第14章
「屋良…開けてよ、僕だよ」
ドアをノックする。
ドアの向こうは、不気味なほど静かだった。
永遠に続くかと思うほどの沈黙。
でも、僕はドアをたたき続ける。
「朝ご飯。食べた方がいいよ。屋良、昨日から食べてないんじゃない?」
カタっと微かに音がした。
そして、ゆっくりとドアに向かって近づく足音。
「僕しか、いないから…開けてよ」
「…ラッチ、だけ?」
消え入りそうな声で尋ねる屋良。
「うん、僕だけ。とりあえず、ドア開けてよ、お願い」
少しの沈黙の後、ゆっくりとドアが開く。
数センチ開いたドアの隙間から、屋良が覗く。
「怖く、ないの?」
僕が…
そう尋ねる屋良は、本来の屋良の眼をしてた。
寂しくて、怯えてる、とてもとても弱い屋良の眼。
「屋良と、話がしたいんだ」
だから、入れてくれる?
そう言うと、屋良はドアから離れていく。
これは、入ってもいいという合図だと受け取った僕は、ドアを開けて部屋に入る。
「鍵…しめて」
ベッドに蹲り、シーツを頭から被って呟く。
きっと…ずっとこうしていたんだろう。
朝食をテーブルに置き、鍵を閉める。
「ねぇ、ご飯。食べた方がいいよ」
「いらない、」
食べたく、ないんだ。
一向にシーツからでる気配のない屋良が答える。
「でも、良侑が一生懸命作ってくれたんだよ?」
「言ったでしょ?」
「何を?」
「僕は…存在していないんだ」
だから、食べなくたっていいんだよ。
寂しそうな屋良の声。
「屋良は…ちゃんと存在してるじゃん」
「え?」
驚いて、顔だけシーツから出して僕を見る。
うん、屋良はちゃんとココにいる。
存在してる。そして僕とこうして話をしてる。
肉体がある、ないではなく。
意識が…屋良の意思がちゃんと存在している。
「僕には、屋良が見える」
「でもッ…」
「確かに、体は存在していないかもしれない。そのせいで屋良が屋良じゃなくなってしまう時もあるかもしれない。でも、屋良がしっかり意志を持っている限り…屋良は屋良でいられる気がするんだ」
「けど、体は戻らないんだよ…どんなにネズの木に埋めていても、僕の体は成長してない…。もし、成長していない体に戻れるとしても…戻る方法がわからないよ」
泣き出した屋良の隣に座り、ゆっくりと頭を撫でる。
「大丈夫。僕がなんとかしてあげる。頑張って、屋良を元にもどしてあげる。方法はわからないけど…でも、僕は屋良を助けたい」
「ラッチ…」
俯いた屋良はしばらく押し黙っていた。
ふと、屋良の肩が揺れる。
「屋良…?」
「なんとか、してくれるの?」
その声は、少し笑っているかのようだ。
「だったら…」
屋良の手が僕の手を掴む。
しまった…。この屋良は、屋良じゃないッ!
「体…ちょうだい」
そういって僕にのしかかってくる。
屋良の眼は赤く、そして口元は微かに笑っている。
「はじめて会った時に思ったんだ。「僕のイレモノだ」って」
「屋良…ッ」
屋良の手は僕の首に伸びる。
そして、少しずつ力が加わっていく。
「だってね、昔の僕と同じ匂いがしたんだ。何も知らない、純粋な眼。弱くて、一人じゃ生きていけない…大嫌いな昔の僕と」
唇の端を持ち上げて笑う屋良の眼は、何も映していないかに見える。ガラス玉のようだ…。
「屋良…ッ、このままじゃ…屋良はいなくなっちゃうッ…ダメだよ…負けちゃダメなんだッ」
僕の首を絞める屋良の手を掴み、抵抗する。
「ダメだよ、いくら叫んでも。昔の僕は…もう出て来れないよ」
だから…
「おとなしく、僕にこの体ちょうだい」
屋良の力が一気に強くなる。
息苦しさに咽ながらも、僕は屋良に呼びかけ続ける。
「屋良…ダメだよ、聞えてるだろ?閉じこもっちゃだめだッ!!皆が…心配してるッ…屋良は…本当にこんな事がしたいの?」
「うるさいッ…」
一瞬、屋良の左目に動揺が走る。
「屋良が、本当に望むなら、僕は僕を差し出してもいい…でも、僕は屋良とずっと友達でいたいよッ…屋良は…屋良の望むモノは…何?」
「ヤメロよ…」
大きく首を振る。
「屋良…叫ぶんだッ…自分の意志で、自分の本心を…作り上げてしまった存在じゃなくて…本当の声でッ…負けちゃ、ダメだよッ」
「うるさいッ!!!」
屋良の手が、僕の首に食い込む。
息が…出来ない。
少しずつ…意識が薄れていく。
僕は…屋良を助けることが…できな、かった…のか?
薄れゆく意識の中…屋良の、叫び声がした。
「殺したくないッ…」
瞬間、眩い光に包まれて…僕の意識は途切れた。
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