第8章
「血…?」
思わず声が裏返ってしまった俺に、原くんは笑いながら言う。
「別に、首筋に歯ぁ立てて…とかじゃないぞ?昔な、死にそうになったことがあったんだ」
「死ぬ?」
「そう、俺がまだ孤児院にいた頃の話だけどな。9歳くらいだったなぁ。同じ孤児院のヤツとケンカしたんだ。最初は些細な事だったと思うんだが、エスカレートして、とうとう今まで眠っていた力が暴発した」
「暴発…?」
「まぁ、相手の腕の皮を切り裂いた程度のものだったんだけどな。おかげで化け物扱いされて、そいつの持っていたハサミで刺されたんだ」
思い出したのか、少し痛そうな顔をする原くん。
「刺されたって…どこを?」
「首」
こともなげに告げられたセリフに、一瞬頭が働かなかった。
「く、首って…死ぬじゃん!!」
本気でビックリしている俺に
「だから死にそうになったっていっただろ?」
と笑いながら言う。
「でも、どうして助かったの?」
「その時、そこにいたとても小さな少年が突然俺の首に手をあてた。そして、呟いたんだ」
痛いの…なくしてあげる。
「それ…」
「そう、それが屋良だったんだ。まだ5歳だった屋良がヒーリングで俺を治そうとしてくれていたんだ。それまで、1度も喋った事のなかった俺を。でも、俺の傷は致命傷だった。手をかざすだけじゃ治らなかったんだ。それに気づいた屋良は…
突然ハサミを自分の腕に突き刺したんだ」
「どうして!!」
「腕から出る血を俺に飲ませたんだよ。…あいつは知ってたんだ」
「何を?」
「自分の体液が、もっとも効果的なヒーリングをするって事を」
「…体液」
今まで、そんな能力者に出会った事がない…彼はそんなに特別なのだろうか…?
「あの時の屋良は本当に俺を助けようと必死になってた。だから、そんな事をして自分も化け物扱いされるって事に気がついていなかったんだ…」
「…その、後は?」
「屋良の血を飲んだとたん、痛みが消えて傷も癒えたんだ。でも、案の定、俺と、屋良はその孤児院にはいられなくなり、二人で飛び出したよ。それから今に至るまでずっと屋良と一緒にいるんだ」
長い付き合いだろ?
原くんがとても優しく微笑む。
「どうやって、暮してきたの?」
問いかけると少しの沈黙の後、原くんは告げる。
「その後すぐ、今の家が屋良のものになったからな。そこに二人で住んでたよ」
「そうなんだ…屋良って、すごい能力者なんだな…」
「屋良はさ、俺達能力者とも少し違う…そうだな、例えるなら…」
原くんは少し黙って、そしてゆっくりと口を開いた。
アイツは、俺にとって…天使なんだよ。
少なくとも、あの瞬間までは…
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