしていく。
そして、その後。きまって両親はお互いを責めあった。
最後には、重い沈黙に包まれる。
僕さえいなければ…
その場にいる誰もが思っていた事。…もちろん、僕も含めて。
そんな時、僕はきまって心臓が痛くなった。
素手で握りつぶされているかのような痛み。
それは、僕の心が傷ついているからだったんだと気付いたのは、痛みすら感じなくなってからだった。

ふと、屋良の気持ちがわかる気がした。
誰からも愛されない辛さ。
こうして、大勢の友達に囲まれていても、きっと常に屋良の心は寂しかったに違いない。
いつか、捨てられるかもしれない。いつか、皆いなくなるかもしれない。
自分が、存在していないはずの人間だと気付かれたら…
そんな恐怖に毎日怯えていたに違いない。

右目から涙が溢れる。
僕が…屋良を助けなくちゃ。
僕じゃなきゃダメなんだ。
だって、僕と屋良は…ぴったりと合わさるはずの欠片同士だから。
僕たちの心には隙間が合って…それを埋める事ができるのはただ一人しかいない。

「ね?望まれない子供なんていないんだよ。必ず、誰かが必要としてる」
ようは、その誰かを見つけられるかどうかなのじゃ。
大野君の言葉が痛いほど突き刺さる。
僕は…屋良を助けたい。
でも、それは屋良の望んでる方法ではなく。
何故なら、僕は僕を犠牲にして屋良を生き返らせてあげたいのではなく…

屋良と、一緒に生きていきたい。

「僕、屋良と話してくるよ」
席をたつと、原君が呼びとめる。
「…怖く、ないのか?」
屋良は…いつお前を襲うかわかんないんだぞ?
原君の言葉に、少しドキっとしたけど…
「怖くない、と言えばウソになるけど…でも、今屋良と話さなきゃいけない気がするんだ」
真っ直ぐに原君を見返した僕に、原君は少し微笑むと良侑に向かって言った。
「屋良の食事。良知に持ってってもらおう」
言われた良侑が僕に屋良の分の食事を渡す。
トレーを受け取る時、良侑がとても小さい声で呟いた。
「さっきは…ごめん。でも…僕はどうしても屋良っちを助けたいんだ」
少し肩を震わせながら下を向く良侑。
屋良は、気付いていないのだ。
こんなに、屋良を愛してくれている良侑がいる事を。
全てをかけて守ってくれようとしている原君がいる事を。
親身になって心配してくれる仲間がいる事を。
自分の殻に閉じこもってしまっているんだと思う。今の屋良の部屋みたいに鍵をかけて。
そんな気持ちが、無意識にもう一人の屋良を作ってしまったんだと思う。
僕には分かる。だって、もしかしたら僕もそうなっていたかもしれないから。
形は違っても、僕も傷つきたくない一心で必死にドアに鍵をかけているから。
そんな自分を振りきるように、良侑に力強く答える。
「大丈夫。僕も、屋良を助けたい。だから必ず助けてみせるよ」
そう、自分にも言い聞かせて、僕は2階へと…屋良へと向かって歩き出した。

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