第3章

他愛のない会話をしているかのように笑顔を浮かべて告げた屋良に、俺は背筋が凍りつく感じを覚えた。
「殺、した?
「…そう、可愛そうだったから。苦しんでたから。楽にしてあげたかったの」
「でも…」
「だから、殺して桜の木の下に埋めてあげたの。でも、今日はねずの木の下に移そうと思ってきたんだ」
「…屋良」
恐ろしくて思わず名前を呟いた俺に
「ねぇ、知ってる?
と問いかけてくる。
「な、何を?
「桜の木はね、死体の血をすってるから花びらがピンク色なんだ。そしてね、ねずの木は死体に栄養をわけてくれるんだよ」
楽しそうに笑う。
「栄養…?
「そうだよ、栄養。だからねずの木の下にもね、死体を埋めるんだ。でも、その下からは死体は出てこないんだよ」
「ど、うして?
尋ねる俺に、屋良は口の端だけをかすかに持ち上げて言った。
「生き返るのさ」
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屋良の「家」は古い洋館のようだった。
「ここが…?
「僕の家。ここはね、昔おばあさんがすんでたんだ。なくなる時に僕にこの家をくれたんだよ」
「どうして?
「罪滅ぼしのつもりなんじゃない?
「罪滅ぼし…」
「そ、僕をロッカーに押しこんだのは、そのおばあさんだったんだから」
「両親、じゃないの?
「両親?そんなものいないよ。」
「でも…」
「僕の親はコインロッカーだもの」
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中に入ると何もないただただ広いホールがある。
そこの右側にあるドアを開ける、と中には大勢の少年達がいた。
「屋良っちお帰り」
「ただいま。ご飯は?
「今、良侑が作ってる」
「そう」
「ねぇ、それ、誰?
ふいにソファーに座っている少年が俺を指さす。
髪の長い…こちらも少女と見紛う容姿の少年だった。
「あ、紹介する。新しく仲間になった…良知君」
「はじめ、まして…」
「ククっ…怯えてるね」
髪の長い少年が笑う。
「マーチン、良知君を苛めないで」
「ゴメン」
反省していない口調で肩を竦めて謝る。
「ごめんね。町田君…ホントは優しいんだ。からかってるんだよ」
「ま、ちだくん?
「そう、そして、こっちにいるのが…」
「俺、誠一郎。よろしく」
と手を差し伸べてくる。
「よ、ろしく」
「俺、尾身。尾身和樹」
「あ、よろしく」
「それからぁ…」
と、ここにいる全員を紹介しようとする屋良。
こうしてみると、普通の少年なのだ。
時折見せるあの氷のような怖さはいったい…
「すーさん、でしょぉ。あと、大ちゃん」
「俺も、忘れないでよ」
逆側のドアから出てきた少年は、優しそうに笑う。
「そうそう、僕の右腕。大事な相棒、良侑」
よろしく…と、手を差し伸べる良侑。
とりあえず、皆同じ年頃らしい。本当に、皆ロッカーに捨てられていたのだろうか…?
「ね、その捨てられてたって発想止めたほうがいいのじゃ」
「大ちゃん」に言われてドキッとする。声に出して言ったわけではないのだ。
「大ちゃん、って名前なわけじゃないのじゃ。大野智。好きに呼んでくれていいのじゃ。」
「ね、大野君…」
「何?そんなに不思議?
「え…?
「フフ…大ちゃんはね、人の心がわかるんだよ」
横から屋良が言う。
「心が…わかる?
「驚かせちゃったのじゃ。でも、言うよりわかりやすいのじゃ」
「…」
「ね、皆同じなんだよ」
心配いらないよ…と無邪気な笑顔で言う屋良。その笑顔を見ると、「心配ないんだ…」と思えてしまう。出会った時から、怖いのになぜか引きつけられる。
っとそこにコーヒーカップが…目の前に浮かんでいる。
「飲む?
振り向くと、町田君が腕組をして壁に寄りかかっている。
「こ、これ…」
「大丈夫。毒なんてはいっちゃいないよ」
「そ、そうじゃなくて…」
「そんなに驚く事じゃないだろ?良知君だってできるんだろ?
「…そ、それは」
「ここじゃ、隠す必要なんてないんだよ。力があるのが当たり前なんだから」
そうか。ここは自分を隠す必要がないのか。そう思った瞬間、心が軽くなった気がした。
「さて、食事にしようよ」
屋良の一言で全員が席につく。良侑が食事を運ぶ。
屋良に手招きされるままに、隣の席につく。
座った俺に向かって、屋良が乾杯を促す。
グラスを持ち上げると、屋良はウインクをしてこう言った。



                「ようこそ、自由の国へ」

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